予言者の蕾
ぴのこ
予言者の蕾
信じられないような話だと思うけど、聞いてくれるかな。僕が昔出会った、ある不思議な子の話だ。
その子と初めて会ったのは、僕が高校生の時だった。高3の時に、実家の花屋で。
その頃、僕は受験生だっていうのに毎日夕方には花屋の店番をさせられていた。母は夕飯の支度をするからって、閉店の19時までね。店番といっても客なんか全然来ないから、レジ台を机替わりにして受験勉強をしたり、趣味の日記を書いたりして過ごしてた。本当に、客の相手をする日が珍しいくらいだったんだ。
でもその日は客が来た。閉店時間が迫った頃、一人の女の子が店に入って来たんだ。歳は10歳くらい。まだ小さいのに、白を基調とした上品なワンピースを見事に着こなした、お嬢様みたいに綺麗な子だった。超然とした雰囲気の中に、悪戯ぎみな目つきを浮かべていた。右目の下の泣きぼくろが妖しい印象を放っていた。
その子は入店するなり迷う様子も無く、緑の薔薇の花を一本つまみ上げてレジに持ってきた。僕はレジ台の参考書を片付けて普通にお会計したんだけど、驚くべきはそこからだ。
その子は何重にも折り重なった薔薇の花びらを、何度かに分けてむしって、むしって、全てむしり取ってしまったんだ。
無惨にもはげてしまった薔薇をレジ台に置くと、あっけに取られる僕に向かってその子は静かに告げた。
「今夜9時、あなたがお風呂に入っている間にあなたのお母さんは転んで死ぬ」
それだけ言うと、その子は踵を返して店から出て行ってしまった。
僕はその背中に何か言おうとしたけど声が出なかった。あまりにも不気味で、関わり合いになることを恐れたんだ。
夜の9時といえば、当時の僕がいつも決まってお風呂に入っていた時間だった。ただその日は夜9時になってもお風呂には入らず、リビングのソファに座って母とテレビを見ていた。その子の言葉と、花びらをちぎられた薔薇が頭に張り付いて離れなかったんだ。
飲み物を取りに行くために母が立ち上がった、その時だった。母が床にあったクッションに足を取られて、大きくよろめいた。
僕は咄嗟に動いて母を抱き留めた。そのおかげで母は怪我しなくて済んだんだけど、母がもしそのまま倒れていたらと思うと僕はゾッとした。その角度で母が倒れていたら、テーブルの角に頭を強く打ち付けていたところだったんだ。
母は彼女の言った通りに転んだ。これはいったい何なのか。呪いか何かか。いや、あの言葉が無かったら僕はいつも通りにお風呂に入っていただろう。とすれば、僕に母を救わせるための予言だったのか。あの花占いみたいなことで、予言をしたのか。そんなことがありえるのか。
そんな思いをぐるぐると巡らせながら数日過ごした頃、またしてもその子が僕の前に現れた。
「今日の深夜、大きな地震が起きる。ベッドの横のクローゼットの上に積んである本が落ちてきて、一冊の角があなたの左目に突き刺さって失明する。片付けなさい」
オレンジの薔薇をレジに持ってきたその子を前にして、僕は硬直してしまっていた。そんな僕の様子にその子は構わず、財布から小銭を取り出して代金をレジ台に置くと、またしても花びらをむしり取ってその予言を告げた。
「君は…いったい何者なんだ」
「
僕が声を絞り出すと、彼女は小さく名を名乗った。“月”に季節の“季”だという補足も交えて。
「いや…そうじゃなく…それは何なんだ。予言なのか。なぜそんなことができる」
「予言。“できる”ではなく、ただ知っている。私はあなたの身に起こる全てを知っている」
月季は凛とした声で淀みなく告げた。
花びらを失った薔薇を置き去りにして、用は済んだとばかりに歩き去っていった。そこで気づいたことだけど、彼女が着ていたのは以前と同じワンピースだった。裾のフリルには緑の薔薇の花びらがまだくっついていた。
果たして、地震は月季の言った通りに起こった。クローゼットの上に本を積んだままだったら、確実に落ちてきていただろうという揺れ方だった。背中にひやりとしたものを感じながらも、所構わずに本を積むものじゃないなと反省したよ。
それから何度も、月季はたびたび現れては僕の身に起こる不幸を予言していった。僕はその予言のおかげで不幸を回避できて、これまで平穏無事に生きてこられたんだ。
月季が予言する不幸の中には、予言が無ければ僕は大怪我をしていたんじゃないかと思うものさえあった。
そんな体験を繰り返すうち、月季に当初感じていた不気味さは僕の中から影を潜めてきた。親愛さえ抱くようになってきた。
「君は僕の身に起きる全てを知ってるって言ってたけど…君が予言するのは災難ばっかりじゃないか。たまには良いことも予言してくれないか」
「しない」
ある時、不幸ばかり予言されるのが気になってそんな風に頼んだことがあった。
月季はぴしゃりと断った。
「な…なんで」
「これから起こる良いことを知ってしまったら、つまらないでしょう?」
月季の年相応の微笑みを見たのは、その時が初めてだったな。
なんとも生意気な笑顔だったけどね。
月季はいつも同じ格好をしていて、そのワンピースの他に服を持っていないのかと毎度思っていたんだけどね。
2年も3年も経って、流石におかしいと気づく。月季の容姿は、初めて出会った時の10歳くらいの見た目からずっと変化しなかったんだ。そんなことがありえるか?成長期の子どもがだよ。
変わらない見た目。いつも同じ服。二度目に会った日、服についていた緑の薔薇の花びら。
僕の思考は、それらの要素を拾って答えに辿り着こうとしていた。大学の講義が無い日の夕方、店番をしていた僕の前に月季がいつものように現れた。
僕は月季に問いかけた。
「君は…同じ日から来ているんじゃないか。どこかの未来から、何度も何度も過去に戻って僕の元に来ているんじゃないか」
赤い薔薇を手に取っていた月季はふっと笑った。
月季は薔薇の花びらをむしり取ることはせず、薔薇を指でさすって優しげに言った。
「明日は店番を断ったほうがいい」
「…なんでだ?店に強盗でも来るのか」
「いや、明日のあなたは大学で飲み会に誘われる。その飲み会で、運命の相手と出会う」
それは月季が初めて言った、不幸以外の予言だった。
「これから起こる良いことってのは、教えてくれないんじゃなかったっけ?」
「こればかりは例外。二人が出会ってくれないと、私が困るから」
「…ああ」
薄々察していたことだったけど、その言葉でようやく確信できた。
「君は…僕の日記を持っているんだな」
「そう」
「予言に真実味を持たせるために、花占いみたいに薔薇をちぎっていたんだな」
「そう」
「君のその変な口調も、雰囲気を出すための演出で」
「これは素」
僕の言葉に頷いていた月季は、三つ目には間髪入れずに訂正を入れた。月季は無表情だったけど、心の中では頬を膨れさせているような雰囲気だった。
月季は機嫌を損ねたようで、早足に店内から出て行こうとしてしまった。
「あっ…待ってくれ。次はいつ来るんだ」
「もう来ない。途中からツキが良くなったのか、あなたにはもう不幸は訪れないみたいだから」
月季の手には、どこから取り出したのか一冊の古びた日記帳があった。僕の日記帳と同じデザインのものだった。
「私は、ただあなたがボロボロで気の毒だったから助けてあげただけ」
「君の…過去に行ったり来たりする力は」
「教えない。口調が変とか言ってくる人には」
「わ…悪かったって。じゃあせめてこれは教えてくれないか。未来の僕の家庭は…円満なのか?」
月季は答えてあげようかどうか迷っていた様子だったけど、微笑みながら答えて、そして去って行った。
「円満だよ、お父さん」
その翌日に大学の飲み会に行って、君と出会ったってわけだ。
月季が言う“運命の人”が誰なのか、すぐにわかったよ。君のその泣きぼくろも、お淑やかな顔つきも、月季にそっくりだったから。
なんでこんな話をしたかっていえば…その、君が出産前でナーバスになっていたみたいだから、励まそうと思って。え?別にそんなことはない?そ…そう…
とにかく、僕たちの娘が保証してくれたんだ。僕たちが円満な家庭を築けるってことをさ。
だから、安心してほしい。
僕たちには、薔薇色の未来が待ってるんだから。
予言者の蕾 ぴのこ @sinsekai0219
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