薔薇色の選択

ソコニ

第1話 薔薇色の選択



真夜中の交差点で、私は人生最大の選択を迫られていた。


「このカードを引くか引かないか、それだけです」


目の前の男は、漆黒のスーツに身を包み、テーブルの上に七枚のカードを扇状に並べていた。各カードの背面には、それぞれ異なる色の薔薇が描かれている。赤、白、黄、紫、緑、黒、そして最後の一枚には、誰も見たことのない薔薇色の薔薇が描かれていた。


「引かなければ、あなたの人生は今までどおり続きます。平凡で、安定していて、何も失うことのない人生です」


男は静かに続けた。「でも、もし引けば——」


私は黙ってカードを見つめた。三十二年間の人生で、これといった波乱もなく生きてきた。普通の会社に勤め、普通の給料をもらい、普通の生活を送っている。確かに不満はない。でも、この胸の奥に潜む、何かが足りないという感覚も否定できなかった。


「時間は残り一分です」


男の声が、深夜の街に響く。遠くで誰かの笑い声が聞こえる。若い男女が楽しそうに歩いている。彼らの頬は、アルコールで薔薇色に染まっていた。


五十秒。

私の心臓が早鐘を打つ。


四十秒。

手のひらに汗が滲む。


三十秒。

喉が乾く。


「選んでください」


男の声が、私の思考を中断させた。目の前のカードが、街灯の光を受けて微かに輝いている。


そうだ。私は常に、誰かに選んでもらうのを待っていた。学校も、仕事も、人生の重要な決断のすべてを、周りの意見に委ねてきた。でも、今回は違う。これは私だけの選択だ。


「引きます」


その瞬間、私の手は薔薇色のカードに伸びていた。


カードを返すと、そこには一行の文字。

『人生に正解はない。ただ、選択があるだけだ』


「おめでとうございます」

男が微笑む。「あなたは初めて、自分で人生を選びました」


目が覚めると、私は自分のアパートのベッドの上にいた。枕元には一枚の薔薇色のカード。夢ではなかったのだ。


その日から、私の人生は少しずつ、でも確実に変わり始めた。怖気づいていた起業の準備を始め、好きな人に思いを伝え、行ってみたかった場所への旅を計画した。


すべてが上手くいったわけではない。失敗も、後悔も、痛みも知った。でも、それらは全て、自分で選んだ道だった。


時々思い出す。あの夜、カードを引かなければ、平穏な日々は続いていただろう。でも、それは本当の意味で薔薇色の人生だったと言えるだろうか。


今、私の机の上には、一枚の押し花が飾ってある。薔薇色の薔薇。それは私に教えてくれる。

人生の色は、自分で選び取るものなのだと。


(終)

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