雪道残る足跡にさようなら

タチハヤ

メイコと名犬マロン

「う~、ん~、つめたいよ……」


 ふかふかの雪から顔を起こすと背の高い木々に取り囲まれていた。斜面にはソリで滑ったみたいに跡がついている。あの上から落ちて来たのだ。


 パパとママと一緒に坂の上にある家に帰る途中だった。車が来たから道の端に移動した時、踏み外して森の中に落ちてしまったのだ。雪が無かったらケガをしていたかもしれない。


「ママ!」


 返事は無く、白い息だけが煙突の煙のように曇った空へ消えていく。


「パパァ!」


 また、返事はない。鼻水が出てきた。ズズッと啜る。


「いないの!? メイコはココだよ。返事して…………!」


 頼れる人はもういない。どうすればいいの……?


 お気に入りのピンクの手袋で涙を拭う。付いていた雪でまた頬が濡れてしまった。


 そうだ、もう一人。じゃない、強力な味方がいるじゃない。


「…………助けて、マロン!」


「ワン!」


 斜面を降りてきたのは1匹のゴールデンレトリーバー。スキー選手のように雪の上を横に飛び跳ねながら近づいてくる。そのまま押し倒され、頬をベロリと舐められた。


「くすぐったいよ。マロン! 来てくれたのね!」


 メイコが生まれる前から家で飼っている愛犬だ。きれいな栗毛の尻尾が稲穂のように揺れる。体が大きくて頼りになるお兄ちゃんのような存在だ。


「マロン! ママとパパがいる場所分かる? ここからじゃ声が届かないみたいなの……」


「ワン!」


 マロンは後を付いてくるように林の先を歩き始める。雪に足を取られて進めないときは待っててくれた。


「かしこいなマロンは。ボールはすぐに拾ってきてくれるし、お手もおちんちんもできる。でも、おばあちゃんの写真の前に飾ってあったミカンを食べちゃったことは覚えてるよ」


「ワ~ウ」


 マロンはしょんぼりと縮こまった。


「大丈夫だよ。家に帰ったらマロンに助けてもらったってママにお願いするから。そしたらいっぱい食べられるでしょ」


「ワン!」


「そういえば、おばあちゃんともしばらく会ってないね。最後に会ったときはずっと寝てたから、ママには起きたらバイバイするって言ったのに。『バイバイ』して何度も言われたの」


 首を傾げるマロン。


「マロンはお留守番だったから覚えてないか。……あれ? そう言えば」

 

「ワン!!」


 唸るマロンの視線の先には光る目が二つ。黒い靴下を履いたタヌキだ。マロンが追いかける。


「待ってマロン!」


 林を駆ける速さについていけない。


「あッ……!」


 雪に躓いてこけてしまう。


「置いて行かないで、マロン。行かないで……ッ! あ……」


 思い出した。


 足を悪くなっていたマロンは家で寝ていることが多くなった。


 「パパよりおじいちゃんなんだよ」って言われたけど手もシワシワじゃないし、腰も曲がって無かった。すぐに元気になるって思ってた。


 しばらく遠くのほうで預かってもらうと聞いた時は駄々をこねた。


「何でメイコを置いて行くの!? メイコもマロンのとこに行く!」


「それはできないの。分かって頂戴。次いつ会えるか分からないから、ねえ、バイバイして」


 その時はバイバイできなかった。次が来ない気がしたから。


 でも、やっと会えたから。会ったらバイバイするって決めてたから。


 雪道に残った足跡はマロンのものかタヌキのものかは分からない。


「マ~ロ~ン!! 遊んでくれてありがとうね。ママやパパに怒られた時は真っ先に

も慰めてくれたよね。うれしかったよ。これから離れ離れになっちゃうけど。一人でもやっていけるから。ずっと、ずっ~と見守ってて。バイバイ~!! バイバイ~!!」


 大声を出して疲れてしまった。手も振れるだけ振った。だんだん眠くなってきた。誰かが雪の上を走っている音が聞こえる。マロンが戻ってきてくれたのかな。


「……コ。――――芽衣子メイコ!」


 そこからの記憶はあまりない。目が覚めたら病院だった。


 後で聞いた話ではママが「メイコの声が聞こえた」と走り出したら、お気に入りのピンク色の手袋を振っているのが見えたという。


 パパとママにマロンの話をすると病室にマロンの写真を飾ってくれた。たくさんミカンをお供えした。


 「ワン!」という鳴き声が聞こえた気がした。

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