宇宙船地球号2021 リライト 3巻

第116話 055 南欧連合支部都市間海底トンネル(1)

 海底アトランティスにはさまざまなギミックが施された水中アトラクションが仕掛けられていた。その水路を潜水艦ノートリアス号が抜けると、ようやく開けた海中へと出た。

 そこは数え切れないほどの海洋生物が泳ぐ世界だった。時折、コンクリートの壁が現れる以外は、さながら魚たちの王国のように見えた。

 無論、この海中は本物の海ではない。宇宙には海は存在せず、どこかの星に寄る予定もないため補給もできない。よって、ここにある海は間違いなく偽物だ。地球のそれとは成分が大きく異なるはずであり、本物の海水は保存状態でタンクに積み込まれている程度だろう。だが、この規模の海水を宇宙船地球号が運搬する理由は見当たらない。つまり、どのような方法かは不明だが、この海は水に何らかの要素を加えて疑似的に造られたものでしかない。

 そう考えると、ノートリアス号が潜水している場所は、スケールの大きな水槽といえるかもしれない。ただし、この水槽のサイズは、日本支部東京区新市街地下49階にあった水槽と比べると圧倒的に巨大だった。


 左衛門が舵を取り、ノートリアス号はさらに深い海域へ潜っていく。彼の操舵は実に器用で、船舶免許を持っているのか尋ねたが、「持っていない」との答えだった。それでもこの艦を自在に操れる理由は、彼がかつて米国のエドワルド・アイゼンハワード大統領を脅して原子力潜水艦を操った経験があるからだそうだ。

 その話に絵麻が興味を示し、「どうやって大統領を脅したのか」と尋ねると、左衛門は不自然な笑みを頬に浮かべた。「大統領に断られたから、その場で側近兼SPのアルメイダを空気投げで倒したら、顔を蒼白にして承諾した」と語った。その語り口に、俺は思わず唖然としながらも、自然と腹の底から笑いがこみ上げてきた。


 水深が深まるにつれ、疑似的な海の趣も変化していった。海層ごとに魚の種類が異なることに加え、照明が疑似昼夜モードで徐々に暗さを増し、心細さを感じさせる雰囲気になっていく。暗闇を進むノートリアス号の前方には、四百隻ほどの潜水艦が連なっていた。そのテールランプが蛍の光のように輝き、周囲を照らしている。艦隊全体の姿と位置がその光で浮かび上がり、幻想的な光景を作り出していた。

 それぞれの潜水艦は微妙に形が異なり、ノートリアス号と同じ名前ではないようだ。艦隊の様子は子供の頃に観たアニメの宇宙船の大艦隊を思わせた。俺と同年代で同じアニメを見ていた世代である洋平と早野も、窓から目を輝かせてその光景を眺めていた。

「壮大な光景だな」

 俺は思わず呟く。

「ああ、本当に宇宙を航行しているみたいだ」

 洋平が感慨深げに返す。

「僕もそう思う。でもおかしいよね。宇宙船地球号で旅をしているのに、艦内の水槽でそんな気持ちになるなんて」と早野が目を細めながら言う。

 その横で美雪がふと呟く。「そういえば、久しく本物の宇宙を見ていない気がしますね」

 一方、又佐は「兄ちゃんたちが何を言ってるのか分からないけど、これだけ仲間がいれば絶対あいつらに勝てるぜ」と無邪気に声を上げた。

 俺は冷静に応じた。「いや、勝てない。俺たちの船には攻撃能力がないからな」

「なんだよ、それ」

 又佐はひどくがっかりした声をあげた。


 潜水艦の群れの搭乗員たちは、ミラノドリームピースランドで逃げ延びた人々だ。これから共に行動することを思うと、危険な状態であるのにも関わらずなぜだか胸が熱くなる。おそらく、先ほど思い出したアニメの影響だろう。

 その頃にはミラノドリームピースランドの敷地全体が見渡せるようになっていた。海面には大きなプレートが円状に敷き詰められ、テーマパークが海中に浮かぶ島だったことを物語っていた。

「そろそろ園内を抜ける」左衛門が言う。「この先は都市を繋ぐ大きな水路に出るが、その前に細長い海底トンネルを通る。待ち伏せされる可能性もあるから、今のうちに休んでおけ」。

 俺たちは彼の提案に頷き、艦内の食堂へ向かった。

 中に入ってみると、そこには映蝉、芹香と美雪がいて、大きなテーブルの上に和食と見られる料理を置いている最中だった。

 ドリームピースランドはイタリア管理区域にあるとはいえ多国籍のテーマパークであるせいか、そこには箸も置かれていた。

 食器もしっかりとした和食用で、なぜ潜水艦内にそんな物があるのかという疑問はあるが、日本人である以上そちらの方が良いのは間違いない。

 料理は映蝉がメインで造ったとのことで、澄まし汁、秋刀魚の塩焼きと玄米、お刺身が少々といった質素なものばかり。だが、その味は又佐が以前どこかで彼女の料理の腕前を評した通り絶品そのもの。

 とても保存食を流用して造ったとは思えないレベルだった。

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