四
休憩室で、今日も僕は夢の中。
「もーいーかい」
「まーだだよ」
顔も知らない彼女の呼びかけに、僕は大きな声で答える。
僕はいつだって木の幹に隠れていて、彼女はいつだって僕らを探している。
もう半年以上も、夢の中で僕らを探している。
僕は隠れるのをやめて、彼女に近づき、声をかけた。
振り返ったその顔は、やはり何も分からない。
僕が何かを話し、彼女がそれに答えても、その声も聞こえなかった。
「もーいーかい」
「もーいーよ」
そうして顔の見えない彼女は嬉しそうに駆け出して、僕はいつものように夢から覚めた。
終業。
僕はスマートフォンのメッセンジャーアプリで、半年ぶりに妻にメッセージを送った。『これから真っ直ぐ帰宅します』。
そうだ、帰りに花を買っていくのはどうだろうと、駅の花屋で見栄えの良い花を買う。
メッセンジャーアプリは送ったきり、見ていない。
玄関のドアはいつもより存在感があって、いつも通り鍵がかかっていた。
いつものように鍵を開け、ドアノブを掴んで手前に引く。じきに金属音がして、ドアが僕を拒絶した。
チェーンロックがかかっていたのだ。いつもなら、どれだけ遅くなってもかかっていないのに。
事件にでも巻き込まれたのかも知れないと、僕はメッセンジャーアプリを確認した。
しかし、妻からの返事はなく、ただ既読を示すアイコンだけがついているだけ。
ひとまず、インターホンを押してみよう。警察を呼ぶのは、その反応を見てからでも遅くはない。
ドアの横の大きなボタンを押して耳を澄ませる。
中からピンポーンと電子音が聞こえてくる。
それからすぐに、インターホンのスピーカーから声が聞こえてきた。
「もーいーかい」
僕は頬を緩ませながら、返事をする。
「もーいーよ」
じきに軽い足音が近づいてきて、カチャリと金属の音がした。
いつもよりも大きく見えるドアを開ける。
顔のある妻が立っている。
僕は花束を持ったまま彼女を抱きしめた。
「ただいま」
「おかえり」
かくれんぼの夢は、もう見ない。
『僕は今日も彼女のために昼寝をする』 ― 完 ―
僕は今日も彼女のために昼寝をする 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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