休憩室で、今日も僕は夢の中。

「もーいーかい」

「まーだだよ」

 顔も知らない彼女の呼びかけに、僕は大きな声で答える。

 僕はいつだって木の幹に隠れていて、彼女はいつだって僕らを探している。

 もう半年以上も、夢の中で僕らを探している。

 僕は隠れるのをやめて、彼女に近づき、声をかけた。

 振り返ったその顔は、やはり何も分からない。

 僕が何かを話し、彼女がそれに答えても、その声も聞こえなかった。

「もーいーかい」

「もーいーよ」

 そうして顔の見えない彼女は嬉しそうに駆け出して、僕はいつものように夢から覚めた。


 終業。

 僕はスマートフォンのメッセンジャーアプリで、半年ぶりに妻にメッセージを送った。『これから真っ直ぐ帰宅します』。

 そうだ、帰りに花を買っていくのはどうだろうと、駅の花屋で見栄えの良い花を買う。

 メッセンジャーアプリは送ったきり、見ていない。

 玄関のドアはいつもより存在感があって、いつも通り鍵がかかっていた。

 いつものように鍵を開け、ドアノブを掴んで手前に引く。じきに金属音がして、ドアが僕を拒絶した。

 チェーンロックがかかっていたのだ。いつもなら、どれだけ遅くなってもかかっていないのに。

 事件にでも巻き込まれたのかも知れないと、僕はメッセンジャーアプリを確認した。

 しかし、妻からの返事はなく、ただ既読を示すアイコンだけがついているだけ。

 ひとまず、インターホンを押してみよう。警察を呼ぶのは、その反応を見てからでも遅くはない。

 ドアの横の大きなボタンを押して耳を澄ませる。

 中からピンポーンと電子音が聞こえてくる。

 それからすぐに、インターホンのスピーカーから声が聞こえてきた。

「もーいーかい」

 僕は頬を緩ませながら、返事をする。

「もーいーよ」

 じきに軽い足音が近づいてきて、カチャリと金属の音がした。

 いつもよりも大きく見えるドアを開ける。

 顔のある妻が立っている。

 僕は花束を持ったまま彼女を抱きしめた。

「ただいま」

「おかえり」


 かくれんぼの夢は、もう見ない。



『僕は今日も彼女のために昼寝をする』 ― 完 ―

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僕は今日も彼女のために昼寝をする 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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