飢えた鬼とカレー

唯野水菜

飢えた鬼とカレー

 この物語を、いまおなかがすいて、すいて、どうしようもなくくるしんでいる子どもたちにささげます。

 まいにち食べるものやのむものにありつけなくてなやんでいる大人たちにも、ささげます。


 せかいからえやびんぼうがなくなりますように。

 せかいじゅうの人が、足元にある大地のめぐみに気がつきますように。

 かみさまやほとけさまのたすけが、すべての飢えてびんぼうな人たちのもとにとどきますように。

 かみさま、ほとけさまのいのり、私たちのいのりを、飢えてびんぼうな人たちがいつの日かうけとって、立ち上がる力にしてくれますように。


   1


「ぽたらか」というところに観音かんのん様がいらっしゃいました。

ちょうどお昼の時間だったので、観音様ははたけでとれたやさいからカレーをつくっておりました。


「つくってるだけでおなかいっぱいになっちゃった」

 そう言ってのんびり横になっていると、カレーのにおいにさそわれて、おなかをすかせた飢えた鬼がこちらをのぞいていました。

 観音様はいやなかおをせず、「おいで」とよびかけて鬼にカレーをたべさせました。

 飢えた鬼はむちゅうでカレーをたべました。

 そのカレーはなみだがでるほど、おいしくて、おいしくて。

 鬼はカレーをめぐんでくれてありがとうと、くりかえしかんしゃしたあとで、

「観音様、おいらもこんなカレーをつくれるようになりたいだ」

といいました。観音様はしんせつなので、一からおしえてくれました。

 けれども、できあがったカレーはまっくろこげ。とてもたべられるものはできませんでした。

 それでも観音様は、からいねぇ、でもおいしいよ、といいながらたべてくれます。

 飢えた鬼もたべました。たしかに、とってもからくてにがかったのですが、おいしいカレーでした。

 また観音様がよろこんでるかおがみたくなった鬼は、それからまいにちのように観音様のもとへかよっては、カレーをつくるれんしゅうをしました。


   2


 ある日のこと、観音様のおうちにいってもだれもいなかったので、ふあんになった鬼はあちこちさがしました。そして、はたけにいる観音様にであいます。

 観音様のはたけしごとのおてつだいをする鬼でしたが、くわをいっかいふるっただけでもう「おなかがすいた」といってダダをこねます。

 観音様は「あともうちょっと」とおねがいしてがんばってもらいます。

 そんなことをくりかえしながら、「おいら、もうがんばれないよう」という鬼に、観音様は「つらくても、あともうちょっと、って、じぶんにいいきかせてごらん」とこえをかけます。

「やっぱりおいらひとりじゃつらいよ。ほかのやつをよんでくる」

ととおくへいった鬼。やがて、数匹の鬼をつれてやってきます。

 いっしょにがんばろう、という鬼。でも、ほかの鬼もけっきょく一回くわをふるっただけで「おなかすいた」とダダをこねるのでした。「あともうちょっと」とこえをかけ合っているうちに、観音様はとっくにたがやす分をたがやしおえてしまいました。

「はたけしごとたいへんだぁ、おらたちにはできないよ」とおちこむ鬼たち。でも、カレーのざいりょうのやさいはこうしてつくられるのだということを知ると、とてもとうといおしごとだとかんじます。

「今日はみんながんばってくれたから、カレーにうんとバターを入れてあげましょうね」

 そういって観音様はバターたっぷりのまめカレーを用意してくれました。

 ある鬼が「バターなんてたいせつできちょうなものを、そんなに入れていいんですか」ときいても、観音様は「よくはたらいてくれたもの。いいのよぉ」とかえすだけでした。

 そうしてできたカレーは、これまでたべたどんなカレーよりもからだにしみたのでした。

 みんながたべおわってから、観音様はおしえてくれました。

「はたけしごとは、とてもたいへん。

つらいことも、うまくいかないこともある。

でも、愛をそそげばかならずこたえてくれるの。

大地は足もとから、あなたをささえて、見まもってくれているのよ」

 そして、ききました。

「あなたたちのそだってきた大地は、どんなところ?

やさいはそだつ? そだたない?

みんな大地に、ちゃんと愛をそそいでるかな?」

 一人の鬼はいいました。

「おらのところはすなだらけで、なにか植えてもすぐに枯れてしまうだ」

 ある鬼はいいました。

「おらのところはコンクリばっかりで、草も木もほとんどないし、はたけなんて、めったに見たことないや」

 また、ある鬼はいいました。

「おらのところは土にくすりばっかりまいているから、とれたやさいは見てくれはきれいだけど、食べるとくすりのあじしかしなくて、おまけにすぐにおなかがすいてしまうだ」

 観音様はみんなのこえを聞きながら「かなしいねぇ、かなしいねぇ」といい、いってはなみだをながすのでした。

 そんな観音様を見て、鬼は思いました。

 おらのところは、そこまでひどくはない。

 いいおやさいをそだてている人は、ちかくにいる。

 でも、すぐにほかの飢えた鬼たちにひとりじめされてしまって、じぶんのてもとにはのこらないのでした。

 はたけをもっていない、友だちもひとりもいない鬼は、けっきょくおなかがすいたのをガマンするしかなかったのです。

「おいら、みんなほどひどくはないけど、でも、いいやさいはみんなほかのやつらにもってかれちまうから、ビンボーなおいらにはすこしものこらないんだ。

 おいら、ほんとうはこうしてみんなとおいしいやさいをいっしょにたべたかったんだ。

 みんなにつらいしごとをさせちゃってわるかったけど、でもおいら、こうやってみんなとおいしいごはん食べられて、いま、とってもしあわせだよぅ」

 そういって鬼がなきだしたのにつられて、ほかの鬼もなきはじめました。観音様もなみだをながしながら「つらかったねぇ。でも、よかったねぇ」とこえをかけてくれるのでした。

 一人の鬼が「どろんこあそびしよー」とこえをかけました。

 みんなしてどろんこあそびをします。

 わーい、わーい。

 えいっ! わ!

「どろんこがお口に入っちゃった!」

「いいのよ。食べてもからだにわるいことはないから」

「ほんとだ、おいしい」

 たのしそうにあそぶ鬼たち。

 ひとしきりあそびおわったあとで一人の鬼が

「どろんこあそびしてたらまたおなかすいちゃった」

というと、みんな笑いだしてしまいました。

「おなかがすいたら、いつでもここにおいで。おいしいカレーつくってまってるからね」

 それぞれのおうちに帰っていく鬼たちに観音様は手をふってそうよびかけるのでした。


   3


 そうして、ほかの鬼もぽたらかにあそびにくるようになりました。

 鬼たちははたけもてつだううようになりました。

 あんのじょう、くわをふるってもすぐにおなかがすいてしまうのですが、もうちょっと、もうちょっと、とよびかけているうちに、どんどんたくさんの土地をたがやせるようになり、気がついたらぽたらかのまわりにいるぜんぶの鬼たちがあつまるようになって、いつしか観音様のはたけよりも広いはたけをたがやせるようになっていたのでした。

 このころには鬼もずいぶんカレーをつくるのがうまくなっていました。はたけでとれたやさいをつかってカレーをつくって、みんなのおなかをいっぱいにします。

「カレーまだー?」

「あともうちょっと!」

「カレーじゃないのも食わせろー!」

「あともうちょっと!」

 そのうち鬼たちもそうだんし合って

「あいつがカレーつくってるなら、ぼくたちはサラダをつくるか」

となっていきました。いつのまにやら、食卓がごうかになっていきます。

 観音様はみんなが作ってくれた食卓をしあわせそうにながめながら、ただただ「おいしい、おいしいね」といって食べて、食べてはなみだをながしてよろこんでいるのでした。

 そんな観音様のすがたを見ていると、飢えた鬼たちの心はすっかりほぐれて、鬼たちのつのはどんどん小さくなっていくのでした。

 げふー。

 観音様も鬼たちもすっかりおなかいっぱいに。

 おなかいっぱいになったあとは、ごろーん。

 みんなでねっころがります。

 おいら、しあわせだなぁ。

 こんなしあわせ、ずっとつづくといいのにな。

 ねっころがりながら、鬼はそんなことを思いました。

 そんなあるとき、ぽたらかのうわさをききつけたせかいじゅうの鬼たちがぽたらかをめざしてたびをしているというはなしを耳にします。

 このままでは、やってくる鬼たちをおなかいっぱいにさせるには、ぽたらかの土地だけではまだ足りなくなるのはあきらかでした。

 鬼たちはおたがいにそうだんにそうだんをかさねて、けつろんとして、せかいじゅうにあるそれぞれのふるさとに帰って、飢えているみんなのためのはたけをつくるやくそくをしました。

 観音様はそんな鬼たちのようすをただしずかに見まもっているのでした。

 そして、いえのなかからやさいのタネをもってきて、一人一人の鬼にくばってまわっていったのです。

「たいせつなねがいにめざめてくれたみんなに、このタネをくばります。

 つらくなったら、このタネをわたしだとおもって、だいじにそだててね。

 わたしはずっとここにいて、あなたたちをずっと見まもっているから。

 でも、ムリはしないでね。どうしてもつらくなったり、うまくいかなくなったり、なんのためにがんばっているのかわからなくなったときは、いつでももどっておいで。

 いってらっしゃい」

 鬼たちはなきながら観音様のもとをしゅっぱつしていきました。


   4


 せかいじゅうにたびだっていった鬼たちはやがてそれぞれのふるさとで小さなはたけをもつようになりました。

 それぞれの土地でそれぞれのくろうはありましたが、みなまじめに、しんけんにはたけとむきあって、タネをまき、やさいたちのせいちょうを見まもって、そうしてはたけにゆたかなみどりをふやしていったのでした。

 たったひとりなので、ときどきむしょうにふあんになるときもありました。ばあいによっては、ほかの飢えた鬼たちに荒らされることもありました。でも、観音様からタネをさずかった鬼たちはいやなかお一つせず、あともうちょっと、あともうちょっと、といっしょうけんめいにはたけをたがやしていたのです。

 いつのまにか、そんなすがたに心をうごかされた鬼たちが、ひとり、またひとりとあつまって、はたけをたがやすようになっていきました。

 そんなすがたを、とおくぽたらかにいた観音様はしずかに見まもっていました。観音様には草や虫たちのこえがよくきこえるので、草や虫たちにたずねるだけで、いろんな土地にちらばっていったみんな一人ひとりがどうしているのかすぐにわかるのです。

 みんなにあずけたタネからそろそろ花がさくきせつがおとずれると、観音様はふかいめいそうざんまいに入られました。とはいっても、あぐらをかいてのんびり目をつむっているだけでしたが、観音様がそれをすると、たくさんのふしぎなことがおこりました。しおれかけていた花がみるみるげんきになったり、とりたちがここちいいなきごえでなきながらたくさんたまごを生むようになったりしました。ほんのささいなことに聞こえるかもしれません。でも、観音様のいのりによって、あらゆるいのちがたちどころにげんきをとりもどしていったのです。

 そして、とおくどんなばしょにでも観音様はあらわれるれることができるようになったのです。すごいですね。それはもちろん、とおく鬼たちがたびだっていったふるさとのすみずみまで。

観音様はめいそうでぽたらかにとどまりながら、どうじにあるはたけにむかっていました。そう、カレーづくりをがんばっていた、あの鬼のもとへ。

 すると、どうでしょう。

 観音様があたえたタネはみな全てきれいな花をさかせ、ミツバチたちがまい、風はおだやかにそよぎ、草たちはげんきにあおあおとしげっているではありませんか。まるでそこは、ぽたらかにあるはたけそっくりだったのです。

 そして、はたけに花がさくころには、かつての飢えた鬼は、ひとこともぐちをいわない、よくまめにはたらいては、みんなのことをたいせつに思いやることができる菩薩ぼさつ様へとすがたをかえていたのでした。菩薩様はちょうどはたけしごとをおえたみんなに、おいしいカレーをふるまっているところでした。

 菩薩様は観音様がそこにいることがわかると、なみだをながしながらがっしょうして花にむかっていいました。

「ずっと、ずっとおあいしとうございました。

おいらやっと、おなかをすかせた飢えた鬼をやめることができました。

このはたけをだいじにまもって、みんなにもわけあたえて、たくさんのなかまたちを飢えからすくうことができました。

観音様のおかげです。ありがとう、ありがとう」

 そうしてがっしょうしてはポロポロなみだをながし、なみだをながしてはありがとうと花に手を合わせるのでした。

 観音様もおおつぶのなみだをながしながら、「よかったねぇ、よかったねぇ」と、にっこり笑ったのでした。

 ほかのかつての鬼たちのところにもおなじようにあらわれて、おなじように菩薩様になり、おなじようなほうこくが聞けたのをたしかめながら、観音様はゆっくりとめいそうをおえました。そして、ひとことつぶやきました。「あぁ、ようやっと、このせかいから飢えやびんぼうがなくなった」と。

 そしてまた、めいそうをがんばったせいでおなかをすかせた観音様は、こんどはじぶんのために、またカレーをつくりはじめたのでした。

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飢えた鬼とカレー 唯野水菜 @non_shikane

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