第9話 それから

 俺はいつもこの星の空を漂い、下界の動きを眺めている。かつて地上の里を作ったり、人間を救ったり、あるいは魔の力を生み出したりもした。気まぐれに見えるかもしれないが、それが俺という存在の生き方だったのだ。



 この星は今や、人間だけでなく、魔力を得た一族が住む国や海底のイカたちが造り上げた国まで混在する、不思議な世界になった。


 エルフ、獣人、魔の力をもつ者たち、そしてイカの王国。それぞれが自分たちの暮らしや誇りを築いている姿を、俺はいつも空の上から見守ってきた。


 しかし、この星には本来なら存在しない【生物】が増えていることに、俺はずっと気づいていた。最初は一部の野生生物が変異したかと思ったが、実はそうでもなかったらしい。真の正体は外の世界から来た生き物


 ――つまり、宇宙人の手下や飼っていた獣たちがこの星に混じって増えてしまい、やがて《魔物》と呼ばれるようになったのだ。





 実を言うと、俺はこの星の空を見守るだけではなく、そのはるか外にも視線を向けていた。


 何度も宇宙人はこの星にやってきたので、それの撃退をしていたのだ。そのため、星の外側にも気を配る必要があった。


 まぁ、俺の力ならば、簡単に侵略者の母船ごと追い払うことだってできる。


 何度も人間が戦に巻き込まれる前に、俺は宇宙人の大軍をひそかに撃退してきた。もちろん地上の者たちはそんな事実を知らない。


 遠くの星々を移動できる種族が、この星に目をつけては攻めてきたことは一度や二度じゃない。最初に青い肌の怪物が来たのも、その一部に過ぎなかった。


 時には何百、何千の侵略船が押し寄せそうになったが、俺はそのつど空の外でひっそりと返り討ちにしてきたんだ。大きな音も立てず、派手に地上を巻き込むこともなく、ただ重力を使って宇宙船を砕いたり、航路を歪ませて星から遠ざけたりして。


 おかげで地上の者は知らずに平穏を保っていたが、一部の宇宙人がこっそり着陸に成功し、地上へ入りこんでいたケースもある。彼らは姿を隠したり、変身術のような技を使って人間に紛れたりして、生き延びていたようだ。


 さらに宇宙人が連れてきたペットや獣たちが、野生化して繁殖し、地上を荒らす《魔物》へと変貌していった。


 それを俺は「なるほど……」と苦笑まじりに見つめていた。




 人間やエルフ、獣人、魔の一族たちが暮らす大地に、いつしか《魔物》と呼ばれる怪生物がはびこりはじめた。


 元は単なる宇宙生物で、俺が知らない間に地表へ出て逃げ、巣を作っていたのだろう。



 たとえば、巨大な羽をもつ怪鳥が森や山を荒らし、獰猛な牙をもつ二足の竜のような生き物が村を焼く……そんな事件が増え、人々は危機を感じていた。


 ぽん太の国では、魔力をもつ子孫が協力して魔物狩りをするようになり、獣人やエルフたちも集まり、森を守る戦いを続けている。


 それを見て俺は、「まぁ、すまないね」と心の中で謝っていた。もともと俺が宇宙からの侵略をほとんど食い止めてきたけれど、完全ではなかったんだ。敵の小型船や生物が紛れこんでしまい、気づかぬうちに星に根を下ろしていた。


 地上の者が苦労するのは俺の不手際とも言えなくはない。だが、だからと言って俺が今さら魔物を片っ端から排除したら、人間たちの学びや力の成長を奪うことにもなる。


 結局、「人間やエルフや獣人、魔族たちが自分たちの力で対処していくしかない」と考え、俺は大きな干渉はやめておいた。魔物もまた、この星の一部になりつつある以上、むやみに消すのではなく、いわば共存か排除かは地上の種族が選ぶしかないのだ。





 俺は普段、体感時間を加速させることを好んでいる。そうすれば、五十年、百年、二百年の星の歴史を、一瞬で観察することもできるからだ。ぽん太が生きていたころから、さらに数百年先まで、ざっと流れを早送りで見てみることにした。


 そこには、ぽん太の一族が魔力を開花させ、エルフや獣人、魔族のような姿を定着させている姿が映った。子孫の中には角を生やし、炎を自在に操る者や、翼をもって空を飛ぶ者もいるらしい。


 人間のままの者もいるが、いずれも異能を発揮する力が血の中に受け継がれているのだ。おかげで国はかえって多様性を帯びている。



 しかし、数がどの種族も増えて色々と面倒ごとにもなっているようだ。ぽん太の子孫であることを誰もが忘れていき、争いの気配が多少ある。



「まぁ、いつの時代もそうだろうねぇ」



 魔物のほうも、同じように増え続けている。森や山や地底に巣を作り、時折村や町を襲うが、そこに魔力をもつ一族や勇敢な獣人戦士たちが立ち向かうという構図ができあがっているのだ。まるで冒険のような物語が星のあちこちで起こり、人々はその中で力を合わせて生きている。



 そして、海の底では、イカが造り出した国がさらに発展し、海底の大きな洞をつなげ、貝殻や岩を組み上げて壮大な宮殿を作っているように見える。


 時々、魔物じみた深海生物がまぎれこむこともあるが、イカたちは頭と触腕を使ってそれを駆除し、あるいは飼いならしてしまったりしている。



 俺がそれを早送りでざっと見ていると、地上の国と海の国がどこかで衝突しそうだが、いまのところは離れた場所で静かに暮らしている状態だ。


 いずれ、イカが陸に上がって人間と出会う日が来るのかもしれない。ああ、そんな未来もあるか、と俺はわくわくしてしまう。




 一方で、空の外では、まだまだ侵略を狙う宇宙人が何度か大きな船団を送ってきている。


 俺はその都度、宙の高みで彼らを迎え撃ち、地上へ降りる前に返り討ちにしてきたんだ。もちろん、星の住民は知らない。青い怪物が最初に降り立ったころを思い出すと、あれが大規模になったら人間やイカたちでは対処しきれない。



 だから、俺は黙って処理している。中には強力な兵器をもった種族もいたが、この不死の身体と重力を自在に扱う力があれば、それほど苦労はない。


 俺は「こんなに何度も攻めてくるなんて」と呆れながらも、星の外でひとり宙の戦いをやっていたわけだ。実際、この長い年月で十回以上は返り討ちにしていると思う。



 しかし、やはり完全には防ぎきれず、一部の宇宙人が小型船でこっそり降り立った例があった。彼らが地上で動物や生き物を改造し、ペット代わりにしていたものが野生化してしまう



 ――それが魔物の正体なのだ。仮に俺がもっと厳重に封じ込めていれば、地上に迷惑をかけずに済んだかもしれないが、残念ながら見過ごしてしまったケースが多い。



 とはいえ、今では魔物が地上の生態の一部にもなりつつある。森で遭遇すれば危険だが、魔力を使える一族や獣人戦士が討伐することで、バランスが取れている面もある。うまくやっているのを見ていると、むやみに俺が消し去るのも違うように思えてくる。





 こうして最後に、俺はそっと体感時間の加速を解き、通常の流れで星を見下ろす。ぽん太がこの世を去ったあと、彼の国は今でも続いており、エルフや獣人、魔族などさまざまな姿をもった民が協力し合いながら魔物の脅威に立ち向かっている。彼らのうち何人かは、宇宙人が残した遺産


 ――不思議な金属やかごのようなものを発見したりもしているが、それを《古代の魔法具》だと思い込んでいるらしい。



 海のイカ達はいつか人の国と交わる日も近そうだ。互いに言葉が通じればまだいいが、もし認め合えなければ大きな衝突になるかもしれない。そのときは、俺がまた割って入るのか、あるいはただ見守るのか。まだ決めてはいないが、状況を見ながら選ぼうと思う。


 宇宙の外では、次なる侵略を狙う者がいるかもしれないが、俺はもう慣れたものだ。攻め込む前に握り潰すなり、進路を逸らすなり、返り討ちにすることは難しくない。人間やイカに危害が及ぶより先に片づけられるなら、そのほうが平和が長く続く。


 この星を作ったときには、人間がいくつもの種族に分かれ、海のイカが話をし、魔物がはびこり、宇宙人がこっそり侵略を試みる、なんて未来は想像しなかった。


 だが、こうして混沌と平和が入り混じった世界が形づくられているのを見るのは、やはり面白い。これこそが星の醍醐味なのだろう。



 ぽん太が残した一族は、奇妙な姿へと変貌していても、あの男が信じていた争わぬ道を継いでいるようだ。


 魔力を振るうときも、過剰に暴れずに済むよう、獣人や魔族が協力して森や野を守っている。死んだぽん太がこれを見たら、嬉しそうに笑っただろう。





「ぽん太。おまえが俺の光を受けてくれたおかげで、面白くなってきてるぞ」



 そう心の中でつぶやき、俺は静かに空を流れていく。もしまた大きな危機が落ちてきたら


 ――宇宙船の大軍でも、海の深い怪物でも――必要があれば俺が出ていく。いや、そうでなければ、人間とイカ、そして魔物が自分なりにやり合っていけばいい。




 




 ぽん太には二度助力した。


 彼の死後、彼の一族が魔力を受け継ぎ、さまざまな姿へ変わって国を治めている。


 海ではイカが言葉を覚え、海底に国を造り、やがて陸に興味を示しつつある。


 多くの宇宙人がひそかに侵略してきたが、俺が星の外で返り討ちにしてきた。


 しかし一部が地上に残り、ペットや下僕が逃げて野生化した結果、《魔物》が生まれ、人々を悩ませている。

けれど、魔の力をもった種族や獣人たちが力を合わせて魔物に対抗している。


 この世界はまだまだ変わり続けるだろう。百年後、千年後……俺はいつでもその景色を眺め、体感加速で一気に見渡したり、じっくり観察したりしながら、好きに楽しむつもりだ。


 星の住民には悟られないようにして、もし本当にどうしようもない危機が訪れたら、そのとき俺はまた光をまとって降りてくるのかもしれない。


 今はただ、ぽん太の一族が魔力の一翼を広げ、イカの海国が深海を統べ、魔物が森や山にうごめくこの星の景色をじっと見下ろしながら、俺は静かに宙を巡る。







 死後に得たこの奇妙な力と永遠の命は、まだまだ退屈させてはくれそうにないのだ。

 












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ここまで読んで頂きありがとうございました!! 今作品はここで完結となります!!



またどこかでお会いしましょう!!

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元高校生、人類史を創生した謎の神扱いされてしまう ~ガチで惑星作りからやってます~ 流石ユユシタ @yuyusikizitai3

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