第8話 見守ってみた!

 俺はずっとこの星の空を漂い、下の世界を見下ろしている。かつて人間だったが、死んでから奇妙な力を得てしまい、神のように呼ばれることもある。


 実際、空から地上を眺めるだけなら単なる幽霊かもしれないが、必要なら、星全体を揺らすほどの力だって使える。たいていは黙って見守るだけにしているけど。


 ──かつてこの星にぽん太と呼ばれる少年がいた。



 青い怪物から二度も命を救ってやったことがある。そのとき俺は姿を光で覆い、地上に降りて兵器や怪物を打ち払った。そうしたらぽん太は俺を神と思い込み、「これは神の加護だ」と信じ切っていたんだ。


 そして、二度目の命を救った時、彼の身体に俺の体の輝く光……俺は【魔力】と呼ぶがその種が宿ったらしい。


 彼は魔力に気づかぬまま、生涯を駆け抜け、里をまとめて大きな国まで作り上げた。周りの人は彼を王と呼んだが、彼本人は終生「自分は神に助けられただけ」と言って謙虚にふるまっていた。


 そして、時代が進み彼の血に入った魔力は、やがて子や孫たちへと受け継がれることになり、俺は空から、その不思議な変貌を目撃することになる。




 ──ぽん太は約五十年もの間、国を広げ、里や集落どうしの争いを減らし、豊かな耕しや工夫を教えつつ、自分を王と呼ぶ者たちと歩んできた。


 その間、俺はあえて手を貸さずに見守り、よほどの危機のときにだけ少し干渉した。結果、ぽん太は寿命をまっとうし、床に伏せるようになった。



 最後に少しだけ言葉を交わしたけどね。いやー大したもんだよ。


 【鉄】を生み出して、【鉄】という言葉すらも作った。あれは天才だろうね。


 ぽん太の最後は部屋の周りで世話をしていた孫たちが涙をこぼし、



「王さま……教祖さま……」


 ぽん太は人格も優れていたが、同時にハーレム王だったらしくて、子供がかなり沢山いた。だからこそ、悲しむ人間も多かったのだろう。


 ぽん太の死は確かに悲しいが、人間には寿命というものがあるからな。俺は空の上で静かに彼の功績を思い出し、ひとり黙祷を捧げた。









 しかし、それからしばらく経って、ぽん太の血を引く子や孫の中に、妙な力を示す者が現れ始めた。


俺は「もしかして、あのときの光が原因か」と察する。


 人間の兵を退けるとき、俺は自分のまわりに膨大なエネルギーを彼の体に放出した。力がぽん太の体内を通じて、一族に根を張ったのだろう。


 最初は


「火を自在に操れる者がいる」



 という話を地上で耳にした。


 

 次は


「耳がとがって、森の動物と心を通わせる者がいる」

「ふさふさの尻尾を生やし、野獣のような腕力を得た」


 など、どう考えても人のかたちから外れはじめている。



 まるでファンタジー世界の〈エルフ〉や〈獣人〉、〈魔族〉といった、別々の血筋に枝分かれするような進化をぽん太の孫たちが示し始めたのだ。


 例えば〈エルフ〉と呼べそうな者は、細い体つきととがった耳をもつようになり、木々と会話をするように森を守り、里の人を導くようになったらしい。


 また、魔力を使って魔法? のような現象すら起こしていた。


 〈獣人〉めいた姿をもつ者は、毛皮が腕や脚に生え、夜目が利いて、鋭い爪で狩りを助ける。身体能力が他よりも優れているようだ。



 さらに〈魔族〉のような角や翼が生えた者は、人から「怖い」と言われつつも、闇夜に不思議な呪文を唱えて、雨を呼んだり風を鎮めたりする力を持ち始めている。


 俺は空からその様子を見て「これはもう、人間の域を超えてきたな」と驚く。


 何しろ、普通ならこんな短期間で姿が変わるはずがない。だが、ぽん太の魔力の種がいくつかの形で芽吹き、一族の中で多彩な異形を生みだしているらしい。


 周囲の人々は最初こそ戸惑ったが、彼らが王の子孫であること、そして何より畑や暮らしを助ける力を見せることで、少しずつ受け入れている様子だ。




 俺には体感時間を早めて観察できる能力がある。この星の何十年を一瞬で飛ばすように覗き見るんだ。



 ぽん太が死んで数十年、さらに百年先をざっと見てみると、彼の一族は三つ四つの一族に枝分かれして、エルフに似た長寿な姿や、獣の特徴をもった部族、闇の力を使う魔族じみた一族まで存在感を増していた。


 どれもぽん太の血を起源とするため、互いに深い絆があるらしく、国の内部で奇妙な多彩さを発揮している。


 ふた昔ほど先では、エルフ部族完全に魔法を操り、獣人の里が狩りと守りを得意とし、魔族の集団が天候や農耕を支える術を使いながら、互いに協力している様子が見られた。


 人間たちも混ざり合い、あちこちで新たな交流が生じている。こんな異形の進化が進むなんて、最初のころには想像もしなかったけれど、これはこれで面白い。どうやら魔力は人間の姿を変えるだけじゃなく、人と里のかたちまでも変えているのだろう。










 いっぽう地上だけでなく、海の底でも異様な発展を見せている生き物がいる。


 俺はある日、暇つぶしに海中を眺めたとき、巨大なイカが人のように腕を振り、仲間と意思を通じている姿を発見した。あれは単なる海の生き物じゃない。どうやら彼らは急に知を得て、互いに声も似た発音を交わしながら、岩を積み、海底に住みかを作っているらしい。





 体感加速で先を見てみると、イカたちは海底で《国》を作り、あたかも人間と同じように統治者を置き、同種のイカや魚を守りながら、海の底で広い領域を支配し始めた。


 触腕を使って器具を作り、貝や石を組みあわせて城のような建物を築き、言葉を話すばかりか、時に浅瀬まで移動して陸の世界を観察しようとしている。いつの間にこんな知恵を得たのかまったく分からないが、海底にも独自の進化の波が起こっているのだ。


 もしこのままいけば、イカの国が海上へ姿を現し、人間や獣人、エルフ、魔族と接触する日が来るかもしれない。そうなったら、この星はいよいよ多様な種族が入り乱れる大きな舞台になりそうだ。



 そう言えば……イカとんでもなく頭がいい動物であると聞いたことがある。


 前世の世界では動物で鏡を認識できた数少ない動物らしい。


前世のイカは寿命3年ほどだったが、もしこれが何十年もあれば、文明をもってた可能性すらあるとか。


いや、そもそも前世のイカと今世のイカが、同じ種族という保証もないが……。俺がイカに似てるから、勝手にイカと読んでるだけで。


 そんなかにもしかしたら……ぽん太レベルの天才がイカには沢山居たりしてね……



 それは如何なもんかな? イカだけに……









 ぽん太が死んだ後も、彼の残した血と魔の力は、国を変え、地上を彩っている。エルフや獣人、魔族のような者が現れても、大きな争いが起きていないのは、ぽん太の遺した平和への願いが国の根底にあるからだろう。


 俺の干渉がなければこんな変化は生まれなかったかもしれないが、結果的に人間たちの可能性が大きく膨らんでいると感じる。


 俺は空からその発展を眺めつつ、暇をみては体感加速で百年先、二百年先を見通してみる。エルフ、獣人、魔族、そのほか普通の人間も織りまぜて、さながら《異世界》のように多彩な姿が混在している。誰かが種をまいたわけでもなく、ただぽん太が二度光を受け、その血を伝えた結果なのだ。




 やがて、海のイカたちが地上に上がり、海辺の村で警戒されながらも言葉を交わす場面を俺は見た。そこではイカが



「われらは海の底より来た。そちらは陸の人か?」



 と、まるで人間と会話している。いくつもの触腕を動かし、奇妙な声で話しながら、互いに手のような動きをして挨拶していた。下の世界はすでに異形ばかりだな、と俺は面白がる。





「イカって、寿命長かったらマジで天才と聞くな。明らかに知能が高そうだ」



 さて、これからどうなるかな。



 ぽん太はもういない。しかし、彼の魂が目指していた


「人どうしの争いを減らし、平和に生きる」


 という想いは、彼の子孫や国に深く根づいているようだ。さらに魔力が目覚めたことで、人間以外の種族に近い特徴をもつ子孫まで生まれ、古い形の人間だけでない多様な社会が少しずつできあがっている。かたわら、海にはイカの国が言葉を覚え、陸地に興味を示している。


 俺は今も星の上空を漂いながら、いつかこれらが交じり合い、あるいは対立し、また新たな歴史を作るだろうと感じている。あまりちょっかいは出さず、体感加速で何十年何百年をささっと観察してみるだけだ。


 そうすると、エルフじみた一族が森に根づき、獣人じみた一族が山や平原をうろつき、闇の力を扱う魔族じみた者が天候や地熱を操って暮らす姿が映る。


 下の世界はもう人間だけじゃない。ぽん太の血が広がり、魔の色をまとった種族が一緒に暮らしている。イカの国も、どこかで陸の国と正面から接触するかもしれない。


 もし大きな争いが起きそうなら、俺がまた光の姿で止めるのかもしれないが、なるべくなら自力で道を作ってほしいと思うんだ。ぽん太がやったように。






 ぽん太が俺に助けられたのは、青い怪物からのときと、人間どうしの戦いからのときの二度だった。


 そのときの光が、彼に魔の種を宿したなんて、俺も完全には想定していなかったが、その結果、この星にはエルフや獣人、魔族のような者が生まれ、海ではイカが国まで築きあげるほどの進化が進んだ。


 生きていれば、ぽん太はそんなにぎやかな世界を見てどんな顔をしただろう。きっと驚きながらも、嬉しそうに笑うんじゃないかと思う。彼がこの国にまいた平和と工夫の心が、魔の力と合わさり、多くの奇跡を呼んだとも言えるから。


 俺としては、これからも空に身を置きながら、彼らの行く末をのんびり観察していく。あまり手を貸しすぎると、いずれすべてが俺の力に頼るようになってしまうし、逆に何もしなければせっかくの多彩な種族が争いで滅びるかもしれない。そのさじ加減が難しいが、それこそこの星を眺める喜びだと思うんだ。


 ぽん太は逝ったが、彼の一族は魔力を受け継ぎ、姿を変えてもなおその意志を守っている。海のイカたちは言葉と道具を使い、海底を広げている。



 人間や獣人や魔族、エルフ、そしてイカ――誰もがこの星を舞台に新たな歴史を紡ぐだろう。その未来を見届けるのは、俺の密かな楽しみだ。


 もし大きな危機が訪れ、誰かがぽん太のように死にかけるなら、また光をまとって降りるときが来るかもしれない。


 でも、その選択をするのは俺の勝手だ。何も言わず、何も求めず、ただ星を見守るだけ。ともあれ、今は新しい種族の繁栄を少しわくわくしながら眺めていよう。俺が死んでから得た神にも似た力は、そのためにあるのかもしれないから。





「日本に辿り着くのは何年先かな。まぁ、気長に見てやるか」





 そう言って俺はまた、体感時間を加速させた。

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