帰ってくれ名探偵

すちーぶんそん

短編

 この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・物品・事物とは一切関係ありません


 ◇◇



「誰ぞあるか!?」


 夜の静寂しじまを破り突如聞こえたその声は、果して幻聴ではなかった。 


 客室から顔を出すと、廊下の先、三つ隣の部屋の入口で立ち尽くす男性がいた。 

 それはこの屋敷の主、ブラン伯爵当人だった。


「これは一体どうしたという事だ!!」


 私は、痛飲したブドウ酒の余韻と、微睡まどろみの薄衣を纏った頭を抱えて、伯爵が消えていった部屋に向かって歩き出す。


「いかがなさいました閣下!?」


「おお!! セバスか! 私の息子たちはどこへ行った!? 姿が見当たらんではないか!」

「なんですと!?」

 横手の階段から私を追い抜いて駆け付けた家宰との切迫した会話が聞こえてくる。


 どうやらご子息が失踪したようだ。


 事件、か……。


 ようやくたどりついた部屋の入り口。そして私は呼びかける。


「落ち着いてください閣下。この私、反吐河原へどがあらポーの二つ名をお忘れですか」

「そうだった! 君は稀代の呪法師でありながら、王都エクタルで数々の難事件を解決し、名を馳せたあの『酩酊めいてい探偵』であったな!!」


 そう。そのとおり。 


「酔った私に解けない謎はありません。この事件、酩酊探偵におまかせ下さい。たちまちのうちに平らげてごらんに見せますよ。そう、食前酒アペリティフのようにね」

「なんと頼もしい! それではぜひ頼もう存分に推理し解決してくれ名探偵!」

「私からもお願い申し上げます。どうか、ご子息様をお助けください」

 

 悄然しょうぜんと立つ青ざめたセバスの肩を無言でたたき勇気づける。探偵にとって何より重要なのは。自信に満ちた振る舞いを置いて無い。

 そして招き入れられた室内。私は一目でその違和感に気づいた。


「やや? これはいったい……」

「もう何か分かったのか名探偵!」


 ベッドシーツと布団の間に何かがある。手に取ってみると、それは一本のウインナーだった。


「なんだってこんなところにウインナーが置いてあるんでしょうか……?」

「ウインナー?」


 見事なカイゼル髭を歪ませて、首をひねる伯爵に、私は問いかけた。

「これは明らかに犯人の残した痕跡です。ご子息を誘拐した犯人は、粗忽そこつにも明確な手掛かりを残していきました。……さて、このウインナーはいったいはどこからきたんでしょうか?」


「「え?」」


「本来どこかに置いてあったはずのウインナーが、奇妙なことに伯爵の息子さんのベッドにあったのです。つまり……」


「「つまり?」」


「……セバスさんどうか聞かせてください。この屋敷にウインナーが置いてある部屋があるはずです」

 手掛かりはわずか。だがそれでも、天がもたらした一条の光。私が見逃すはずが無い。

「……おそらく犯人はそこにいたはずだ!」


 はじかれたように顔を上げ、喜色満面にまくしたてる家宰のセバス。

「……っ!! プレステージ・シャンパンのような、実に見事な推理でございます。このセバス、驚嘆いたしました! ウインナーでしたら地下室奥の保存食糧庫です。ご案内しますのでついてきてください!」


「でかしたぞ名探偵!!」


「さぁ行きましょう。まだ私の酔い真実が残っているうちに」

 伯爵ご自身に力強く肩を叩かれ、回転する思考そのままに私は大きく頷いた。


 ◇◇


 こんな非常事態でも、足音の無いセバスの真っ直ぐな背中を追いかける。


 階段を下り、そこに控えていた不寝番の男をセバスは呼びつけた。

 そして屋敷中の衛士を集め、急ぎ敷地内から何者も逃さぬようにしなさいと指示を出す。

 声を潜め、駆け足で詰所へ去っていく不寝番の姿。

 セバスは、他の使用人に対して、各自の寝室を出ぬよう徹底しろとの命令も忘れなかった。


 すばやく見事な差配は、さすが年の功。


 セバスと不寝番の短いやり取りからわかったことは、どうやら日暮れ以降、屋敷を出たものは居ないということ。

 屋敷の表裏の出口も固めた。もし誘拐犯とご子息が、屋敷内に居るのであればこれで逃げ出すことはできないはずだ。


 ◇◇


 導かれたのは奥まった石壁造りの地下貯蔵庫。

 その重厚な樫の扉に耳を当て、中の様子を探ったがわずかな物音もしなかった。


 この向こうに、逃げそびれた誘拐犯が、武装したまま息を潜めて立て籠もっている可能性がある。 

 道すがら武器替わりに拾った、ズシリと重い帽子掛けをセバスの手に託した。

 私の役割はあくまでもご子息の保護。得物を持ってはかえって傷つけてしまいかねない。

 伯爵は魔導ランプの明かりを付け、そして全員が覚悟を決めた。


『声はださないで』


 静かにタイミングを計り、そして一気に扉を蹴り開けた――。


「動くな!!」


 一気になだれ込んだ室内。闇を払い全身の感覚で敵を探す――。



 しかし、我々以外に動くものは無かった。


「誰も居らっしゃいませんね」と、セバス。


「……息子も犯人も居ないじゃないか。どうなっとるんだ名探偵」

 息を整えた伯爵が、静かな声でそう言った。


 なるほど。 

「落ち着いてください伯爵。確かにこの場には、おりませんでした」


「何!? それでは私の息子はどこに消えてしまったと言うのだ!?」


「しかし、またしても不審な痕跡を見つけましたよ。見てくださいこのソーセージラックを」


「それがどうしたというんだ? ……あぁっ!!?」


「ようやくお気づきのようですね、伯爵。そう、本来あるはずのソーセージは見当たらず、代わりに卵の入ったバスケットが吊るしてあります」 


「確かにこれは奇妙だ。……だが一体、それがどういう意味を持つんだ名探偵?」



「犯人は慌てていてここに卵を置かざるを得なかった。あるいは、意図せず卵を掛けてしまった……」 

 はたまたメッセージであろうか? 可能性は様々ある。これは事件のシッポに違いない。


 突然、家宰のセバスが何かに気づいたように「はっ」と息を飲んだことに気づいた。

「おや? セバスさん。どうやらあなたは、何か心当たりがお有りなようだ」


 水を向けられたセバスは目を見開き、固まってしまった。

 ただならぬ様子に伯爵が声を掛けた。

「どうしたんだセバス?」


 セバスは急に背中をワナワナと震わせ、大きく息を吸い込むと、 

「アンナーーー!! 今すぐ来なさい!! アンナ!!」


 天井をにらみつけ、「あんのドジメイド」と歯の隙間から絞り出すような悪態をつく家宰のセバス。

 そのキャリアと立場にあるまじき大声を聞きつけて、駆けつけたのは一人のメイドだった。


 明るい色の髪の寝ぐせ頭と、しわが寄った寝間着姿。

 メイドは、なんともへろへろな様子で目をこすりながら、

「どぅしたんですミスターセバス? あら、旦那様も。こんなところで皆さんお揃いで。…………あ。奥様に内緒で盗み食いでしたら、あたしも一緒に手伝いましょうか? うふふ」


「ミス・アンナ! 君以外にこんなふざけたことをしでかすメイドはこの屋敷にいません!!」


 起き抜けに叱責されたアンナは、ビクンと飛び上がりヒイ、と後ずさった。

 そして、セバスが指さす先を見るメイド。


「……あちゃー。ごめんなさい、不注意でしたぁ。でも、卵しまいそびれたくらいでそんなに怒らなくても……」

「それに何ですか旦那様の前で、だらしないその頭は?」

「髪留め無くなっちゃったんですよぅ。用事はそれですか? すぐ直しますから待ってくださいよ」 


 セバスは、動き出そうとしたアンナの鼻先に指を突きつけ、断固とした口調で言う。

「そんな事を頼むために呼んだのではありません。動転していて失念していましたが、坊ちゃま達を寝かしつけるよう、私はあなたに頼んでいたはずです」

「何!? 本当か!?」と、伯爵。


「うぇ? ……そんなこと頼まれてませんよぅ」と、困惑顔のメイドのアンナ。


「しらを切るのかッ!!!」セバスの鋭い眼光がアンナを射抜く。


 ついに目の前に現れた誘拐犯にしては、ずいぶんアンナは落ち着いていた。


 だがそんなことは伯爵にとって関係のないこと。頬の痙攣がカイゼル髭を震わし、今にも飛び掛かりかねない危険な怒りの兆候を見て取って、 瞬時に私は割って入った。


「まあ落ち着いてください皆さん」

 酩酊探偵たる私の推理の舞台は、冒険者の通う酒場のようであってはならない。


「さて、お嬢さん。あなたがこの卵が入ったバスケットをここに掛けた、という事に間違いはありませんか?」


「……よく覚えていませんけどぉ。……たぶんそうだと思います」


 ドジなメイド娘アンナ。どうやら真実の足音はもうそこまで近づいているようだ。


「ではお坊ちゃまのベッドの上にウインナーを置いたのも、君で間違いありませんか?」

 謎をまた一枚めくり、ゆっくりと事件の霧を晴らしていく。


「ういんなあ……?」


「そう。一本のウインナーです」


「……っ違いますッ! 今思い出しました!! そんなモノ私置いてません!」


 おや?


 アンナは、隣のセバスに向き直り、そして大声で言い放った。

「私はミスター・セバスから、お坊ちゃま達のベッドにを寝かせておくように頼まれたんです!!」


 ヨレヨレのパジャマ姿の胸を張り、鬼の首取ったかのようにフンス、と鼻息一発。



「「「……は?」」」 


 ゆっくりと全員の視線がセバスに注がれた。


「ソーセージ…………?」

 セバスに浮かぶ偽らざる困惑の表情。


「――ッ!! バカモノ!!! 私が頼んだのはソーセージじゃなくてだぁあああ!!!!!」

 ついにセバスが爆発した。


「うぇええ? 何です? そうせいじ? それは普通のソーセージとどう違うの?」

「愚か者!! バンテージと板東英二くらい違うでしょう!!」 


 え? え? っと口走り、私と伯爵の顔の間を往復する困惑したアンナの視線。

「……ゆで卵と生卵くらい違うって……ことですか?」

「そんなに似てるか!! ゆで卵と板東英二くらい違う話だと言ったんだ!!!!!」


「それじゃぁ今どっちの話をしてるんです? ゆで卵ですか? それとも板東英二?」

「双子だ!!!!!!」 

 セバスはその殻を破り天に吠えた。


「え!! 双子のソーセージの事をウインナーって言うんですか?」

「アンナっ!! こんな非常時に下ネタかね!? 君は一体全体どういう神経をしてるんだ!!」





「いい加減にしなさい!!!!」


 伯爵の相貌は、怒りで赤黒く染まっていた。

「ソーセージもゆで卵も板東英二も板東英二のウインナーもどうだっていいんだ!!! そんなことより!! 双・子・は!! どこに消えたかを聞いてるんだ!!」


 地団太と共に叫ぶ伯爵。


「……え? 双子? それなら始めっから双子って言ってくださいよ! ……って坊ちゃま達居なくなっちゃったんですか!? ……アタシ知りませんよぉ……頼まれたのはソーセージなんですから」


「キミはこの屋敷で今何が起こっているのか分かっているのか? 肉棒一本が失せたと大の大人が喚き騒いでいるとでも思っていたのかね?」

 アンナの肩を掴み、滂沱ぼうだの涙を流すセバス。


 まさに狂乱の宴。


「助けてくれ名探偵ぇ。頭がこぼれてしたたりそうだ」

 口の端にあぶくを溜めて、伯爵が縋り付いてくる。


 酩酊探偵の本領。そう、良質な難事件こそが酒の肴。


 お任せください閣下――。

 伯爵の手を取り慰める。そして意識して笑みを作る。

「さて、少し時間は掛かってしまいましたが、事件の全貌がようやくわかりましたよ」


「「「え!?」」」

 先ほどまで乱れていた三者が、ついに揃った。


「そう、全ての事を順番に考えるんです。双生児の寝床にソーセージが寝ていた。そして、ソーセージの寝床にゆで卵があった。つまり……」


「「「つまり」」」


「この卵があったところを教えてくださいアンナさん。おそらくそこに居るはずだ、双生児を誘拐した犯人。が、ね!」

 酔客の夢はそして醒めた。


「何ッ!? 本当かね名探偵!!!?」

「すばらしい! まさにコニャックのような芳醇で見事な推理でございます!」 

「あぁよかった! 坊ちゃまいるんですね」


「ハハハハ。コニャックでさえ、この酩酊探偵にとっては食前酒アペリティフですよ。……さぁ、急ぎましょう。酔い真実が消えてしまわないうちに」

 そして終焉を見に行こう。


「それならアタシに付いてきて下さい。卵置き場なら隣の調理室の奥にあります」


「アンナ! く走れ!」

 力を取り戻した、伯爵の声。



 ◇◇



 そこは人気ひとけのない厨房。


 手に手に獲物を構え、なだれ込んだ我々一行。 


 果たして、そこに男が居た。


 木製棚の最下段に、足をたたんで詰め込まれていた人影が、ガンガンに照らされ抗議の声をあげた。


「ほんっまにぽー。……なんやっちゅうねん。老人虐待やどォキミぃ?」


 突きつけられた魔導ランプの明かりを、おっくうそうに庇い、目元を覆って悪態をつく男。


 どこかで見覚えのある男。



 …………え?


 我が目を疑う光景だった。


「板東さん!!!!!」

 どうして卵置き場に板東英二がいるんだ!?


「どういう事だこの酔っ払い!! アペリティフはどうなったんだ!!」

 血走った目で私を睨む伯爵。


「どう見ても誘拐犯ではなく誘拐被害者の様子でしょう!! 散々格好つけて連れまわした、挙句に『坂東さん!!!』 アンナの脳味噌と取り換えてもらったらどうです?」

 実に子憎たらしい顔でセバスが俺の真似をした。


「坊ちゃま、いませんね」と、静かにアンナ。



 静止した脳が一つ息継ぎをした。


 おかしい。


 これは妙だ。


「待ってください。一体、板東英二はどこから来たんでしょうか」


「「「え?」」」


「卵があるはずの棚に詰められる前の話ですよ。思い出して下さい。我々は、保存食料貯蔵庫で、卵のバスケットを見つけこの場所に来ました。……ということは、つまり」


「「「「つまり」」」」


「坂東はどこかから追い出されたのではないでしょうか? 例えばゲストルームとか」


「今度こそ完璧な推理だ!! 名探偵!!」

「さすが名探偵! ドライマティーニのような、どこのバーにも在りながら、満足度の高い切れ味鋭い推理でございます!」

「すごいすごい」


 急げ! 坊ちゃまは板東英二の居た客室のベッドだ!


 冷たい板東をその場に残し、時代エイジを追い越すスピードで廊下を駆け抜ける。


 ◇◇



 薄明りの客室。そこに詰めかけた四人の男女は無言だった。

 緊張感の欠片も無く、我々を置いてツカツカとベッドに歩み寄る伯爵。


 伯爵はすさまじい渋面で、何か小さな箱をヒョイと取り上げ、ソレを顔の前でにらみつけた。


「これはバンドエイドだッ!!!!!!!!」

 伯爵の手でクシャっとつぶされ、床に叩きつけられる小さな紙箱。


「どうして板東英二の客間に寝てるのが板東英二でなくバンドエイドなんだ!!!!!!? この酔っ払い!! 一体どういうことだ!!!?」


「旦那様落ち着いてくださいませ。探してるのは板東ではなく双子のお坊ちゃまです」と、憔悴したセバス。


 私が残りを引き取って、セリフをつなぐ。

「そう。……それから私の名前は『酔っ払い』ではなく反吐川原へどがあら酩酊めいてい探偵、反吐川原ポーで――」


「うるさい!!」


 あがッ!!?

 途端、頭のてっぺんで石が割れた。


 っおおお――――!?


 しばらくうずくまりラマーズ法で、意識をつなぐ。ビンビンと音を立てる血管の躍動。とぐろを巻く目の前の星の群れをどうにか払いのける。

 そして見上げた伯爵の手に握られていたのは、その場にあったと思しき乗馬鞭だった。


「いつまで恰好つけとるんだ!! この酔っ払い!!!」 



 ――パチパチパチパチ。

 私はゆっくりと立ち上がり、この濃密な現実ナゾ全てに拍手した。

「いやぁ完全に今の一撃で酔いが覚めましたよ。……安心してください。完全に解けましたよ。酔いナゾが、ね」


「「「何ィ!?」」」


 感謝。


 どうしてか壮大な謎を前にすると、祝福したい気持ちがあふれてくる。


「一連の流れを振り返ってみましょう……。双生児の寝床にソーセージが寝ていた。そして、ソーセージの寝床にゆで卵があった。本来ゆで卵があるべき場所には寝ぼけた板東英二が詰め込まれており、板東英二の寝床にはバンドエイドがあった。つまり……」


「「「つまり」」」


「この屋敷のもう一つの上等なベッドといえば、バンドエイドがあった場所。……そうです、医務室です。医務室のベッドの上でお坊ちゃまは今頃、スヤスヤ寝ているはずだ。そう……ホンモノの真実と共にね」


 燃える頭頂と引き換えに得たひらめき。

 やれやれ、今晩のナゾは身に応えるぜ。


「でかした!!! キミこそまさに下町探偵だ!!」

「下町のナポレオン『いいちこ』のような納得の推理でございます」



 よし、今すぐ向かうぞ。


 そう言った伯爵の声は、少しかすれていた。


 ◇◇



 閉ざされた医務室の扉の前で、じっとりと汗をかく。


 もう開けてみるまでも無かった。


 もう見なくても分かる。断じてこれは、子供の寝息ではない。

 オークの新生児でも怪しい。

 ゴガッガ、ゴゴゴッガと、扉を貫通した大男のいびきが廊下まで響いていた。


「どういうことだポー君? これがスヤスヤと聞こえるのなら、今すぐ教会審問官を呼びつけて、君の耳をの罪で拷問にかけねばならなくなる」


 野太いイビキに負けないように、私も声を上げる。

「どうやら私の見立てが間違っていたようです。事故でなく事件ですね。本当に誘拐犯がいたようです」


 まぁ寝ているんですから解決はすぐそこ。縛ってしまえばよいのです。

 うなずく伯爵の手には帽子掛けとっておきが握られていた。


 ◇◇


「……誰でしょう? まったく見覚えが無い顔でございます。それに坊ちゃまもいません」と、セバス。


 アンナはポカンと口を開け、セバス同様に見覚えのない様子。


 もはや表情の消えた伯爵が、私の方を向きもせず、チョイチョイと手招きした。 

「…………せつめいしろ、どぶがわ」 

 その声は、向こう側が透けるまで履きつぶした爺さんのステテコのように、細く透明だった。


「私の名前は『どぶ川』 ではなく反吐川原へどがあら、反吐川原ポーです。……やや!! それからこれは、バンドエイドじゃない! かつて新日本プロレスで活躍した『恐怖のビア樽モンスター』バンバン・ビガロですよ!!!」


 なんだって、こんな懐かしい悪役レスラーがこんな所で寝ているんだ!


 いやー懐かしいなぁ、昔ファンだったんですよ、と感慨に浸っていたら、


「黙れ!!!」


 再び頭頂を貫いた衝撃は、全身を波立たせ、攻城兵器の扉破りの太さの物品モノが尻の穴から抜けて行き、もはやどこが痛いのかわからなかった。

「ゾエッッ―――っ!!!」


「どうしてバンドエイドがあったはずの医務室でバンバン・ビガロが寝てるんだ!!!!」


 バカ。酔っ払い。吞んだくれのごくつぶし。


 どこか遠くで声がする。


 やいビガロ! もうバンしか合って無いじゃないか! 


 誰かと誰かが祝福すいりしている。



 ◇◇


「こんな夜更けにどうしたんです?」

 一瞬の永遠から目覚めると、寝衣姿の伯爵夫人が不審そうな顔で、我々を見ていた。


「いや、何でもないんだ。少しポー君が酔いすぎてしまってね。こうして医務室で酔い覚ましを探していたんだ」

 自然に歩み寄り夫人の肩を抱く伯爵。さりげなく手に持っていた帽子掛けをその場に置くのが見えた。


「そうですか。……しかし何ですか、この大きないびき声の男は?」


「奥様。彼は今朝新たに雇った庭師でございます。体は大きいが実に器用な男ですので旦那様もご了承くださったのです」と、横手からセバスも加勢する。


 心労をかけまいと必死に話をそらす伯爵が、奥方の何かに気づいた。

「おや、君はケガをしたのかい?」


 奥方は、右手の人差し指を掲げ、

「いえ大した事ではありません。それに、もう傷は癒えました」


 そこに巻かれていたのは、間違いようもなくバンドエイドだった。


「心配なさらないでください。これは異世界の癒しのアイテムです」

 おかげでもう痛みもありませんよ、と奥方。


「……これをどうやって手に入れたんだい?」

 内心の動揺を見事に押し殺し、ゆっくりと伯爵が尋ねた。


「え?」


「そのバンドエイドは一体どこで手に入れたのでございますか?」

 何度も生唾を飲むセバス。


 まるで何でもないこととのように夫人は――、

「これですか? それはつまり――」


「「「「つまり」」」」

 自然四人が唱和する。


 それは歌うように軽やかに――、

「このバンドエイドは」



「「「「バンドエイドは?」」」」



「そこにいるポーさんが、異世界から癒しのアイテムを召喚してくださったのです」


「「「「え!?」」」」


「そんなまさかいつです!?」

 私の声は、みっともないほど裏返っていた。


「夕食の後に、隣の図書室で。この医務室に向かう私を呼び止めて『癒して差し上げます』と、おっしゃってくれたではありませんか?」


 うえええ?

「まったく記憶にございません!! 夕食の後でしたらその頃私はに酔っておりましたから!! しかもバンドエイドを取り寄せる? いったいどこから?」


「ですから異世界から、と。……ウフフ、その時同時に二人の男性まで現れまして可笑しかったんですのに。覚えてらっしゃらないの?」


 え?


 そんなまさか。


 もちろん殺気の籠った視線も感じるが、無視すいりする。


「いえ、いかに酔っていたとはいえ、私は王都一の呪法師。呪文を間違うはずがございません。バンドエイドの召喚に二人の男が紛れ込む? まったく馬鹿馬鹿しい話ですよ」

 言い切ることが肝心なんだぁ。そうだ。ありえんことだ。


 それでも途切れない濃密な視線。


「酔っぱらってて覚えて無いんですて! 私が召喚したんですか? ほんとに?」


「あなたは『顕現せよ! バンドエイドなど。』と、確かにおっしゃっていました」


「「「「など!!!??」」」」


 そんな、まさか。



 等。


 等かぁ。


 等はまずい。バンドエイドの類似タレントがついて来てしまいかねない。


 酔ってたにせよ、呪法師にあるまじき失態。


「おい! 貴様! 召喚とは『等価交換の法則』にしたがった密儀じゃないか!! まさか板東英二とバンバン・ビガロの代償に私の双子を異世界に送り飛ばしたのか!!!??」

 ガリガリと頭を掻きむしり「居るわけがないんだ野生の板東英二が私の屋敷に」と、吐き捨て、私を睨む伯爵。


 

「双子を送り飛ばした!!? ええ、そんなまさか!! 私の赤ちゃんが消えたのですか!?」


 ジョン!! ジェームズ!! 母に返事を!! たちまち取り乱し、騒ぐ夫人。


「今すぐ二人を送り返せ!!! そして息子を返してくれ!!!!」


 ばか。 ひとでなし。 さけカス。 中毒。 ぽんこつ――



 ◇◇



 図書室。


 酔って使った転移魔方陣は、そっくりそのまま残っていた。


 その魔法陣ゲートの中に、くしゃくしゃになった使いかけのバンドエイドの箱、恨めしそうにこちらを睨む板東英二、まだ寝てるバンバン・ビガロを収めた。


「ほんまにぽー。おしりがキンキンに冷えてつらいんやぁ。ぼかぁ事務所を通して抗議こーぎさせてもらうで。」と、板東は終始ご機嫌斜めだった。



「これで必ずや、償還の代償にこの世界から失われたモノが返ってくるはずです」

「頼む早くやってくれ」

「きっと私の赤ちゃんを戻して下さい」



 アンナを含む全員に散々殴られたが、おかけで魔法は冴えていた。


「オン・アビラ・ルシン・フス・レルアミド――」

 我が手の中で急速に失われる魔力。魔法陣は盛大に輝き部屋中を青く染めた。


 バンドエイド、板東英二、バンバン・ビガロ。


 三つの等価。


 そして、この世界から失われた物が帰ってくる――。


「召喚ッ!!!」


 あたりに純白の煙が立ち込め、全くの無音が喧しい――。


 ◇◇



「何をやってらっしゃるのです?」


 図書室の入口に子育て人サマリーのばあやが居た。


 その両手に、すやすやと眠る二人の赤ん坊を抱えて。


「ジョン! ジェームズ! 帰って来れたのね!?」


「……はぁ?何を言ってるのですか奥様? お二人はずっと奥様の部屋で眠って居たじゃありませんか」

 それは卵を丸呑みしたような呆れ声だった。


「「「「「は?」」」」」


「そこにいるアンナから『今、坊ちゃまのベッドはふさがっております』と、言われたので、客間に居た人を追い出したのに、奥様が『一緒に寝るので連れてきなさい』とおっしゃったではありませんか」


 突然アンナが声を上げた。

「あ!! ごめんなさい! 今思い出しました!! ソーセージをお坊ちゃまのベッドに寝かせたのでローズさんに寝室が使えないって伝えたんでした」



 それは頭頂がピナトゥボ火山にされる前に聞いておきたい言葉だった。



 ◇◇


 伯爵の静かな声が図書室に響いた。

「……では何と引き換えに三者を呼んだんだ」

 


 全員の視線を集めた、光を失った魔方陣の中心。


 霧の晴れたその場所には麻のヒモが落ちていた。


 ……ヒモ?


「……これ私の髪留めです。無くなったと思ったら」

 簡単に言って、アンナがつまんで拾い上げる。




 三者の召喚の代償――。



「安っすい」とアンナ。 

「でもお得じゃないわ」と、夫人。





「はっははははっ。確かに私の酔いミステリーは醒めて失われてしまいました」


 全員の視線が稀代の名探偵に集まった。


「しかし、取り戻したじゃぁないですか」


 また難事件を解いてしまった。


家族愛しんじつってやつを」


 酩酊探偵がもたらした大団円だ。





「……もう帰ってくれ名探偵」

 土気色を通り越し、透明になった顔色で伯爵が言う。


「ええ。お代はいただかなくても結構です。十分堪能させていただきましたからね」



 二本の指を立てほほ笑んだ。

一件落着ごちそうさまでした


 踵を返し、屋敷を後にする。


 そして頭頂部に走る衝撃――。



 了






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