第20話 カミングアウト


 私の発言が予想外に受け入れられてしまったことで、会議は一気に進み始めた。


「では、ラーズ帝国軍が北部に拠点を作り、敵の背後を突く準備を進めるということで異論はないな?」


 ラーズ帝国の皇帝が低い声で確認すると、ヴェルデン共和国の代表が頷いた。


「ならば、我が騎士団は南に布陣し、北と連携して挟撃の機をうかがう。だが、現状では魔王軍の動向が不明瞭すぎるな」

「それならば、我々クレイシアの聖騎士団が敵地へ潜入し、情報を収集するのが最善かと思われます」


 クレイシア王国の聖騎士団長が、静かに発言する。


「我が国は長年、魔族との交渉や情報収集を専門としてきた。敵の戦力と配置を把握できれば、より確実な戦略が立てられるはず」

「なるほどな……」


 プリザンド王は思案深げに顎を撫でた後、ゆっくりと頷いた。


「それでよかろう。我がプリザンド王都も、各国の拠点として利用するのを許可する。戦況が動くまでは、ここを情報の集積地とし、各軍の連携を密にするのだ」


 この発言をもって、各国の役割が正式に決定された。

 北にラーズ帝国軍、南にヴェルデン共和国の騎士団、敵地での情報収集はクレイシアの聖騎士団。そして、プリザンド王都が各国の拠点として使われる。

 私はずっと黙ったまま、そのやりとりを眺めていた。

 ……すごい戦争のことなんて何も分からない私でも、各国の思惑や戦力の違いが見えてくる。会議はただ戦略を決める場ではなく、それぞれの国がどれだけの負担を負うのかを交渉する場でもあるんだ。

 私は……何もできないな。

 最初の適当な発言が予想外に大事になってしまったこともあり、それ以上は一切口を挟めなかった。ただ、この会議がどれほど重要なものなのかだけは、痛いほど理解できた。

 やがて、会議は締めくくられた。


「では、決定した内容に沿って各国は準備を進める。今後の詳細な打ち合わせについては、追って通達するものとする。以上、大七国会議を閉会する」


 プリザンド王の宣言とともに、会議室の扉が開かれる。各国の代表や将軍たちは立ち上がり、それぞれの部下と共に退出していった。


(終わった……!)


 私はほっと息をつくと、すぐに席を立ち、会議室を出ようとした。こんなところさっさと抜け出してしまおう。

 そう思ったのも束の間──


「勇者アテナ、少し残れ」


 プリザンド王の重々しい声が、私を呼び止めた。


「えっ……?」


 立ち止まり、振り返る。王の鋭い視線が、私をまっすぐに捉えていた。

 シャーレナもこちらを振り向き、軽く肩をすくめると私の隣に戻ってきた。

 やがて全員が退出し、会議室には私、シャーレナ、そしてプリザンド王の三人だけが残った。

 静寂が広がる。

 え? 怖いんだけど。まさか、会議中の私なにかやらかしちゃってたのかな。


「座ってもよいぞ」


 王の指示に従い、私は席に座り直した。シャーレナも同じく隣の椅子に腰を下ろす。


「……何でしょうか?」


 緊張しながら尋ねると、王はじっと私を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「……そなた、どうやって魔族と戦った?」

「え……?」


 一瞬、質問の意図が掴めなかった。


「どう、とは……?」

「そのままの意味だ。……気の毒だが、あの村に居た者で生還者はいない。そなたたちだけが生きて王都に戻ってきた。何かあるのではないか? 正直に言ってよいぞ」

「えぇ……と……て、天使?」

「天使? 何を言っているんだ?」

「なんか、私が天使になっていたようです……シャーレナによれば……」


 王様は不思議な表情を浮かべる。

 正直に言えっていうから正直に言ったのに。信じるわけないよ。私だってまだ半信半疑なのに。


「人間が天使に変わるなど、普通あり得ぬこと。本当にそうなったのか?」

「はい。アテナ様の姿は私がしっかりと見ていますので。髪と瞳が白くなって、背中からは大きな羽が生えていて、頭の上には光り輝く輪っかが……」

「なるほど。ではなぜそんなことになったのだ? 何か心当たりは?」


 私は言葉に詰まった。

 説明できるだろうか? いや、そもそも私自身がまだ理解していない。

 攻撃を受けて倒れこんで、身体が熱くなって、でも……そのあとが覚えていない。気づいたらベッドに寝ていたんだ。

 私自身、あの現象が何なのか、よく分かっていない。


「……分かりません」


 正直にそう答えた。

 すると、王はわずかに目を細めた。


「……そうか。ならば、教えてやろう」

「えっ……?」


 王は深く息を吐き、低く呟いた。


「それは……【白天化はくてんか】と呼ばれる特殊能力ユニークスキルだ」

「……!?」


 思わず背筋が伸びた。


「【白天化】……」

「おそらく、そなたが持つ勇者の紋章が傷ついたのだろう。特殊能力ユニークスキルは、そういったことが原因で発現することが多い」

「そんな……」


 特殊能力ユニークスキルは知っている。けど、人間族で持っているものは一割にも満たないってどこかの文献で見たことがある。そんなものが、なんで私なんかに。

 王はゆっくりと椅子に深く座り直し、厳かに続けた。


「【白天化】は、天使族の血を引いている者だけが稀に発現する特殊能力ユニークスキル。発現すると、その個体の戦闘能力が著しく上昇する」

「っ……」


 私は息を呑んだ。

 天使族の血を引いている……?


「ちょ、ちょっと、私……人間じゃ──」

「あくまで血を引いているというだけだ。昔々の先祖に天使族がいたのだろう」


 そんなこと急にカミングアウトされても受け入れられるはずがない。私って純度百パーセントの人間じゃなかったの?


「とにかく、この力をどう扱うかは、そなた次第だ。だが……無闇に使うべきではない。長時間の使用は生命を削る可能性があるのだ」

「……!? 命に関わる?」

特殊能力ユニークスキルとはそういうものだ。【白天化】に限った話ではない」


 王の言葉は、重く、深く響いた。

 私は拳を握りしめる。

 白天化……。この力が何なのか、少しだけ分かった。

 だが、それをどうするかは、まだ分からない。


「……」


 王は私をじっと見つめた後、ふっと微かに目を細めた。


「今日はよく耐えたな、勇者アテナ」


 その言葉に、私は驚いて王を見上げた。


「……え?」

「初めての会議であれほどの重圧の中、最後まで立っていたのだ。大したものだ」


 王の言葉は、どこか優しく、そして力強かった。

 私は……この場に、立っていられた。

 それだけで、少しだけ、自分を誇ってもいいのかもしれない。


「……ありがとうございます」


 小さくそう答えると、王は静かに頷いた。

 ──そして、私はようやく解放された。

 馬車に乗り込み、宿屋へと向かう。

 長い一日だった。

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まな板勇者の彷徨記 〜頼んでもない勇者の紋章なんて返却したいんですけど!!〜 豊鈴シア @2580_shia

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