君があまりにも優しく笑うから、

つじ みやび

君があまりにも優しく笑うから、

 君があまりにも優しく笑うから、何を見てるのか気になってそっと画面を覗きそんだ。……スプラッタ映画だった。


 そんなに穏やかに微笑むみたいなシーンあったっけ、この作品。パンデミックからの恐怖の連続!みたいな映画だったと思うんだけど。


 僕は横に座っている彼女にそぉっと視線を移す。


「……肩でも揉みましょうか、姉御」

「ありがとう……なんで敬語?」

「まぁまぁいいじゃねぇですか」

「いや本当に何?まぁやってくれるなら、お願いするけど」


 ではでは、なんていいながら彼女の背後に回り、肩を揉んでいく。


 ちなみに今僕の脳内を見ている諸君。「おめぇなんかやっただろ」と思っている事だろう。これが何とびっくり、マジで何も思いつかない。


 記念日はまだ先だし、ごはんはたべたからお腹空いてるとかじゃないし。というかスプラッタ映画見てお腹空いたってどういう話?だし。別に直近で喧嘩したわけでもないし、本気と書いてマジでわからない。


 問題の彼女は「もうちょっと右」「あ゛あ゛あ゛……」「そこそこぉ!」なんて愉快に感想を言いながら肩もみを享受している。


「うぅん……」

「どしたん。あ、ちょっとずれた。もうちょっと左」

「はいはい。いや別になんでもないんだけど」

「そ?何かあったら相談しなね。この彼女様に!胸くらい貸してあげるわ!」


 少し胸を張りながらそう言ってくれる彼女。ちょっと耳が赤くなっているのがかわいいが、今は見なかった事にしよう。


 なんだかんだと高校生からの腐れ縁で、7年程友達としての時間を過ごしていた僕たちが恋人になったのはつい先日の事。大学生になり、就職活動という荒波を乗り越えたタイミングで思い切って告白。OKをもらってからはこうしてたまに、お互いの家に遊びに行ったりしているわけだが……。


 これがまぁ、甘い雰囲気にならない。


 だって恋人ってどうしたらいいかわからないし。そもそも友人として過ごした時間が長いのだ、そうそう簡単に「ダーリン♡」「ハニー♡」みたいな関係になれない。


 今日こそは!と思っていたところに、「スプラッタ映画で微笑む彼女」という爆弾が投下されたわけで。え、ちょっと待って。もしかして「告白OKしたけど、なんか違うかもな~コイツはダメだな~~」とか思われてる!?


 それはいけない。よろしくない。倦怠期にしたってあまりに早い。


 ここは何かアクションを起こすべきでは?起こすべきだろうそうだろう、頑張れ僕、日和ってる場合じゃないぞ。


「あ゛~~~……!仁人きみと君もう大丈夫だよ、ありがと」

「そう?軽くなってればいいんだけど」


 ぐりぐりと肩を回して確認する彼女。おお~という声が聞こえるので、きっとよくなったんだろう、良かった。……いや、良くない!だから何かアクションを……アクションを!!!行け僕!なるべくスマートに!


「そういえば美結みゆちゃん、何見てるの?」


 肩に添えるだけ添えていた手を、すっと前へ。そして肩へ頭を乗せる。ちょっと待って、想ってたより近い。なるべくスマートに、とか考えて口元に何とか微笑をたたえてていた脳内が混乱で満たされていく。


(えっちょっこれ大丈夫かな)(待ってさっき何食べたっけ、臭いとか思われてない?)(準備不足だったか)(今じゃなかったか!?)(いやでも今やらないと多分この先もやらないし)(何もしないで彼女に愛想を尽かされるよりまし)(え、近づくのこれで最後?)(変態とか思われたらどうしよう、無理立ち直れない)(でも美結みゆちゃんは今日もかわいいなぁ!)


 脳内これなのに、微笑をたたえて口にチャックしている僕を褒めて欲しい。あと多分シャンプーの、いい匂いします。


「これ?『急行列車』っていう海外の映画。面白いよ」


 そんな僕の脳内を知っているのかいないのか、呑気に教えてくれる彼女。無邪気な感じでかわいいけど、見せてもらった画面には、電車内でゾンビが人を襲う姿が写っている。こっちは全然可愛くない。怖いです。


「ふ、ふーん。そうなんだ」

「そういえば仁人きみと君、ホラー苦手だったっけ」

「……ソンナコトナイヨ」

「無理しないでよ、ふふ、ごめんね」

「なんで笑うのさ」


 あれ、この笑顔さっき見た優しい顔に似てる……?


「だって、仁人きみと高校の時の学園祭でも、怖がってたじゃない」

「あー……美結みゆちゃんのクラスがやってた……」

「そ、お化け屋敷」


 思い出した。そんなこともあったっけ。


 高校時代の華の行事の一つ、学園祭。高校生が高校生クオリティで色々出し物するお祭り騒ぎ。……のはずなのだが、僕たちの代のとあるクラスは本気を出していた。


「お化け屋敷ってのは、怖ければ怖い方が良いんだよぉ!」というのは、当時の部活仲間、吉田の話。気になって理由を聞いたら、リア充を怖がらせることが出来るから、だそうだ。この時点で吉田には彼女がいたので、それだと自分も怖がることになるのでは?と思ったのは、ここだけの話。


 当時も今も、あまりホラーが得意ではない僕。 もちろん近づきたくはなかったが、吉田に引きずられるようにして連れていかれたことがあった。たしか、美結みゆちゃんは当時、吉田の彼女の友達だった気がする。男:女が2:2という状態。


 そして入ったお化け屋敷。見事に怖かった。真っ暗になっている部屋、布で仕切られた迷路。そして後ろから追いかけてくる人の足音……。そこかしこに死体(人形)が転がっているし、時に脅かしてくるお化けも出てくる。女子に見られているという緊張もそっちのけで、吉田の彼女と一緒に吉田にしがみついて何とか潜り抜けた。


 という、ちょっと美結みゆちゃんにみられて恥ずかしかった経験があったわけで。思い出すだけでちょっと頬が熱くなってくる。


「あの後、巡回してた先生に怒られて、お化け屋敷できなくなっちゃったんだよね」

「部屋が暗すぎたんだっけ」

「そそ。ばれないと思ったんだけどな~」


 懐かしいね、なんて言いながら笑いあう。やっぱりあの優しい笑顔だ。


「でも良く覚えてたね。もしかして、さっきもそのこと思い出してたとか?」

「え!?あー……うん、そうかも?しれない……?」


 突然歯切れが悪い。え、何!?


「僕、かっこ悪すぎて思い出に残ってるんだろうなぁ」

「いや、そんなことはないんだけどぉ……」


 今度はもじもじし始めた。


「あ、もしかしてお手洗い?ごめん、寄りかかってたから行きにくかったよね」


 流石にもう邪魔だったかもしれない、とそっと肩に載せてた頭をどけて、彼女の顔を見る。何かもう、リンゴ顔負けの赤さだった。


「どしたの!?」「いや、あの」

「熱!?咳は?くしゃみは?」「体調は元気なんだけど、」

「じゃあ横になる?大丈夫、何もしないから」

「それはそれでちょっと複雑だけど、あの、ちがくて!」


 熱でも体調不良でもないならなんだというのか。声は張り上げてるので、元気……?にしては顔がまっかっかだ。


「こ、この際だから言うんだけど!あ、の時が初恋だったから……」

「ホラーに?」

「違うっ!」


 彼女はちょっと涙を浮かべながら、こちらを指さした。

 ……ん?僕?


「僕?」

「うん」

「初恋??」

「……ぅん」

「あの時???」

「そうだっていってるじゃん!」


 ちょっと意味が分からないですね?


「あの時っ!私全然お化け屋敷とか平気なのに!仁人きみと君、涙目だったのに!こっちの事心配してくれてたでしょ!あの時の事思い出してたの!かっこよかったなって!」


 うあぁぁ……と呻きながら顔を隠す美結みゆちゃん。え、ちょっと待って。そんな事あったっけ。なんにしても当時の僕、ナイス。


 なんかそんな事を聞いちゃうと、もしかしたら僕もホラーの事、好きになれるかもしれない。だって、気づかぬうちに僕らの縁繋いでくれたってことでしょ。感謝。世のホラークリエイター様に感謝。


 僕はダンゴムシみたいになっちゃった、可愛い彼女をつつきながら言う。


美結みゆちゃん、美結みゆちゃん」

「ぁによぅ」

「一緒に見よっか、その作品」

「……いいの?」

「うん。僕もホラーの事、好きになれるかもしれないし」


 ちょっと不貞腐れたような態度をとってはいたが、結局こちらの事を考えてくれるところとか、ちょっと甘えてくれる感じとか、一緒に見よって言われてちょっと嬉しそうに、色々準備してくれる姿とか、かわいいんだよな。


美結みゆちゃん」

「何?」

「大好き」

「…………………………あたしも。」


 そう言って、 彼女は今日も優しく笑ってくれるのだった。





 ちなみに、そのあと見たホラー映画は超怖かったので、やっぱり好きになれそうにない。美結みゆちゃんは、怖がってる僕の事を見て、めちゃめちゃ優しく笑っていた。

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