Angelo di Selse ep.4
それからアレクは、トンプソン伯爵の悪行を調べ始めた。クイン・トンプソンへの情愛を一日たりとも忘れた事はなかったアレクは、自らの家柄や地位を捨ててスコットランドヤードに籍を置いたのだ。
そんなアレクサンダー警部の姿を応援すると決意したのが兄であるステュアート公爵だった。彼は両親の病死以降若くしてステュアート公爵の座を継ぎ、今日まで貴族の立場を利用してアレクの捜査の手伝いをしていたのだ。
打ち明けられた嘘みたいな話。しかし、ステュアート公爵の話が真実ならば、この邸宅への捜査が実現したのも、普段からアレクから滲み出ている気品の良さも、アレクがオペラやカストラートの知識が豊富だった事も合点がいく。
ジョージは今まで自分が散々甘えていたアレクが貴族の人間だったという事実に、無性に恥ずかしくなって穴があったら入りたくなった。アレクに対して放った生意気な発言や態度も撤回したい。そう思ったが、アレクがそれくらいで腹を立てる器の狭い人間でない事はこの連続美少年誘拐事件を共に追っていたジョージが一番よく理解していた。
「スコットランドヤードには僕から既に連絡を入れてあるよ。そろそろ到着する頃だろう。正当な捜査の末、この痛ましい連続美少年誘拐事件の全貌が明るみになり世間は初めてこの事件の恐ろしさを知るだろうね」
「どうして、そんなに大切な話を僕なんかにしたのですか?」
「どうしてだろう。ただ、君にはアレクと同じ残忍な行いをする人間を決して許さないという意志を感じたからかな」
「アレクサンダー警部は、今クイン・トンプソンさんの所にいらっしゃるのですか?」
「ふふっ、新米警部の君がアレクと離れ離れでいる所がスコットランドヤードに露呈しても大丈夫なのかい?」
「え!?!?」
「ほら、スコットランドヤードの人間が到着する前に上司のアレクの傍に行っておいで」
「い、行って参ります!!!」
慌ただしく地下室を後にしたジョージの足音が聴こえなくなった暗闇の一室で、ステュアート公爵は満面の笑みを浮かべた。「最後まで話しを聴かない彼は刑事に向いていないね。まぁでも、これでしばらくの間は、僕が売春婦を殺害しても世間が僕を血眼になって探す事はなくなるかな」
少年の一人の頬を撫でたステュアート公爵は、カストラートになれなかった憐れな天使の額にそっと口付けを落とした。
「貴族社会は何処までも腐敗しているね」
“トンプソン伯爵も、そしてこの僕も…ね”
ステュアート公爵の艶やかな声に乗せられた告白を耳にしたのは、カストラートの手術の後遺症で精神疾患を背負った暗闇に転がる可哀想な美少年達と、ひと際存在感を放つミルク風呂。
それだけだけだった。
二日後、雨の降りしきるイギリスロンドン市内を騒がせたのは連続美少年誘拐事件の犯人であるトンプソン伯爵が逮捕されたというニュースだった。彼の行っていたショッキングな行為にロンドン市民は関心を向け、貴族階級の人間達は貴族の恥だとトンプソン伯爵を罵った。そして新聞社はこの事件を「セルセの天使事件」と謳い一面に載せた。
トンプソン伯爵は容疑を認め、その手柄を上げたアレクサンダー警部と新米警部のジョージ警部は英国王室から表彰される運びとなった。セルセの天使事件の犠牲となった美少年の数は実に五十人。全員がカストラートになる為の処置を施された後だった。
男性としての機能を失い、後遺症に苦しむ少年達の保護をし、全てを自らの養子として育てあげると表明したステュアート公爵の評判はまたもうなぎ上り。群衆は麗しくも慈悲深い貴族であるステュアート公爵を賞賛した。
アレクサンダー・ステュアートとクイン・トンプソンはお互いの情愛が揺るがない事を確かめ合い、今ではステュアート家の所有する大きな邸宅で静かに離れていた時間を埋めている。その事実を知るのは、スコットランドヤードのジョージ警部とステュアート公爵のみである。
人々を震撼させた「セルセの天使事件」はこうして幕を閉じた。アレクサンダー・ステュアートとクイン・トンプソンのシェイクスピアが綴ったかの様な儚くも美しい愛の物語は、また別の機会に語るとしよう。
最後に。切り裂きジャックは今日も未解決事件のままである。
そして、その切り裂きジャックこそステュアート公爵である。
その事実は、墓場まで持って行く事にしよう。
何故なら僕は、セルセの天使事件で彼に救われた一人なのだから…―。
~セルセの天使事件にて、アレクサンダー・ステュアート警部にコートを掛けられた少年Aの手記より~
※一部脚色が加えられております。
ep.4 End
Angelo di Selse End
Angelo di Selse 蒼月イル @el1113
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