雪も溶かす甘い恋心

くれは

雪女はホットな恋がしたい!!

 カラン、コロン……。


 白い着物姿で町中をゆったりと歩く私を、物珍しげに眺める人間たち。

 私も、そんな人間たちを密かに眺めている。


 氷の彫刻のような肌に、腰まである透き通った白い髪をなびかせ、人間とは到底思えない赤い双眸そうぼうを太陽が昇る晴天へ向ける私は、"雪女"――。



 路地裏に入った瞬間。ぱたりと人間たちは居なくなった。


 東京という町では、滅多に雪が降らないらしい。

 数日前。数百年前からの付き合いになる友人から頼まれて、彼女が住む町だけに雪を降らせたの。

 とても喜ばれたわ。


 けれど、一部の人間たちは寒い、寒いとうるさくて……。


 ――氷漬けにしてやろうかと思ったんだけど……。


 そんなときに、彼に出会った。


「……君、コートも着ないで寒くないかい? いや、着物だから……暖かいのかな? だけど、女の子はもっと暖かくしないと」


 そう言って、新品のマフラーを首に巻いてくれたの。

 私が雪だるまだったら、その熱で溶けていたわ。


 まぁ、雪女は溶けないけれど……。


 当然、暑いのは苦手。


 彼はいましがた、彼女にフラレたらしいの。

 このマフラーは、彼女に贈るプレゼントだったらしくて……ちょっと焼けちゃった。


 あやかしと人間の恋なんて、実らないと思ったでしょう?


 その通り。


 でもね、人間のように子孫繁栄出来ないだけで、そこまで大差ないわ。


 ほら、人間だってつがいを作らないまま、生涯を終わらせたりするでしょう?

 それと同じだと思ったら、なんの障害もない。


 あとはそうね……。


 本人たち次第じゃないかしら。


 ――つまり、私と彼。



 だけど、恋は燃え上がらなかった――。


 実は翌日。彼は、彼女と復縁したみたい。

 雪女にマフラーをかける優しい彼だもの。その女はまだ見る目があっただけ……。


 ――氷漬けにしてやろうと思ったけど。


 彼が幸せそうに笑っていたから、やめてあげた……。



 また一人ぼっちになった私は、別の町でも雪を降らせた。


 急な雪に寒がって震える人間と、喜ぶ人間の子供を見て楽しむため……。


 私は、雪女というあやかしだから、冷たくて感情もない存在だと思われている。


 けれど、私は生まれた時から情熱的な恋に憧れていたの。


「……恋って、雪のように降ってこないのね」


 数百年、同じことを口にしている。


 あやかしが、人間のように"恋"なんておかしい。

 何度も仲間のあやかしに言われた台詞セリフ



 それでも、私はホットな恋がしたい。



 あやかしの私にとっては夢のような話を考えていたら、雪を降らせているところを人間の子供に目撃されちゃった……。


 まぁ、相手は子供だから誤魔化しはいくらでも通用する。


 ただ、子供は大きなまなこを更に大きく見開いて、輝かせていた。


「姉ちゃん、カッケー!!」


 見た目からして、大体小学三年生くらいの少年。

 なぜか、私は彼の輝くまなこに魅せられ、気が付いたら、誤魔化すどころか口を滑らせていた。


「そうでしょう。私は、"雪女"だから」

「えっ? 雪女って、おはなしのー? 人を凍らせに来たの?」

「違うわ。雪を降らせに来たの。雪は好き?」


 この少年も童話をたしなんでいるらしい。

 日本に伝わる恐ろしくも悲しい雪女の物語……。

 

「そうなんだー。うん、好きだよ! 全然降らないけど、冬が一番好きなんだ」

「人間は寒いとうるさいのにどうして?」

「おれのうち、ゆうふく? じゃなくて。夏は暑くて、春や秋は平気だけど……冬だと、みんなでくっついて寝てるんだ! それが好き」


 少年の言う、"くっついて寝ること"の嬉しさがまったく分からない。


 私が首を傾げていると、少年も真似をして反対に倒す。


「……寒いと、くっついて寝るの?」

「うん! おれのうちはねー」

「そう……」


 未だに私の容姿をまったく怖がる様子のない人間の子供。

 子供は無知だと聞いていたけれど、本当だった。


「……お前は、私のことが怖くないの?」

「ぜんぜん! キレイな姉ちゃんだなって声かけたんだ! 父ちゃんがー……"ナンパ"? って言ってた!」


 いまの子供は、おませさんらしい。


「でも、姉ちゃんキレイだから彼氏いるよね……」

「残念ながら、恋が始まる前にフラれてね。一人ぼっちよ」

「じゃあ、おれが立候補りっこーほ? するよ! 姉ちゃんキレイだし、それよりも母ちゃんみたいに、あったかい!」


 『あったかい』という言葉を聞いた瞬間、気が付いたら勝手に双眸そうぼうが開かれていた。


 数秒の出来事だったけれど、私は思わず袖で口元を隠しながら笑ってしまう。

 

「……ふふっ。雪女の私が、暖かい? 変わった子供」


 ――無知な人間の子供だから、すぐに飽きるはず。


 私は、"面白い玩具モノ"を見つけたような高揚感に包まれていた。


「それなら、私を惚れさせてみせて……。青年ならまだしも、残念ながら、お前のような子供に興味はないわ」

「くそー! おれは本気だから! 姉ちゃんひまなら、いまからデートだ!」

「デート……"懐かしい響き"。どこへ連れて行ってくれるの?」


 数百年生きてきて、ここまで子供と関わるのは初めてだった。

 勿論、子供に告白されたのも――。


 無邪気な少年は無知だから、私の手を掴んだ瞬間。全身の毛が逆立つように震え上がる。

 

 当然のこと。

 私は、氷よりも冷たい雪女だから。


「姉ちゃん! 冷たすぎだけど大丈夫!? あっ、雪女……だから?」

「そうよ。私に触ると凍ってしまうから、気を付けて」

「うぐぐ……恋人同士は、手をつなぐものなのに」


 本当に、おませさんだった。

 きっと、この子の両親はとても仲が良いのね。


「そうだ! おれの名前、教えてあげる! 太陽っていうんだ」

「へえ……。私とは、対照的な名前。私が雪だるまだったら、溶けていたかも」

「えっ!? 溶けちゃダメだよ!! それで……姉ちゃんの名前は?」


 名前を聞かれて、一瞬だけ空へ視線を投げる。

 冬だから、そこまで気にならない太陽の光。

 この少年は、太陽らしい。


 触ったら柔らかそうなほっぺたに、健康そうな肌色。癖のある髪の毛は栗色で、瞳も少しだけ茶色をしている。

 子供特有にパーツが大きく見えた。


 子供は無知だから、なんでも知りたがると誰かが言っていたのを思い出す。


「名前か……。あやかしの仲間にも、雪女で通っていて忘れたわ」

「雪女かー……。うーん……じゃあ、雪ちゃんで!」

「とても安直ね。まぁ、今日だけ特別に許してあげる。でも、ちゃん付けは、こそばゆいね」


 『ちゃん』とかは、可愛い子の特権だと認識していた。


 

 太陽は、まず初めに秘密基地といって隠れ家を紹介してくれた。

 隠れ家といっても建物はない。ただ、壊れたブロック塀の先にある広い空き地だった。


 何かの花の蕾があったけど、冬の季節だから、草しかない。

 しかも私の降らした雪で染まっている。


「ここ、春になったらすごいキレイな花が咲くんだ! おれと雪ちゃんのヒミツだよ!」

「へえ……分かったよ。春までだいぶ先だしね」

「春になったらまた連れてきてあげるよ!」


 子供の戯言に小さくうなづくと、他にも人間の女たちが好みそうな場所へ連れていかれる。

 

 最後に立ち寄った玩具おもちゃ屋では、一人で真剣に何かを見ていて、子供だなと思って微笑ましく感じていた。


 太陽はよくしゃべる子供だった。

 だから、今日限りの関係でも久しぶりに心が温かくなっていた。


 

 気がつくと夕暮れどきで、私の頭上で我が物顔をしている太陽は、オレンジ色に輝いて空を明るく染めている。

 隣を歩く太陽は、最初と比べたらだいぶ元気を失っていた。


「そろそろ帰る時間ね。送ってあげる」

「ううん……まだ、大丈夫! 雪ちゃんが、おれのおよめさんになってくれるって言うまで!」

「――お嫁さん? 恋人に立候補したんじゃなかったの?」

「えっと、恋人から始まって……およめさん! おれ、本気だから……」


 眠そうなまぶたを擦る姿に思わず目を細める。

 太陽は、フラれた私を元気づけようとしてくれているだけ……。


「もう、私は大丈夫だから。遊び疲れた子供は、寝るのが仕事よ?」

「じゃあ、最後に……本当は、もっとムードが出るところで言おうと思ったのに……」


 どこか不満げな太陽に首をかしげた。


「まだ、何かあるの?」

「雪ちゃん! およめさん前提で、おれと付き合ってください!!」


 いままでよりも大きな声が鼓膜を震わせると、風が吹いて雪を舞いあげる。

 思わず目を丸くしてまばたきをする私は、自然と胸を押さえていることに気がついて、視線を下に向けた。


 なぜか、先ほどまでとは違う。

 じくじくするような、こそばゆさがあった。


 ――とても、こそばゆい!


 ぐっと伸ばされる腕に気がついた。

 太陽が突き出した小さな手に握られていたのは、おもちゃの指輪。


 少し前に立ち寄った玩具おもちゃ屋で、真剣に何かをしていた正体を知った。


「これを、私に……? だけどね、太陽。子供は、結婚できないよ? それに私は――」

「おれが十六歳になったら! けっこん、できるよ! えっと……あと、七年だから! 雪ちゃんが、雪女でもいい! あの秘密基地に、迎えに行くから! お願いします!!」

「――まったく、おかしな子……。分かったわ。お前の、純粋さに心を打たれたみたい……お嫁さんに、してもらおうかな。可愛い私の旦那様・・・


 太陽は、これまでかというくらいに満面の笑みを浮かべていた。

 薬指に嵌まるおもちゃの指輪を夕焼けに照らす。


 太陽を家まで送ったあと、後ろから母親らしい女の人間に「母ちゃん! キレイであったかい、およめさんが出来た!」と喜ぶ声に思わず顔が緩む。


 ――所詮しょせんは子供の戯言だ。


 だけど、なぜか心がホカホカして温かい。

 

「――ふふっ。小さな子供に心を射抜かれるなんてね……。仲間のあやかしたちに笑われちゃう」


 私の心は晴れやかで、自然と声に出して笑っていた。

 

 いままで好きになった、どんな男たちよりも愛しい――私の旦那様――。

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