第3話

「変な動画を見つけたの。」

美乃花みのか健太郎けんたろうに話す。

高校生二人の時間の無駄遣い。


いつのまにか縦長動画がデフォルトになってしまった令和の世。

商業映画をリスペクトしている健太郎けんたろうからしたら、邪道じゃどう邪道じゃどうだ。

指摘の動画は、玄関ドアのクローズアップと思われる画面が永遠と続く。

画面いっぱいに収まりきらず、ドアわくの上の方は画面フレームの外だ。

ドアノブには、常に人の腕が添えられている。

服装から判断すると女性かな。


ドアノブは手前に引くタイプ。

女性の腕は、ドアノブを引いているように見える。

ドアを開ける方向に力が込められているように見える。

その一瞬を切り取った動画、、、?


「そうか、これはコマ撮りだ!」

健太郎けんたろうは気がついた。


写真のように静止画を一枚一枚撮って、

それを連続して再生するように編集して動画とする。


「写真を撮ります、パシャ!だね。」

アニメーションが動いて見える原理だ。






だが、この動画は、動いていない。

いや、正確には、動いている。

撮影したカメラの位置が毎回微妙にずれているので、

ドアわくが上下左右に微妙に振動する。

伸ばした腕のラインも微妙にズレる。


「カメラを固定しないなんて、素人しろうとだな。」


「そうなの?」


「夜空に星が動いている動画見たことあるでしょ。」


「うん、あるある。地平線から星が上って、

天の川がスライドしていくの。心がいやされる動画!」


「あれは、カメラを三脚なんかで固定しているから、

地平線や山々の稜線りょうせんは動かない。

天空だけが綺麗きれいに法則性に従って動いていく。

ブレたりしないから、美しいんだ。」


「そうね。」


「でも、この動画はブレブレ。美しくない。」

「意味がない。

未熟なテクニックによる失敗の結果の動きしかない。

それでいて、見せるべき動きが表現されていない、駄作ださくだね。」


「と、思ったけど、、、。」

健太郎けんたろうは気がついた。

ドアに落ちる腕の影が、法則性に従って動いている。

「朝日を浴びた影?」


明るい画面は晴天の朝日を浴びているようにも見える。

ただ、時折混入している、曇天や雨天や夜のような明るさの画面では、

腕の影は薄かったり、消えていたりもするが。

「影が動いているのは、時間が違うからかな。

太陽の高さが違うからかな。」


「あっ!」

健太郎けんたろうは、一コマごとに腕の主の服装が違うことに気がついた。

最初のうちは、冬の装い。

コートやダウンの腕が伸びている。

それが次第に春めいてくる。

シャツやトレーナー、腕まくりしていることもある。

ついには、半袖。

ノースリーブなのか、服装は映り込まずに腕だけのこともある。


「春から夏になったんだね。」

美乃花みのかも気がついたようだ。






「キャ!子供かな!?」

夏を過ぎたあたりから、画面のすみっこに、

子供らしき姿が混入するコマがある。


「ちっちゃい子だね、ヨチヨチ歩きくらいかな。」

ドアノブの高さと比べて想像すると、

一歳とか二歳とかのまだ赤ちゃんと思われる。


「オムツしてるよね。」


「じゃあ、この腕はおかあさんかな?」


「あっ!止めて、ちょっと戻せるかな。」


「なに何?変なもの写ってた?」


「いや、違う、ちょ、っと、だけ、戻して、、、。」


「あーぁー、これ、ほら、赤ちゃんがこっち見て笑っている!」


「やーーん、かわいぃぃぃ。」






動画は続く、夏から秋へ。

秋から冬へ。また春に、、、、。


「そうか、伸ばした腕の影が、ちょっとずつ傾いていくのは、

太陽の高さが違うからだ。

例えば、毎朝同じ時間に撮影すると、

春分の日から夏至、秋分の日、冬至、と太陽の高さと角度が変わっていくから、

影の動きがこうなるんじゃないかな。」


健太郎けんたろうかしこい!」


「毎朝決まった時間に撮影したら、

こうなるんじゃないかな。」


「でも、時々、明らかに夜みたいなコマもあるよ。」


「、、、そうだね。撮影タイミングに統一感がないね。

やっぱり素人しろうとだな。」


「でも、動画配信するのに、プロも素人しろうともないよ。

素人しろうとが、いつのまにか収益しゅうえき上げていたりするんだから。」


「そうなんだけれど。でも、動画は芸術であって欲しい。

ちゃんと意図と主張と愛がなければ。」


健太郎けんたろうは真面目だね。」


「世の中がおかしくなってきているんだよ。」


「おとうさんの影響だよね、健太郎は。

昭和に生まれたらよかったのに。」


「そんなんじゃないよ、、、あぁ、赤ちゃんがだんだん大きくなってきた。」

そろそろ赤ちゃんとは言えないほど、大きくなった子供の後ろに人影が。


「キャ!!もう一人子供がいる!」


「二人目が生まれたんだぁ!」


健太郎けんたろう美乃花みのかは思わず片手でハイタッチ!

三歳くらいの子供と一歳くらいの子供。





動画は続く。


「キャ!上の子、黄色の帽子だ、水色のスモッグ!

保育園か幼稚園に行ってるんじゃない?」


「う、うぅん、これは人生の一部を切り取った動画なんだ。

なんだか、ちょっといいね。」


「キャ!今、二人ハグしてなかった?かわぃぃぃ!」





ハグの画像を見ながら、健太郎は計算した。


「そうか、ここまで約3分の動画で5年ぐらいが経過したのかな。

1秒あたり30コマだから、60秒で1800コマ、3分は180秒で5,400コマだね。

5年で5,400コマとすると、1年で1,080コマ、365で割ると一日あたり2.95、、、。

毎日3コマ撮影すると、こんな動画になるんだ。」


「お出かけ前に一枚、帰宅して一枚、ついでにもう一枚、ってこと?」


「うーーーん。影が動いているコマからすると、

ほぼ毎朝決まった時間に1コマ撮っているのは、間違いなさそう。」


「、、、でも私、この腕はドアを開けようとしてると思う。

だから、帰宅した時のポーズなのかも。」


「なら、これは朝日ではなく夕日!?西向きの玄関のお家なのか?」






「キャ!下の子も黄色の帽子にスモッグになった。

大きくなったね。」

母親の腕は、相変わらず、毎回ドアノブを引いているように見える。






動画は続く。


「キャ!あれ!」


「あ!!!ちょっと戻すよ!」


「うん、なんか違うシーンがあった。」


「そう!違うアングルがあった、、、!!これだ!!」


カメラはずーーーと後ろに下がって、

ドアわく全体が画面の三分の一ほどに収まっている。

そして、その前には、

ちょっと緊張した顔のランドセルを背負った男の子、

男の子に寄り添うスモッグの女の子、

そして笑顔のおかあさん。


「おかあさんの全身姿、初めて見た。」


「うん、かわいいおかあさんだね。」


「そうね。、、、健太郎けんたろうのタイプ?」


「えぇ、ちょ、っと、違うけど。素敵な笑顔だよね。」


「男の子が小学生になったんだもん。当然の笑顔だよね。」


「あーーなんか、いい動画だよね。」


「うん、なんか、こっちまでうれしい。」

「この一枚、撮影したの、おとうさんかな。」


「あーーきっとそうだ。いいね。」


「いいね。」


うれしそうな美乃花みのかを見て、

なんだか幸せな健太郎けんたろう

動画は、ワンパターンに戻り、続いていく。


「上の男の子が映り込まなくなったね。」


「小学校に通うようになって、

生活パターンが変わったんじゃない?」


「下の女の子とおかあさんは、いつも通りだね。」






「あ!」


「キャ!」


突然、動画が終了した。


「あーーーー、続きが見たい。」


「これ、現在進行形なのかもね。」


「いいね、しておこう。」


「チャンネル登録もね。」

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生きた証 ムーゴット @moogot

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