わたし、式場予約しました!

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

式場を予約してみる!



 あの遠い昔。


 ずっと一緒に居たいと思ったことを。


 今は死ぬほど、後悔している――。



 通勤途中、いつも電車から見える結婚式場がある。


 山が続いて、それが切れた瞬間に、鮮やかな海と空が広がる。


 そこに白亜の神殿のような結婚式場が突如、現れるのだ。


 仕事へ行く途中、一瞬だけ、夢の世界に迷い込んだような気分になり、憂さが晴れる。


 そんな光景だった。


 だから、いつか結婚するのなら、そこにしよう、そう思っていた。


 


 日曜の朝早く、瑠可るかは、一人、その式場に来ていた。


 受付で、笑顔の凍ったお姉さんに見つめられながら、書類に記入したあと、カフェのような場所に通されたのだが。


 どうやら、そこは打ち合わせをする場所らしく、別のお姉さんがメニューを持ってきてくれた。


 なんでも飲み物を頼んでいいらしい。


 ココアを頼んだあと、ガラスの向こうに広がる海を眺めていると、いきなり、側にあるstaff onlyのドアから笑い声が聞こえてきた。


「何処のどいつですか、それっ」


 気のせいだろうか。


 相手も居ないのに、一人で式場を申し込みに来たこの阿呆な女のことを言っている気がするのだが。


 しかし、これ、駄目なスタッフだろ。

 客に丸聞こえだ、と思っていると、その白いドアが開いて、男が現れた。


 ぱっと人目を惹く目鼻立ち。

 体格もいいので、黒系の制服がよく映える。


 げ。


「……佐野先輩」

 

「瑠可?」


 ドアから現れたのは、高校で一級上だった佐野一真かずまだった。


 兄、和歩かずほの友人なのだが、卒業以来、家には来ていないので、なんの仕事をしているのか知らなかった。


 今朝、唐突に思いついた。

 もう結婚するしかないと。


 何故、そんなことを思いついたのか。

 敢えて言うなら、寝不足の目に、朝日が眩し過ぎたからだろうか。


 鬱々とした気持ちが、太陽の効果でか、急に、ぱあーっと晴れて、思ったのだ。


「よしっ。

 結婚しようっ!」

と。


 日曜だったこともあり、その足でまっすぐ、此処まで来てしまったのだが。


 まさか、この人が此処のスタッフだったとは。


 しかも、担当。


「……浜野サマ、担当の佐野でございます」


 嘘くさい挨拶をして、名刺を出してくるので、なんとなく鞄に入れていた名刺を自分も出してきた。


「おっ。

 お前、結構いい会社に就職してんだな」

とそれを見て言う。


「そんなこともないですよ。

 安月給だし」


「……結婚おめでとう」


「ありがとうございます。

 相手は居ませんが」

と言うと、一真は一瞬の間のあと、溜息をついてから言った。


「なにか悩みがあるなら言え」


「此処で話せるような悩み事はありません」


「フラれたのか、不倫か。

 なにかのヤケか」


 どれが正解であっても、今、此処で言うと思うのか。


 ほんっとうに困った人だな、もう~と思いながら聞いていた。


 高校のときから、男前でモテてはいたのだが、いまいち、デリカシーにかけるというか、大雑把というか。


 このルックスでなかったら、恐らく、彼の言動は許されてはいない。


「相手が居ないまま、式場の予約に来る人、他に居ないんですか?」

と仲間を求めて問うてみると、


「いや、まあ、たまにあるけどな」

と一真は言う。


 そのまま、煙草でも吸い出しそうな気安い口調と態度だった。


 あの、一応、客なんですが、と思いながらも、

「えっ、あるんですか?」

と訊く。


「あるぞ。

 どうしても、その日に思い入れがあって、まず、式場を抑えてから、相手を探すとか。


 もうこの日までに結婚すると決めないと、どうにも馬力が出ないとか」


「女性ですか?」


「いや、両方。

 親もある。


 でも、どうした。


 お前と受付のやりとりを見てた副支配人が、若くて美人なのに、なに焦ってるんだろうって言ってたが」

と言ったあとで、


「若くて美人、のところは、副支配人の台詞で、俺の台詞じゃないからな」

と念を押す。


「わかってますよ、もう~っ。


 っていうか、先輩。

 その言動で、お客さんに文句言われませんか?」


「なにを言う。

 俺は他人には慇懃無礼なほど丁寧だ」


 いや、慇懃無礼なのも、無礼じゃないですかね、と思いながら聞いていた。


「評判もいい」

と頷く一真に、自分で言うな、と思っていると、横を通ったその早田副支配人が、


「そうだっけ?」

と呟いていた。


「ええっ。

 違いますかね!? 早田さんっ」

と一真が振り返り叫ぶ。


 上司に褒め言葉を強要するな。


 だが、結構仲いいらしく、怒るでもなく、早田は笑っていた。


 そういえば、こういう人だった。


 陸上部で、最初はキャプテンと揉めていたが、キャプテンが卒業する頃には、後はお前に任せるとまで言われていた。


 言うことは無礼だが、裏がなく、陽気なので、するっと人の内に入っていくというか。


 うちのおにいちゃんとは大違いだ、と思いながら、久しぶりにあった一真を眺める。


 兄の和歩と二人、二大イケメンと言われていたが。


 和歩はちょっと近寄りがたい雰囲気があるので、一真の方がモテていたようだった。


 一真は笑った瑠可を見て、


「やっぱり、誰かにフラれたんだろう」

と言い出す。


「副支配人。

 この人、クビにしてください」

と一真を指差すと、ええっ? と言いながらも、早田は笑っていた。


「だいたい、お前はおかしい」


 おいおい。

 いきなり、この式場スタッフは説教を始めたぞ、と思う。


「誰かへの当てつけに結婚したいとしてもだ。

 何故、まず此処に来る。


 最初にするべきことは、相手を見つけることだ。


 まず、友だちに誰かいい人が居ないか訊いてみる。

 次に、コンパに行く。


 親に頼んで見合いをセッティングしてもらう。

 それから、結婚相談所に行く。


 何故、それらを全部すっ飛ばして、此処に来る」


「勢いです」


「……そういう奴だったな、そういえば」

とまとめられてしまった。


「相手が決まって、別の日がいいと言い出したらどうするんだ」


「変えます。

 その日より前ならいつでもいいです」


「なんで此処より後ろは駄目なんだ」

と瑠可が書き込んだ申込書を見ながら一真は言う。


「こだわりです」


 お前は、勢いとこだわりしかないのかと罵られた。


「も、いーじゃないですか、先輩っ。


 あんまりギリギリになっても、駄目そうだったら、キャンセルしますよ。

 式場に迷惑かからないようにっ」


「なに逆ギレしてんだ、コラ」


 客に、コラはどうだ、と思った。


「じゃあ、わかった。

 俺が結婚してやろう」


「結構です」


 一真は溜息をつき、


「じゃあ、とりあえず、その用紙に記入して、それから」

と自分のポケットから、手帳を出してきた。


「そこに書け」

「なにをです?」


「お前の好みのタイプだ。

 こう見えても顔は広い。


 お前の好きそうな男の、二人や三人、何処かから引っ張ってきてやるさ」

と言い出す。


「此処は、親切な式場ですね」


「お前は、手のかかる客だな」

と一真は呟く。


 まあ、せっかく言ってくれているのだから、と瑠可はそこに書いてみた。


 一真が上から覗き込む。


「見ないでくださいよっ」

と隠してみたが、


「どうせ最終的には見るんじゃないか」

と言われてしまった。


 まあ、それはそうなのだが。


 一応、腕で隠して書き終え、はい、と渡すと、一真はそれを読んで言う。


「背が低くても、イケメンじゃなくても、運動もできなくても、勉強もできなくてもいい。


 ちょっぴりやさしくて、真面目に働いてくれる人。


 ……謙虚だな。

 っていうか、これと正反対の人間なら、お前の周りに居る気がするんだが」


 そう言われて、どきりとする。


「俺」

と一真は言った。


「はいはい」

と他所を向くと、


「後輩も卒業すると、生意気になるなあ」

と言いながら、一真は手帳と今書いた紙を手に立ち上がる。


「よし、もう帰れ」

と強引に玄関に送り出された。


 客に帰れってなんだ、と思っていると、一真は更に偉そうな態度で、


「背が低くてイケメンじゃなくて、運動も勉強もできない奴、探してきてやるから。


 てめー、絶対、そいつと結婚しろよ」

と言う。


 もう、なんなんだ、この人は……と思いながらも、一応、社会人として、


「どうもありがとうございました」

と頭を下げておいた。






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わたし、式場予約しました! 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1

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