第19話 軍議
────────ロワール平野
夜の
闇の底でなだらかに盛り上がる一つの丘だけが、まるで黒い海に浮かぶ島のように輪郭を残していた。
反乱軍の陣営は、その丘を中心に円を描くように敷かれている。
数だけは、揃っている。
だが、それだけだ。
丘の中央に据えられた大きなテント。その内部では今、此度の反乱の中枢を担う者たち──各地方の諸侯、商会の代表、商工・農業組合の長、軍から離反した元将校たちなどが集い、軍議と呼ぶにはあまりにも粗野な言葉の応酬を繰り広げている。
「敵軍にはあのシャルルマーニュが揃っているそうだぞ!?今からでも和平交渉を──」
「ここまで来て何を
──────クソッ…何てまとまりのなさだ。鎮圧軍との衝突がすぐ目前に迫っているというのに…!
エドワードは奥歯を噛み締めた。
反乱軍の指揮官という名目でこの場に立たされてはいるが、彼の言葉がこの男たちにどれほどの重みを持つかなど、本人が一番よく分かっている。
────俺は、英雄ではない⋯。民が勝手に祀り上げただけだ。最初の勝利も、奇跡が重なっただけにすぎない。
次は、違う。
次に来るのは、王国の最大戦力だ。
そんなエドワードの隣で、静かにその様子を見つめている者がいた。
白い衣を纏い、篝火の揺らぎすら寄せ付けぬほど静謐な存在。
"救国の聖女"ジャンヌ・ダルク。
彼女は、そこに「いる」というより、
“現れた”という表現の方がしっくりくる。
やがて、ジャンヌが小さく息を吐いた。
それだけで、空気が変わる。
「……皆様。どうか、お静まりください」
その言葉は不思議なほど抵抗なく耳に染み込み、騒がしかったテントは、まるで聖堂教会のような静寂に包まれた。
─────何度見ても、慣れないな。
エドワードは、無意識のうちに背筋を正していた。
恐怖とは違う。
畏敬──それに近い感情だった。
「エドワード殿。現状についてご説明をお願いいたします」
「は、はいっ……!」
名を呼ばれただけで、エドワードの心臓が跳ねる。
ジャンヌの微笑みは柔らかい。
しかし、その瞳の奥にある彼女の感情は常人では推し量ることなど叶わない。
「
言葉を選びながら、エドワードは続ける。
「敵軍は、同地の常備兵を中核に周辺諸侯の私兵、王都より派遣された精鋭騎士団を加えた混成軍。補給は整い、規律の保たれた行軍でこちらへと向かっています。数は約一万ほどの模様」
「⋯ハッ、それだけか。我らの3分の1しかおらぬではないか。王家もよっぽど兵士を集めるのに苦労していると見える」
どこぞの辺境伯が口髭を指で撫でながら嘲笑を飛ばすが、エドワードは鎮圧軍を率いている英傑たちの名前を挙げ、その慢心と愚かな思考を遠回しに批難する。
「ローラン、オリヴィエ、オジェ・ル・ダノワ…彼らを始め敵軍を率いているのはあのシャルルマーニュ十二勇士なのですよ?2万の差などあってないようなものでしょう。むしろ、彼らの存在だけでこちらは既に劣勢にあるといっても過言ではない」
「…ッ」
エドワードがそう語気を強めて反論すると、先程まで調子の良いことを言ってたその男も返す言葉に詰まる。
しかし、その辺境伯を
実際、この反乱軍の上層部の人間に限らず末端の兵卒まで慢心しているような様子が見受けられる者が多いのは間違いない。
その理由は明白だった。
「シャルルマーニュ?ハッ!何を恐れることがありましょう!我らには大聖女・ジャンヌ様がついているではありませんか!」
「そうだ!こちらにはマドレーヌの奇跡を起こしたジャンヌ様がいるのだ!」
「そうだ、そうだ」と次々とジャンヌを持て囃す声があちこちから挙がる。
悪政と飢饉によって民衆が苦境をさまよっているタイミングでの"救国の聖女"の復活は、多くの民の目には神が自分たちを救うために遣わした奇跡として映った。
それに加えて、農民が大半の軍が兵数が倍以上の王国の正規軍を打ち破ったというもう1つの
一方で熱狂の中心にいる張本人は、相変わらず聖母のような微笑みを浮かべている。
「フフフ、皆様の士気が高くて何よりです。ね?エドワード殿」
「…えっ!?あ、はい」
「それで、敵軍はいつ頃ここに到着しそうなのですか?」
「報告にある行軍速度から考えれば早ければ明日の正午には着くかと」
「なるほど」
ジャンヌはゆっくりと目を閉じ、手を組んだ。
それからまたゆっくりと口を開いてその麗しい声色に乗せて言葉を放つ。
「……では、
誰もが息を止め、ただ、その言葉の先を待つのだった。
神の代弁者である彼女の口から語られる自分たちの
to be continued...
GARDEN すぬーぴー @sunumade
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