第5話 藝術は犯罪です

「……藝術が、犯罪?」


 おれはきょとんとして聞き返す。少し考えると、思わず笑ってしまった。


「はは。そんな馬鹿な。藝術は人間にとって絶対、欠かせないものだよ、衣食住と同じくらいというか、それ以上に大事なものなんだぞ? 

 漫画読んだりアニメを見たり、絵や書や色々あるけれど、全部生活必需品だ。犯罪なんて、あり得ないよ」


「衣食住よりも? ニンゲンの価値観って不思議だね? かなり偏ってる気がするけれど」

 

「偏ってるかなあ。心の癒し、表現の自由を求めるのは自然なことだと思うけど」


 しかし、そういえば前に、哲留に言われたことがある。



――『おまえは書道や藝術のことになるとかなり偏ってる……というか性格変わるからな。変人の類だって自覚しろ』



「……うん、おれは、ごく普通の一般的な人間だよ」

 なんとなく認めたくなくてそう言うと、アトラは頷く。


「わかった。ニンゲンっていうのは、変人なんだね」

 わかってない。

 

 しかし、この女の子。

――こんな所で、こんなに大きな魔法陣まで書いて、一人で何をしていたんだろう?

 キャンプをするにしても、こんな荒野じゃなくてもいいんじゃないか?

 たかが食材を出すために、こんなに大きな魔法陣が必要なんだろうか。


 少し考え、目をあげてみると。


 アトラがくりんとした可愛らしい目で、こちらをじっと眺めている……口に人差し指をくわえて、よだれを若干垂らしながら。


「……ええと」


 あれは……すでに食材を見る目だ。

 命の危機だ。

 隣では焚き木がパチパチ音を立て、フライパンが良い感じに熱しられているのだ。「あ、そろそろかな?」と、アトラは焚き木の様子を見る。


……何とかして意識を逸らすのだ。

 そうだ。


「あ、アトラ、えっと、……おれは双子の弟を探したいんだけど。顔、覚えてたりするかな? 弟はキョウヤっていう名前でね」


 周囲を見回せば、少し離れたところに長い棒が一本落ちている。地面に書くのにちょうどいい。というか、アトラはこれで魔法陣を書いたんだろうな。


「顔はおれと似てるんだけど、髪型はちょっと違ってこんな感じでさ。あ、あと幻弥は左目の下に小さいホクロがあって、背はおれよりも十五センチくらい高くて……」


 棒を拾って地面に似顔絵を描いてみせる。同じ黒目黒髪だけれど、幻弥の髪はゆるくウェーブした癖毛で、おれの髪はまっすぐなことが見た目としては大きな違いだ。


 するとアトラが急に焦り出した。

「な、何してるの! キミ、死にたいの?」


「え? いや、死ぬのはもう少し待ってほしいというか、せめて食べるにしても弟を見つけてからにしてほしいというか……」

 

 もちろん、弟と関わりはしない。

 でも、健康に生きているのかどうか……それだけは気になるじゃないか。それを確認できたら、後はそっとしておこう。

 しかし。


「だったらすぐに消さなくちゃ!」


 さっきまで火を見ていたアトラが慌ててこちらに駆けつけた、その時。


 バサッ! と音がしたかと思えば、黒いカラスが耳元で羽ばたいた。いくつもの黒い羽根が目の前に舞う。その一つを掴む。

 

 振り返ったところに居たそれは。

「……巨大、なカラス?」


 広げた翼は全長四メートルほどだろうか、頭にはなぜか銀色のトサカがあり、翼にも同じ色が混ざって、足はカギ爪だ。そして、背中に誰かを乗せている。


 手にした羽根も黒々として固く、見れば一本の長さが三十センチ近くある。これは……おれの知ってるカラスと、ちょっと……いやだいぶ違うみたいだ。


 呆然としていると、途端にアトラがおれの書いた絵を消そうとした。しかし、アトラの手は何かにバチッ! と弾かれた。見れば絵を描いた場所が丸く……まるで結界のように光の半球で包まれているのだ。

 

 何だろう、これ……まるで。

 まるで、新しいタイプの美術館の保護ガラスみたいだ……。


 書じゃなくて下手な絵なのが残念だけれど、いつか美術館に飾られることを夢見ていた身としては、こんな風に保護されて飾られると思わず嬉しくなってしまう……。


「ちょっとキミ、こんな時になにニヤけてるの!」

「え? あ、ごめん。あのカラスみたいな鳥、何かな?」


 その時、巨大カラスからトン、と降りた、長身のその男は。

「ほう……視察隊の子烏こがらすが知らせるので来てみれば。我々の誇る黒鳥こくちょうを、カラスなどと愚弄するとは」


 殺伐とした雰囲気。黒いオーラが滲み出ているような人だ。その右肩には……ああ、今度はおれの知っているサイズのカラスが乗っている。

 視察隊ってもしかして、あの小さいカラスのことだろうか。


 男は、黒い軍服のような制服に身を包み、警察の帽子のようなものを被っている。

 これは誰、とアトラに聞こうとした。

 しかし。彼女は、青ざめた顔で震えている。それだけでこの男が危険な存在なのだとわかった。


「汚らわしい藝術家風情が……よほど死にたいらしいな」


「え……? あの」

 カラスと言ったのがまずかっただろうか。怒らせたなら謝りたい。

 しかしそんな暇は与えられなかった。



「証拠も押さえた。現行犯だな」


 男が伸ばした手から雷のようなものがこちらに走り。

 そのまま意識を失った。



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『ただの書道家であって、決して魔王じゃないんです』平和に書きたいだけなのに、双子の弟を探す間におかしな事になっているので助けてください 雪乃叶羽 @towa_kaku

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