愉快な今年の進め方
与十川 大 (←改淀川大新←淀川大)
木星の大赤斑からう~んと離れた所のコロニーマンションの駐車場にて
「にょろりにょろりと今朝も私は職場に向かう……。もう、嫌になるなあ。どうも進みが遅いわ……。はあ……」
「あら、ヘビカワさんちのミーちゃん。おはよう……じゃなかった、明けましておめでとう。本年もよろしくお願いします」
「あ、サッキーさん、明けましておめでとうございます。――はあ……」
「ん? どうしたのよ。若い娘さんが朝から溜め息なんか吐いて」
「つい出ちゃうんですよね。見てくださいよ、これ。このコスチューム。くねりにくいし、重いし、何よりダサいし」
「ああ、蛇さんたちは、今年は干支番だもんね。ミーちゃんも蛇の一員として、今年は頑張らなきゃ」
「こんなの着たくないですよ。新年だから新しく『付け鱗』したばかりなのに、これじゃ台無しだし」
「またそんな事言って。オシャレしたい年頃なのは分かるけど、干支番は大事な任務じゃないの」
「えー。めんどいなあ。サッキーさんは兎だから、次は十年後ですもんね。いいなあ。はあ、早く今年が終わらないかなあ」
「今年が始まったばかりなのに、なに言ってるのよ。それに、ヘビカワさんのお宅にはたくさん年賀の御供え物が届いたでしょ。せめてその分は期待に応えなきゃ」
「サッキーさんちにも一昨年の兎年にはたくさん御供え物が届いたんですか?」
「ないない。兎はほら、月で餅をついていると思われているから。みんな月の方に送るみたいなのよ。で、それを長耳のカチューシャ付けた鼠さんたちが兎のふりして全部受け取っちゃうわけ。だから、我が家にも他の兎さんの家にもほとんど届かないのよ」
「ええー。なにそれ、ひどい」
「受け取る鼠さんたちも鼠さんたちだけど、誤配する赤トラコスモの宅急便さんもいい加減よねえ。一昨年はうちの旦那のウッキーが苦情のホログラム電話を入れたんだけど……」
「月の鼠さんにですか?」
「赤トラコスモによ。そしたら、見た目が似てるから分かりませんでしたって。歯が出てるところだけでしょ。ほんっと失礼しちゃうわ! ウッキーももっと言えばいいのに、『そうですか』って頭下げてホログラム電話切っちゃうし。情けない」
「そりゃ、仕方ないですよ。あの運送会社の社員の虎さんたち、いかつくて怖いですもんね。すぐに喉鳴らして」
「去年の年末なんて、向こうの駐機場の出入口の所に百トントラック宇宙船を停めたままにしてて、うちの宇宙船が出せないから、予定の地球参りが延期になっちゃったのよ」
「災難でしたね。たしか、それ、タツノオトシ子さんがお口の拡声器で一晩中叫んでいたやつですよね。『宇宙船を退けなさい!』って」
「そうなのよ。干支番の最後の仕事だからって叫び続けて、喉から血が出て、まだ入院しているみたいなの。気の毒に」
「そうなんだ……」
「赤トラコスモは、ちゃんと宇宙船に張り紙してたって言うんだけど、それね、『お歳暮を配るのでここに停めます。ガオ』って書いてあるだけだったのよ。だいたいガオって何よ、ガオって。ねえ」
「タツノオトシ子さん早く良くなるといいですね。実は、このコスチューム、タツノさんちから借りてるんです」
「あら、今年は中華龍さんからじゃなかったの?」
「前の干支番の時にお借りしたんですけど、何だか火薬臭くて。それに、旧正月の日まで着とけとか、条件が多いからタツノオトシ子さんに相談したんです。そしたら、去年通販サイトの
「ああ、そうか。中華龍さんたち毎年年末に爆竹金網デスマッチとかを銀河紅白歌合戦の裏番組でやってるもんね。それに旧正月までちゃんとやるし。でも、良かったじゃない。タツノオトシ子さんから借りられたなら、それを着て出勤するのも鏡開きの日までで済むでしょ」
「あと三日かあ……。はあ……」
「また溜め息つく。そんなに何度も吐くと、割れた舌先が渇いちゃうわよ。それに、タツノオトシ子さんはミーちゃんのためにそのコスチュームを
「え? 私のためですか?」
「そうよ。タツノさんちは一家そろって小柄じゃないの。まあ、一族みんな小柄だけど。ミーちゃんサイズのタツノオトシゴなんていないでしょ。わざわざそのサイズをオーダーして作ってもらったのよ、きっと」
「……」
「それってさ、蛇のミーちゃんに頑張れってことなのよ。ほら、蛇は金運を呼ぶと言われているじゃない。今の銀河経済も低迷気味だから、みんなが期待しているの。ヘビカワ家にたくさんの御供え物が届いたのも、そういうみんなの気持ちの現れよ。しかもミーちゃんは証券会社に勤めているんでしょ。だったら尚更がんばらなきゃ。ミーちゃんの両肩には銀河中の期待と希望が載っているの。だから、溜め息なんか吐いてちゃ駄目よ。にょろにょろせず、シャキッとしないと」
「肩は無いですけど……。それに、にょろにょろはもともとですし」
「そ、そうね。でも、気持ちよ。気持ちの問題。にょろ三回にシャキッ一回、このペースで行きましょ。三回にょろしたら、一回シャキッっと背筋を伸ばす。ピーンと。そうやって前に進めばいいのよ。少しずつ。ちょっと私が見本を見せるわね。よく見ててね。こうやってトコトコ自分のペースで少し進んだら、気を引き締めて、ピーン! と一歩だけ前に出る。さ、やってみて」
「それ、ピーンじゃなくて、ピョーンですよね。私ジャンプできないし」
「うだうだ言ってないで、さっさとやる!」
「はい! にょろにょろにょろ……背筋を伸ばしてまっすぐに……、ピーン!」
「わあ、上手、上手。そうよ、やればできるじゃないの」
「そ、そうですか。わあ、ホントだ。こんなに前に進んでる」
「どうやら一皮むけたみたいね。期待しているわよ、蛇のミーちゃん!」
「脱皮なら、去年は暖かったので年末前になんとか終えました。次は春ですね。今年は抜け殻が高く売れそうだから、ネットオークションにかけてみよっと」
「う、売るのね……。ま、いいわ。頑張ってね。じゃ、私はもう行くわね。スーパーの初売りセールが今日までなの。急がないと。ぴょん、ぴょん、ぴょん」
「結局、全部ピョンピョンなんだ……。はやっ。もう、あんな所まで行ってる。ま、いっか。私は私のペースで行くことにしよっと。にょろにょろにょろ、ピーン!」
紅白模様のコスチュームに身を包んだ若い蛇は、朝日に照らされた道をまっすぐに進んで行った。
了
愉快な今年の進め方 与十川 大 (←改淀川大新←淀川大) @Hiroshi-Yodokawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます