ぐわんぐわん

雲居晝馬

Q

 彼がゲームをしようと言ったので、私は応じざるを得なかった。おそらく応じる義理などなかったのだろうが、する以外には考えられなかった。彼は暖炉の上に置かれたプレーン缶を開け、まだ新しいトランプを取り出した。私はババ抜きでもするのかと思ったが、彼が提案したのは意外にも神経衰弱だった。

「降り出してきたね」

彼の言葉で私はもう暗くなった外の景色に目を向けた。確かに雪が降っているようだ。家の中から漏れた灯りをうけて粉雪は橙色に染まっている。

再び彼の方に視線を落とすとすでに半分ほどのカードを並べ終えていた。

「手伝おうか?」

「ありがとう」

私がカードに手を伸ばした時、ぴゅぅぅと部屋の中に流れ込んだ風が、並べてあったカードを2、3枚吹き飛ばした。「あっ」と私は短く叫んだが、次の瞬間には誘われるように暖炉の焚き火の中に吸い込まれてしまった。

「戸締りが甘かったね。ほら、あの窓枠。少し隙間があるみたいだ」

私は立ち上がって隙間風を解消する。戻ってきた時には、すべてのカードが柔らかい毛皮の絨毯の上に整列していた。

「僕から引くね」

私が「うん」と言うより先に彼はカードを捲っている。♠︎の3と♦︎の11。11の方は絵が描かれているだけで数字はなかったが、なんとなくそれが11であることは分かった。続いて私も2枚を裏返すが、今度も♠︎の3と♦︎の11だった。

「ちゃんと混ざってないのかな」

その女の子は浴槽のお湯を掬い上げるみたいに絨毯の上のカードを拾い上げると、シャッフルして私たちに一枚ずつ配った。貰ったカードから同じ数字のペアを捨てる。残ったカードが一番多いのは彼女だった。

今度もゲームは彼を始点とする時計回りだった。私はちょうど彼の隣だったので彼の手札を見ないように気をつけたが、意識をしないように心掛ければ心掛けるほど意識してしまった。

結局、一番最初にあがったのは開始時に一番多くのカードを持っていたその女の子だった。そのすぐ後に私の右に座っていた人があがって、私と彼は一騎討ちになった。始めた時は三人のはずだったが、いつの間にか四人になっていた。

一騎討ちは、ジョーカーを彼に引かせれば私の勝ちだ。私は片手に一枚ずつ持って彼の前に差し出す。そういえば何枚かカードが燃えてしまったので数字が合わないのではないかと危惧したが、なぜか問題にはならなかった。

「カードをよく見て。君の表情で判断する」

私はカードを見下ろす。ジョーカーと♦︎の11。ジョーカーの猿みたいなにやけ顔が不気味で苦手だ。

「こっちだな」

彼は迷いなく♦︎の11を引いた。

「残念だったね。でもルールはルールだから」

「ちょっと待ってよ」

私は途端に焦り出す。しかし彼は待ってなどくれなかった。私が負けたことが確定すると、部屋の隅に立っていた男が私を廊下の暗がりの奥へ連れて行った。猿のようなにやけ顔がいるのでなるべくそこには近づきたくなかったのだが、男の力が強くて逃げるのは不可能だ。私は精一杯の力で踠いたがびくともしなかった。



 ハァ、ハァ、ハァ……。

 気づくと私は朝の陽光の中で目覚めた。何か恐ろしいものに追われていた気がするがよく思い出せない。昨晩は車の中で寝てしまったので身体の節々が痛い。四肢を伸ばすために車の外に出てストレッチをする。朝の冷たい空気が気持ちいい。今日はなんだかいい一日になるような気がした。

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