あたいのおっかぁはお化けだったんだって

縦縞ヨリ

飴売りんとこの娘

 あたいのおっかぁはお化けだったんだって。

 嘘かほんとかって、そりゃおっとうに聞いとくれよ、もしかしたらおっかぁに逃げられたからそんなん言ってんのかなって思ったこともあったけど、どっこいなんかほんとっぽいんだこれが。

 ていうのも、そこの道をまっすぐ行ったところにお寺さんがあんだろ?

 そこの住職さんの言うにゃあ、あたいのおっとうが夜に来てさ、

「そこの墓に女が入ってった」

って言うんだって。

 おっとうが店を閉めた後に、飴を買いに来てた女がいたんだと。その女は真っ青な顔で、夜な夜な来ては一文銭を出して「飴をください」って言うんだ。

 んで七日目に、「もうお金が無いけどそれでも飴が欲しい」って言うんだって。

 おっとうはお人好しだもんだから、飴の端の欠片をつつんでやって女に持たせたんだって。そったら、女は地べたに額づくみたいに深く頭ぁ下げてね、お礼に山の井戸の場所を教えてくれたんだと。

 おっとうはふらふらしてる女が気になって、とうとうその日女の後を尾けることにした。

 そったら、お寺の墓の前で消えたもんだから、慌てて住職さん叩き起してね。

 難産で死んだ女の墓だってんで、そんで慌てて掘ったら、女の死体が飴をしゃぶったあたいを抱いてたって訳さ。

 そんな話住職さんから聞いたんだから、まあきっとそうなんさ。

 そう、おまいさんも知ってるあの井戸さ、日照りでそこらじゅうが干上がってもあの井戸だけは綺麗な水が湧いてた。

 女はあたいのおっかぁで、あたいはおっかぁの六文銭で生き延びた。

 あたいはおっかあが生かしてくれた。

 六文銭が無くて三途の川で困ったろうに、乳が出なくなっても、身体が腐って朽ちても、あたいをちゃんと食べさしてくれた。

 おっとうはとっても優しかったから、嫁さんも居ないのに、お化けの子のあたいを大事に育ててくれた。あたいはほんとに幸せな子だった……


 そんな与太話が俺のおっかぁの十八番で、がきの頃は良くねだって聞かしてもらったもんだが、元服するくらいになると流石に嘘だと分かった。

 爺様は大層なお人好しで、飴だって貧乏な子が欲しがったら端の欠片をくれてやっていた。一緒に飴を練ってたおっかぁも一緒だった。

 そんなんだから飴屋は大して儲からなかったし、おっかぁの母親は、もしかしたら家出だか駆け落ちだかをして居なくなったんじゃなかろうか。優しい爺様はおっかぁが母親に捨てられたと思わない様に、あんな与太話を言って聞かせていたんじゃねぇか。井戸だって爺様がたまたま見つけたんじゃねぇか。

 おっかぁもそれがわかっていたけど、捨てられたと思うとあんまり切ねぇから、「おっかぁはお化けだった」なんて話を信じようとしたんじゃねぇか。

 そう思うとなんとも言えない哀れな気持ちにもなるが、おっかぁがそう言うのだから仕方ねぇ。

 何より俺も近所のくそがきにこっそり飴をくれてやるんだから世話無ぇ。要するに、そういうお人好しがやってる飴屋だった。


 五十を過ぎてすっかり小さくなったおっかぁは、最近はあまり飯も食わず、年の瀬から床に伏せってた。

 火鉢の横で冷たい皺枯れた手を握って、飴を溶かした湯を口に含ませてやると、おっかぁは少しほっとした顔をして、蚊の鳴くような小さな声で言った。

「あたいが死んだら、飴女おっかぁの墓の隅に、指一本と、十二文埋めとくれ……」

 あい分かったと言うと、ほんの少し笑う。俺がくそがきの頃から変わらない、優しく穏やかな笑みだった。

「おっかぁが送り出してくれた、たくさん幸せだった……最後はおっかぁのとこに帰りたい」


 俺は六文銭を紐で結んだのを二つ作って、出刃で切ったおっかぁの子指と飴を一掴み、ひとまとめにして紙に包んだ。葬式の前に済ませなきゃならない。

 飴屋の幽霊は井戸の件もあってか、この辺りじゃ結構知られた話だった。嘘かほんとか、飴女の墓もちゃんとあった。

 住職も息子の代になっていたが、事情を話すと念仏を唱えてくれる事になった。葬式にも来てもらうから変な話だが、二つ返事で受けてくれた。

 俺は頬の切れる様な寒空の下、飴屋の幽霊の墓の隅に板切れで穴を掘り、おっかぁを埋めた。震えるくらいに寒いけど、空は青くて澄んでいた。

 念仏を唱えてくれるのを手を合わせてぼうっと聴きながら、一緒に唱える。

 夢みてぇな話をずっと信じていたおっかぁだった。


「お帰り」


 飛び起きるみたいにハッとする。

 念仏は終わりに差し掛かっていた。

 俺は辺りを見回したが、盆でも彼岸でも無し、辺りに人気は無い。


 おっかぁはここで産まれたんだろうか。

 だとしたら、おっかぁの母親は、ここでずっと待っていたんだろうか。

 おっかぁ達は六文銭を握りしめ、飴を二人で食べなが、三途の川を渡るんだろうか。

 極楽へ向かう船に乗り、手を繋いで。

 

 念仏の最中聴こえた小さな声は、確かに若い女の声だった。

 長く離れた子を迎えるような、明るく優しい、おっかぁに似た声だった。


 終

 






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あたいのおっかぁはお化けだったんだって 縦縞ヨリ @sayoritatejima

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