闇に潜む者 epilog
それから数日。
飽きるくらい繰り返されたテレビの報道で、私は事件の全容を知った。
ユカリさんは探偵事務所で話していた通り、古民家を叔母から借り、そこで念願の一人生活を始めた。
順風満帆な生活……しかし、そこで予期せぬ出来事が起こった。
合鍵を持っていた叔父が勝手に上がり込み、あろうことかユカリさんに対し——。
ユカリさんはソレに対し必死に抵抗し、気づけば叔父は亡くなっていた。
ユカリさんはパニックに陥り、そのまま亡骸を二階へと運び込んだ。
浴びた返り血は風呂場で流し、そして、何事も無かったかのように生活を再会した。
自分の手で人を殺めた。その罪の呵責にとらわれた彼女は、全てを心の中に封じ込めることにしたのだ。
自分が住む家で凄惨な事件があったという事実でさえ……。
しかし、本当はそんなことは不可能だと彼女は悟っていた。
その彼女の深層心理が心に働きかけ、謎の男が家に潜んでいるという幽霊話に脳内で変換された。
それで彼女は、『探偵事務所に働きかけて霊能力者を探そう』とかいう突飛な行動をとっていたのだ。
「ということだったんですね……」
私は探偵事務所のソファでくつろぎながらそう結論を述べた。
机上には湯気立つコーヒー、手元にはスナック菓子の袋がある。
「おい」
対面には睨みを利かせる探偵がいた。
「ということだった、じゃねえだろうが。金は払っただろ。なんでまだウチに入り浸ってるんだよ」
「いやあ、よくよく考えれば日当代四万円って所得税かかりますし」
「……は?」
法律では、日当を支払われる時、九千三百円未満なら源泉徴収税は発生せず、面倒くさい税の手続きをしなくて済むのだ。
「源泉徴収がめんどいので、バラバラに払ってもらおうかな、と」
「お前、マジで言ってんの?」
探偵はあきれ顔で私を見ていた。
「いや、ちゃんとしようとしているだけ誠実じゃ無いですか。岡田○司夫も国家転覆罪の次に重罪なのは、未納税だって言ってたような気がしますから。あれ? 偽札だっけ?」
「……はあ、もういい。分かった。分割払いがお望みならそうしてやるから、とりあえず帰れよ」
探偵があきれ顔でコーヒーを啜る中、私は探偵の顔を見つめていた。
「私は確かにまだガキです」
探偵はカップを置くなり、分かりやすい嘲笑を送ってくる。
「ああ、びっくりするくらいにな」
「でも、直ぐに大人になりますよ」
それを聞いた探偵は、神妙な面持ちだった。
「大人でもガキな奴はいっぱいいる。どういうことか分かるか? この世にはな、大人になりきれて無い奴が多すぎるんだ」
「逆もしかりじゃないんですか?」
頭脳は大人、体は子供のスーパーマンだっているかもしれない。
探偵は私の言葉をバカにしたように笑った。
「どうだかな」
彼はソファから立ち上がり、大きな事務机へと向かう。
私もその後を追うように立ち上がり、威圧するように机に手をついた。
「雇ってください」
「いやだ」
「初めてなんです。自分から働きたいと思った職場は」
私は今まで職を好き好んで選んでいたことは無い。話のネタ程度になるかと思って手をだした職が大半だ。
だけど今回、色々なことを体験して……興味本位でない、純粋な感情が生まれた。
「もっと知りたいと思ったんです。色々な問題を抱えた人が訪ねてくる、この職業のこと」
探偵はあからさまに顔をしかめていた。
「それは俺には関係ない話だ。それに言ったハズだぞ、探偵は——」
「シャーロックホームズじゃない、でしょ? でもシャーロックホームズみたいな案件が舞い込んだらどうするつもりなんですか?」
「んなもんねえよ」
「あったじゃないですか、先日!」
「アレはちげえだろ。ていうか、あんな変な依頼が来ても今後断るわ。今までもそうだったしな」
「じゃあ……何でユカリさんの案件は受けたりしたんですか?」
そのことを問えば、探偵はピクリと眉を動かした。
「ユカリさんに言ってましたよね? 〝研修場所の提供〟で依頼料は相殺って」
「あれは、どうせ犯罪者からマトモな料金を徴収できないと踏んだからだよ」
「それだけじゃないでしょ?」
探偵事務所のWEBの応募欄にはこう書かれていた。〝熱意ある探偵の助手希望〟と。
もしかしたら探偵は……今の今まで、試していたのではないだろうか? 他の誰でもない、面接にきた人間達を、だ。
「探偵助手の応募に集まった人たちへの、あまりにも悪い面接態度。それも適性を計る試験の一環だったんでしょ?」
「……それで?」
「ここにいますよ。熱意ある人材が」
私がそう口にすると、探偵は再びコーヒーを啜った。
「親御さんは何て言ってる?」
はい、きました。確変です。
「私の職歴欄見たでしょ?」
スーパーのレジ打ちから始まり、特殊清掃、遺跡発掘作業員、治験に墓参り代行、結婚式参列者……これらを全て許容する親だ。
探偵事務所なんて逆に「あら、お堅そうで健全ね」とか言い出すに違いない。
探偵も私の職歴の数々を思い出したのか、ふっと笑っていた。
「変な依頼がきたら呼んでやる」
その言葉を聞いた私は、思わず笑みを零していた。
「ご採用、ありがとうございます!」
私は携帯番号の書かかれた紙を探偵の机に叩きつけた。探偵は苦笑しながらそれを受け取った。
「まだ見習いだ、ポンコツ助手君」
「失礼な! せめてポンコツと呼んでくださいよ!」
「ポンコツは良いのかよ……」
「〝
「なんだソレ」
探偵は苦笑しながら、しっしっと手を振る。今日はもう帰れという合図だ。
見事次の就職先をゲットした私は、颯爽と学校の鞄を担ぎ、事務所の入り口へと向かっていった。
その時……短いシャツで腹出ししたピアスだらけの派手な女が、入れ替わりで事務所に入っていく。
すれ違った時、すげえ形相で睨まれた。今の依頼人だろうか? とんでもない格好だったな。
そんな事を思いながら私が階段に差しかかった時。
携帯が揺れた。表示されたのは知らない番号。通話ボタンを押して耳に押し当てる。
『……おい、出勤だ』
それは疲れ果てた探偵の声音だった。
ポンコツ探偵の助手校生 暗室経路 @Miller60
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