『異セカイ文化人類学』番外編〜帰る場所

所クーネル

『三鋤の国』について

 帰る場所があるっていうのは、とても素敵なことだと思う。


 それは、変わらないことや定住することを良しとする日本人的感覚かもしれないけれど。


 『三鋤さんすきの国』でも、自分の生まれた場所にずっと住み続けるのが美徳とされるそうだ。


 三鋤の国は、見渡す限り農地なんだそうだ。肥沃な平野が国境から国境まで、海から『不死の山』まで途切れることなく続いている。つまり国土の全てだ。


 伝説によれば、創世の『漆黒竜』から三番目に生まれた三鋤の王は、きょうだい全員分の食料を作る仕事を与えられたという。


「感謝と愛をもって接すれば、大地は絶えることなく恵みを与えてくれる」


 その言い伝えを大切に守っているから、三鋤の人々は常に穏やかで、前向きで、友好的だ。大地を愛することは、他の生き物を愛することにもつながっているらしい。(〝大体の人は〟という言葉を付け足しておこう。俺が乗合馬車で出会った行商夫婦は……、ちょっと印象が違った)


 実をいうと、この『知識の塔』の世話係をしているポーチェさんも、三鋤の出身なのだ。


 小柄でずんぐりとした体型で、黄味がかった白っぽい肌は血色が良くて頬や手足先がよく赤くなる。

 同じくらい赤い髪は縮れていて、男女とも長く伸ばすのが三鋤流らしい。男性は髭も長く伸ばすのだが、女性でもそうする人がいるという。体型も体毛も、男女差があまりないようだ。


 彼らは何かに仕えることを心地よいと感じるという。多くの人にとって、その相手は自分の農地であり、同じ村の仲間なのだという。


 でも時たま、ポーチェさんのように、特定の誰かを世話する人もいる。

 ポーチェさんは『二手の国』の高明な魔術師に仕えていた。主人が『知識の塔』に住むと決めたのでついてきたんだそうだ。


 それで、主人が亡くなってからは、塔に仕えることにしたらしい。塔に暮らす全ての賢者や魔術師に仕えていると言ってもいい。というか、「お世話してあげてる」って感じだけれど……。


 なにしろ『知識の塔』に暮らしている学者だか魔術師だかという人たちは、どこの出身だろうと生活力のない人ばかりなのだ。


 彼らは平気で寝食を忘れて研究に没頭してしまう。もちろんフィス先生も。


 世話係の人たちが食事を運んで寝かしつけて、部屋を掃除して、髪を切ったり服を着替えさせたりまでしている。


 放っておけばいいのにと思うけど、世話したい人と世話して欲しい人との需要と供給が完全に一致しているのだからしかたない。これはこれで、お互いに幸せなのだ。


 そのポーチェさんが、しばらく実家に帰ると言うので俺たちみんなで小さな送別会を開いた。『中央講堂』二階の食堂を飾り付け、豪華なご馳走を作った。


 帰る場所があるって、素敵なことだと思う。


 でもポーチェさんが、スピーチの最後に言ったんだ。


「すぐに帰ってくるよ」と。


 俺たちも「早く戻っておいで」って見送った。


 俺の帰る場所も、ここだと、胸を張って言える。

 明日からもこのセカイで生きていく。

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