3章 化け猫屋
......___カランコロン
古びた扉を開けば扉につけられたベルが鳴り響く。夏彦の後ろについて扉をくぐった理子は「綺麗___......」と感嘆の声をあげた。
『化け猫屋』と描かれた古い看板の扉を開くと、目の前に広がるのは、衣紋かけにかけられた艶やかな桜色や妖艶な菫色などの色とりどりの着物。着物には花や豪華な模様あしらわれ、見ているだけで心躍る。畳の上には箪笥が並べられ、ここが着物屋であることは明白だった。
「ここは、着物屋ですか?」
理子の弾んだような声に夏彦は口元を緩めながら、「あぁ」と小さく頷きながら振り返る。そして理子に「おいで」と声をかけ右手で手招きした。理子は夏彦の真後ろに駆け寄った。
「ここの店主に用があるんだ」
夏彦は理子に微笑みかけ、そしてそのまま店の奥に視線を向ける。そして、小さく息を吸い込み、少し声を張り上げた。
「凛ー!凛はいるか?」
その声に反応してか、店の奥からガタガタという音が聞こえ、誰かの足音が聞こえた。その足音がコツコツと近づき、夏彦の目の前で立ち止まる。そして
「なんだ?また、夏彦か」
どこか落胆したような声が聞こえた。
(この方が九尾様の言われていたお知り合いの方___......)
人なのだろうか。妖なのだろうか。
声を発した主は理子からはちょうど夏彦の背に隠れて見えなかった。けれども、その声色からして女であることは間違いないようだ。
「なんだ?とは失礼だな」
「だって今日も、アンタの着物選びだろ?今日もつまらない男の着物選び」
「つまらないとは酷い言われようだな」
呆れたように夏彦は肩をすくめる。
「だって、夏彦は地味なものばかり選ぶだろう?」
「それはお前が派手な着物ばかりを持ってくるからだ!」
「そうだ。最近、新たに龍柄の着物が入れたんだ。どうだ?着てみないか?」
「丁重にお断りする!」
「夏彦は見てくれだけはいいんだから、もっと派手なものを着ればいいのに」
女のその言葉に夏彦は「相変わらずの言いようだな」と苦笑いを浮かべた。対する女はどこ吹く風だ。
どうやら二人は気安い間柄のようだった。いつもは穏やかな夏彦が凛に押される一方。理子にはそれが新鮮で思わず口元を緩めた。
「で?今日は一体どんな地味な着物を買いに来たんだ?」
本当に心底興味がなさげな凛の物言いに少し呆れたように夏彦は「いや、今日は俺の着物じゃないんだ」と言いながら、首を横に振る。
そして、自らが立っていた場所から左に体をずらし、理子に前に出るように促した。理子は突然前に出るように促されたことを不思議に思いながらも二歩ほど前に出て、夏彦の隣に並ぶ。そして、凛と呼ばれた女に目を向けた。
「今日は折り入って、凛に頼みがあるんだ__......」
夏彦が凛と呼んだ女は、艶やかな白髪の長い髪を後頭部に大きく張り出し髷を作り、横髪が広がるよう整えていた。
いわゆる遊女のような風貌。
その美しい白い髪には豪華絢爛な白百合の花の簪、そして目を引くのは凛の着ている紺碧の着物。その着物には簪と同じく白百合の花が描かれ、凛の空色の美しい瞳と合わさり、神秘的な美しさを纏っている。
凛は、美しい人の姿をしていた。けれども、夏彦やお千代のように、人の姿をした妖なのだろうか。理子がそんなことを考えていると
「あ、あの___......」
凛から鋭い視線が向けられていることに気がつき、目を瞬かせた。凛は黙りこくったまま、何かを考えるように理子を見つめていた。
まるで品定めするようにつま先から頭の上まで見られ、何かしてしまったのかと心配になる。
「あの、九尾様___.......」
理子は夏彦に助けを求めるように視線を向けた。その視線を受け、夏彦は、大丈夫だ、というように理子に一度大きく頷いた。そして
「凛、今日は彼女に似合う着物を選んでやってくれ」
「..........!?」
理子にとっては予想だにしてない一言を放った。理子は傍らに立つ夏彦を見上げる。
「彼女の着物をいくつか見繕ってくれ」
「___.....私の?」
夏彦のその突然の言葉に理子は思わず素っ頓狂な声がでた。そして
「いけません、九尾様」
間髪入れずに理子は首を振り、夏彦を見上げた。
着物は高価だ。
(ただでさえ住み込みで働かせてもらっているのに___.......)
そんな理子の心の内を読み解いたのか、夏彦はわずかに屈み、理子と目線を合わせる。その茜色の瞳を優しげに細めながら、理子に穏やかな声色で問いかける。
「快気祝いだと思って、受け取ってくれないか?」
「でも___.......」
「今着ているのも、屋敷で着ているのも、お千代の若い頃の着物だ。キミの丈に合わせて仕立て直してもらったほうがいい」
「お千代さんからお貸しいただいている着物はどれも私には身に余ります。新しい着物はなおさら、私には__.......」
着物のような高価なものを簡単に受け取れるはずもない。理子は申し訳なさで夏彦の言葉に素直に頷けず、困ったように眉を顰めた。対して夏彦も譲るつもりはないらしく、「お千代からもキミの働きぶりを聞いている。その報酬だと思ってくれればいい」と言葉を重ねる。
「..........」
「..........」
困ったような茜色の瞳と漆黒の瞳が交わり、しばし無言の時が過ぎる。そんな二人の間を
「おなごだ___.......」
と凛の驚いたような声が割って入った。突然の凛の呟きに理子と夏彦は凛に視線を向ける。
「夏彦がおなごを連れてきたぞ!!!!」
そこにはまるで青天の霹靂だとでもいうように、その空色の瞳を大きく見開く凛。そして夏彦と理子を見比べて、一気に捲し立てる。
「あの夏彦がおなごを連れてきたのか!?顔だけはいいから女に言い寄られ続けるのに、何を考えてるのか女どもを袖に振り続けて、年中女っ気もなかった
あまりの物言いに夏彦は「酷いいいようだな___.......」と心外そうに口を尖らせる。
そんな夏彦に構わず、凛は高下駄をコツコツと鳴り響かせ、そのままツカツカと理子の目の前に歩み寄った。凛が高下駄を履いているせいで、理子を見下ろす形だ。凛は品定めするように足元から頭まで理子のことを凝視する。
「あ、あの___.......」
凛の鋭い眼光に理子はそんな言葉しか発せない。ただただ理子は凛を見上げるしかない。対する凛は何故だか「うん、うん」と深く何度も頷く。そして
「アタシ好みじゃないかい!」
満足げに口元を大きく引き上げた。そして、理子の側らに立つ夏彦に問いかけた。
「夏彦、どこでこんな上物拾ってきたんだい!!?」
「拾ったわけじゃない。俺の屋敷で雇っているんだ」
「へぇー?これまではお千代以外雇ってなかったのにか?アンタにを持っていた女どもが、いくら女中にしろとせがんでも首を縦にふらなかったアンタが!?むしろ、群がってくる女どもに辟易していていただろ??どういった心境の変化だい?」
「それは___........」
「しかも、この娘、
まったく、アンタもお人好しだね。どうせ、行き場のないこの娘を放っておけなくて、雇ったっていうところかい?」
夏彦に捲し立てながら、一人納得する凛。凛の言葉に理子は思わず自らの口元を両手で覆う。
そして理子は傍に立つ夏彦を見上げた。確かに考えてみれば、あの広い屋敷に女中はお千代だけだった。それは夏彦が家に女を招き入れるのを嫌ったからだったのだろうか。けれど、行き場のない自分が雇ってほしいの願ったから、凛のいうとおり、無理をして雇ってくれたのかだろうか。本来であれば直ちに屋敷から去るべきだろう。しかし、自分は行く当てがない。
理子は急に心苦しくなり、自らの眉をハの字にした。
「...........」
その視線を受け止めながら、夏彦は覚悟を決めたようにゆっくりと息を吐いた。
「違う、そうじゃないんだ___.......」
屈み込みんで、理子に目線を合わせる。夏彦は茜色の瞳を柔らかく揺らし、意を決したように理子に言葉を紡いだ。
「俺が__.......、俺がキミと一緒にいることを選んだんだ。だから、キミが気にすることじゃない」
夏彦の真剣な眼差しに理子は耳と頬に体中の熱が集まるのを感じた。
「これは、俺の意志だ___........!」
理子の瞳に映る夏彦は耳と頬も同じようくらい紅色に染まっている。
そんな二人を見比べて
「へぇ?」
と関心した声を漏らしたのは凛だった。
「.......___あの夏彦がねぇ」
そしてどこか愉快そうに笑いながら
「アンタ、名前は何というんだい?」
凛は理子に名を尋ね、理子は「り、理子と申します」と答えた。凛は目を細めて妖艶に微笑みかけながら、理子の肩へ手を置き、夏彦へ向き直る。
「で?夏彦、アタシは理子の着物を選べばいいんだな?」
「あぁ」
首を大きく縦に振る夏彦を
「それは___........」
と理子が静止しようと口を開けようとした瞬間、スッと理子の前に人差し指が添えられる。
......_____凛の右指だった。
「いいんだよ。夏彦が買うって言ってるんだ!」
「でも___.......」
渋る理子に凛は一括。
「金なら安心しな!こいつは頼りなさそうに見えるがこう見えても、ぬらりひょん、酒呑童子に名を連ねる妖三大勢力が1つ九尾の妖狐一派の次期頭候補のうちの一人だからな。しかも、自前で
凛のその言葉にどのように反応すれば分からず、夏彦を見上げれば「また、お前は人聞きの悪いことを.......」と凛に苦言を呈しながらも、理子には「まぁ、凛の言う通り心配しなくていい。俺がキミに新しい着物を贈りたいと思ったから連れてきたんだ」と凛の言葉を肯定。
「何着でもいいんだな?」
「あぁ、お前に全て任せる」
そんな夏彦に凛はニヤリと笑う。
「ここは化け猫屋。女を美しく化かすのがアタシ流さ。この娘、アタシに任せたからにはタダでは返さないよ」
凛の空色の瞳が怪しく光った。
生贄少女は九尾の妖狐に愛されて 如月おとめ @kisaragi_otome
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