部屋の片隅で、執筆の悪魔は囁いた
テンタクルズ武田
執筆の悪魔
一月二日の朝、ふと目が覚めて時計を見ると七時四十三分。いつもの癖でスマートフォンを開き、ウェブブラウザを起動し、常に開いたままにしているカクヨムのワークスペースを開く。すると、私の目に通知欄の赤丸が飛び込んできた。二件のコメント、一件のレビューが寄せられていたのだ。
「クスッとしました」「面白かったです」「頑張ってください」
思わず飛び起きる。それらの言葉を繰り返し読み返すたび、私は胸の奥がじんわりと温かくなり、顔が自然とほころぶ。自分の努力が報われた。誰かの心に届いた。そんな幸福感に包まれていた。
しかし、しばらくして、ふと横に何かの気配を感じた。
振り返ると、そこにいるのは、部屋の隅の影に溶けるように立つ、形容しがたい何かだった。それは不気味なほど冷静な声で話しかけてきた。
「お前、気付いていないのか?」
私は意味が分からず、ただ黙ってその言葉を聞くしかなかった。
「これらの感想や言葉……すべて、お前が作り出したものだよ」と、それは続ける。
「これらの言葉は、すべてお前が望んで生み出した都合の良いものにすぎない。お前のためだけに存在する、完璧で理想的な言葉だ」
私は混乱し、思わず否定しようと口を開くが、声が出ない。そんな私を嘲るように、それはさらに畳み掛けてくる。
「見ろ。ここには、お前が欲しいと思っている言葉がすべて揃っているだろう? だが、それは本物ではない。お前は一人でいることに気付かぬまま、こうして夢の中で己を慰めているのだ。なんと滑稽で哀れなことか……」
その言葉を聞いた瞬間、私は足元からじわじわと迫り上がってくるような底知れぬ恐怖に支配された。
「お前は自己完結した存在なんだよ。お前の世界はすべてお前の中で閉じている。何もない。誰もいない。なのに、お前はそれに気付かないふりをしているだけだ」
その声は、ただ冷たかった。それなのに、まるで私自身の心が語りかけているようにも感じた。私はどうして良いか分からなくなり、小さく「そうです……」と呟く。
その瞬間、あたりが真っ暗になり、私はすべてを失った気分になった。
――目が覚めた。夢だった。あれが夢だと気付くまでに、少し時間がかかったほどにリアルな夢だっただ。
時計を見ると六時二十六分。いつもの癖でスマートフォンを開き、ウェブブラウザを起動し、常に開いたままにしているカクヨムのワークスペースを開く。通知欄には赤丸はない。
そして気が付いた。今日は一月二日。なんということだ、これは初夢ではないか。
自作自演、自己完結、孤独。そんな言葉が頭をぐるぐると巡る。
それでも、夢の中でさえ誰かの言葉を欲し、心を満たそうとしたのは、私が「執筆家が蝕まれる毒」に苛まれ始めた証拠なのではと思った。これがなんと、執筆を開始して十一日目の出来事であるのだから驚愕としか言いようがなかった。
いつの日だったか、「執筆活動中の孤独で精神を病む人は少なくない」というポストを見かけたことがある。はっきり言って、私は自他共に認めるの強メンタルであるので、好きなことをして精神を病むことなど、自分には起こり得ないと思っていた。
だが、夢で経験したそれはほんの数分の出来事だったが、執筆家の心を蝕む闇の片鱗を目の当たりにしてしまったのだと思った。執筆活動の深淵を覗き込める深穴のその淵に、自分は両足で立ってしまったのかもしれない。この初夢は、おそらくそんな私への、執筆の悪魔からの警告だったのだ。
そう思うと少しだけ前向きになれる。今それに気が付けたのは、僥倖であったかもしれない。……いや、やっぱり初夢としては、酷すぎるのではないか?
せめて、せめてこれをネタとして昇華しよう――そう思ってX(旧Twitter)に新たに作った告知用アカウントで呟いた。
おはようございます。
初夢は、コメントとかレビューを貰った大喜びした後に横にいる何かに
「気付いているのだろう?これは夢だ。このクスッとしたという感想も、
頑張ってという言葉も、全て己が生み出した都合の良い言葉なのだ。
ああ、素晴らしき言葉の数々。よく読め。ここに欲しいものが全部ある。
何故ならお前は、自己完結した存在だから。お前は本当は一人なのに、
一人であることを自覚しないままでいるのだ。なんと滑稽、面白い面白い」
みたいなことを捲し立てられて、絶望した気分で「そうです…」って
返事して泣く夢だった。初夢がこれかよ😭😭酷すぎるよ😭😭😭
(原文ママ)
しばらくフォロワーのリアクションを待って、音沙汰ないことを疑問に思う。はて、と思い自分のアカウントを開くと、そこにはフォロワー11人の文字。
現在の時刻は朝の七時四十一分。タイムラインの最終更新日時は午前三時。
ベッドを抜け出し、ドリップコーヒーを淹れて、換気扇の下で加熱式煙草のスイッチを入れる。そして思う。
……そういや、そうだった。駆け出しの身であった。
今日も更新予定が控えている。無計画な私は、なんとストックゼロで掲載し始めてしまったのだから大変だ。今日も二本くらいは書いておかねば。そう思って、私は早々にノートパソコンを立ち上げたのだった。
最後になりましたが、ワールド・ワイド・ウェブの片隅でお会い出来、この文章をここまで読んでくださったあなたへ、私から一言。
――執筆の悪魔は、案外すぐ傍にいるかもしれません。メンタル、お大事に!
部屋の片隅で、執筆の悪魔は囁いた テンタクルズ武田 @TentaclesTakeda
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