北に帰るまで

星見守灯也

北に帰るまで

「白鳥ってここに来るの? それとも帰ってくるの?」

「白鳥は向こうで繁殖するから、ここには『来る』ことになるのかな」


 そんな会話をしたのはもう十何年前だろうか。




 白鳥が来たと聞くと、「ああ冬だなあ」と思う。

 この県にはそれなりに大きな湖があり、毎年白鳥が来る。


 わたしの小さい頃には、パンの耳をちぎってあげた記憶もあるが、今は野生動物の餌付けになるとか、鳥インフルエンザの感染拡大になるとかで禁止されている。また、パンも鳥が食べるにはあまりよくないようだ。

 それが正しいとは思いつつ、耳が取れるような寒さの中、パンをちぎって投げていたのは懐かしく思い出される。そうはいっても、周りに集まるカモに取られることが多く、白鳥の口に入ることはなかったが。


 くちばしから目もとにかけて真っ黒なのがコハクチョウ、それよりも体が大きく、くちばしの先だけが黒いのがオオハクチョウだ。カモたちのクワックワックワックワッと鳴く声に混じり、コーォーコーォーと高い声で鳴いている。黒っぽく、一見汚れたように見えるのは幼鳥だ。


 白鳥は相手が死ぬまでつがいを変えないのだという。オシドリよりよっぽどオシドリ夫婦だと、隣で双眼鏡を構えていたおっちゃんが笑っていた。鳥の世界にもいろいろあるらしい。


 ともかく、わたしは寒空の下で、ひたすら波打ち際にいる白鳥を見ている。田んぼに行けば落穂をつつく白鳥もいるのだが、やはりこの黒々とした湖にいる白鳥はいい。絵になる。カモは相変わらずうるさいが。


 三月になれば、彼らも北へ帰るのだろう。それは人間のUターンラッシュのように壮絶なものだと思われる。




 白鳥は北に「帰る」んだろう。そう言った彼はついぞ帰らなかった。

 彼らの旅がよいものであるよう、わたしは白い息を吐き出した。

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北に帰るまで 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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