第二話「寒村」

 宇宙港からの誘導もあり、着陸はトラブルもなく無事に完了した。


『トーマ、リカルド。お二人の上陸許可が出ましたので、外に出ても大丈夫です』

「りょーかい。と言っても、この港、見事に何にもねぇな」

「宇宙港として必要最低限の機能を維持してるだけ、という感じだね」


 ロスロボス宇宙港は、非常に簡素な港だった。

 小型の管制塔に整備ドッグが併設され、発着場は中型船が三隻も停泊すればいっぱいになる程度にこじんまりとしている。

 無人らしく、全ての運営をAIが担っているようだった。当然、宿泊施設やらカフェやら土産物店などは存在しない。


 手入れは行き届いているようだが、どの機材も型が古く、長い間更新されていないことは明らかだ。


「設備もえらい古いな。こんなんでマテリアル・キューブの補充なんて出来るのか?」


 恐る恐るといった感じでタラップを下りながら、トーマがボヤく。

 ナビの言った通り、呼吸に問題はない。だが、全体的に湿度が高く少し息苦しさを感じる。

 その湿度のせいか、宇宙港の周囲は霧のようなもので覆われており、遠くの景色を窺うことは出来なかった。


『古い設備ですが、銀河標準規格は満たしています。使用するマテリアル・キューブも同一規格のはずです』

「だろうね。ただまあ、問題は僕らが分けてもらえる程の貯蔵があるかどうかなんだけど」


 リカルドの言葉に、トーマも頷く。

 マテリアル・キューブは、船体や回路の補修からエネルギーへの変換までが可能な万能資材だ。だが、万能である分、値が張る。

 こんな田舎の、何の産業もなさそうな惑星では、十分な貯蔵がないかもしれなかった。


「そこのところ、宇宙港の管理AIは何か言ってるかい?」


 リカルドが後ろを進むナビの移動端末――キャタピラの付いた円筒形のゴミ箱のような微妙なフォルムに向かって尋ねる。


『管理AIには権限がないそうで、村の代表が交渉する、と』

「ムラ……『村』ねぇ。確か、地球時代にニッポンで使われていた小規模の集落を指す言葉だっけ? トーマ」

「ああ。村の代表だと……『村長』だな」

「ソンチョーねぇ。話が分かる人だといいなぁ」


 ――リカルドが伸びをしながら言った時のことだった。

 ガランとした宇宙港に、「カランッ」という乾いた音が響いた。

 途端、トーマとリカルドの間に緊張が走る。

 その間も音は「カランッ、カランッ」と一定のテンポで鳴り響き、しかもどうやらトーマ達に近付いてきているようだった。


「おい、ナビ。何の音だ?」

『分析中……完了。トーマ、どうやら先方のお出ましのようですよ』


 気持ち外部スピーカーの音量を絞って、ナビが答える。

 ややあって、薄い霧の向こうから大小二つの人影が姿を現し――トーマは静かに息を呑んだ。


 一人は男。五十絡みの中年男で、体格はトーマと同程度の中肉中背。気難しそうな顔立ちに、整えられた口髭をたくわえている。

 もう一人は女。若い、おそらくまだ十代半ば程の少女だった。小柄であり、その体は折れそうな程に華奢。長く艶やかな黒髪に、野暮ったい程に大きな赤いリボンを着けている。

 二人共に、地球時代の日本で使われていた民族衣装――着物に身を包んでいた。銀河時代の今現在には、滅多にお目にかかれない衣服だ。

 だが、トーマが息を呑んだのは、着物に対してではなかった。


(か、かわいい……!)


 口から感嘆の息を漏らしながら、心の中で呟く。

 トーマは一目見て、少女の可憐さに心を奪われていた。

 黒目がちで大きな眼。抜けるように白い肌。薄く色づいた頬。花びらのような唇。そこにいたのは、浮世離れした美少女だった。


「……失礼。この惑星の代表の方、で間違いないでしょうか?」


 呆けたままのトーマをよそに、リカルドが話を切り出す。


「惑星の代表、等という大それた人間ではない。大神村の村長を務める、シンイチという。こちらは娘のホタルだ」


 見た目通りの気難しそうな声で答える村長に促されるように、少女――ホタルが深々と頭を下げる。

 どうやら、衣服だけではなく生活習慣も日本のそれに近いらしい。


「これはご丁寧に。僕はリカルド・ホルタ・ロドリゲス。銀河連邦所属の小型宇宙船『フランシス・ドラケ号』の乗組員です。――ほら、トーマも」

「お、おう! 同じく乗組員のトーマ・アマツだ。俺は操縦士、リカルドは船医ってやつだ。どうぞよろしく」


 二人揃って握手しようと手を差し出す。

 が、村長とホタルは不思議そうな表情で首を傾げるばかりだった。どうやら、握手の習慣はないらしい。

 仕方なく二人は、ばつが悪そうに手を引っ込めた。


「……コホン。その、宇宙港の管理AIから連絡が行っているかもしれませんが、実は僕らの船がトラブルに見舞われまして。修理にマテリアル・キューブが必要なのですが……融通していただくことは可能でしょうか? もちろん、謝礼は出来うる限り支払いますので」

「遭難、ということか。当村も銀河連邦の一員だ、連邦法に従って必要な支援はしよう――ただし、いくつかの条件を呑んでいただく」

「条件……ですか?」

「ああ。この大神村にはいくつか『しきたり』がある。お客人にもそれを守っていただかなければ困るのだ――例えば、機械類はみだりに持ち込まないでいただきたい」


 村長がナビの方をチラリと見やる。

 元々が気難しそうな顔なので、そこに宿る感情はリカルドには窺い知れなかった。


「宇宙船はここに。武装や情報端末、医療機器などもご勘弁願いたい」

「武器はともかく、医療機器もですか? そうなると、我々の着ているマルチプル・スーツも駄目でしょうか?」


 リカルドが自分の体を指さし、暗に不平を伝える。

 マルチプル・スーツは、宇宙航行時に人類が使用する標準的な宇宙服だ。首から下をピタリと覆う全身スーツで、着用者の生命維持機能も備えている。

 ヘルメットも一体となっているが、今は首元にシート状の形で収納されている。


「……そのくらいならよかろう。ようは、『文明の利器』を村人にみだりに見せないでほしい、ということだ。通信なども、我々以外の村人の前では、ご遠慮願いたい」

「文明の利器って……。この村にだって、機械ぐらい置いてるんだろ?」

「……ほぼ無い」

「はっ?」

「だから、ほぼ無いと言っている。この星では、この宇宙港と一部の例外を除いて、電気仕掛けの機械の使用はご法度なのだよ」

「マ、マジ?」


 あまりの事実に、トーマが「信じられない」といった表情を村長に向ける。

 それもそうだろう。都市部郊外での娯楽ならいざ知らず、こんな未開の惑星で電気製品に頼らずに暮らす人類がいるなど、とても信じられなかった。

 ――と。


「お父様。立ち話もなんですから、まずはウチにお招きしては?」


 小鳥のさえずりのように涼やかな声がその場に響いた。それまで押し黙っていたホタルが、不意に口を開いたのだ。


「それもそうか。失礼した、お客人。続きは我が家で、ゆっくりとお話ししよう。――さあ、こちらへ」


 村長が踵を返し、静かに歩き始める。

 すると、例の「カランッ」という音がまた響き出した。

 見れば、村長もホタルも木製のサンダルを履いているようだ。不思議な音の正体は、それと発着場の硬い舗装路とが奏でるものだったらしい。


「……下駄とはまた、驚きだな」

「ゲタ? トーマ、なんだいそれは」

「日本で使われていた、木製のサンダルだよ。それも、精々二十世紀くらいまでな」

「なるほどねぇ。懐古趣味もここまでくると、徹底しているね」


 二人は苦笑いしつつ、既に薄い霧の中へ消えようとしている村長達の後を追おうとする。

 が、そこでナビを連れていけないことにはたと気付き、立ち止まった。


「あ~、ナビ。すまんがお前は留守番だ」

「少々不安だけど、ね」


 ナビは優秀なAIだ。留守を任せること自体に不安はない。

 どちらかと言えば、未開の得体の知れない土地に踏み入るのだから、付いてきてもらいたいくらいだ。


『……乗組員の安全を守るのも我々の役目です。トーマ、リカルド、お先に向かってください。三十秒でします』

「準備……?」


 「一体何を」と問いかけるトーマだったが、既に村長達の下駄の音は遠く、その姿は霧の中へ消えている。仕方なく、二人はナビをその場において、霧の中へと駆け出した。

 

   ***


 宇宙港のある小島から大神村のある大島までの移動方法は、驚くべきことに木製の小舟だった。船尾に年季の入った櫂が括りつけられており、動力はそれしかないらしい。


「お客人、何やらバタバタしているようだが、大丈夫かね?」

「あ、すんません。その、ちょっとうちの船のAIがですね――」


 トーマが言い訳しかけた、その時。彼らの背後に、霧の中から小さな影が姿を現した。

 四足歩行のしなやかな小動物――猫だった。

 白黒のハチワレ猫が、ひょっこりと歩いてきたのだ。


「お客人……生物の無断持ち込みは銀河連邦法で禁止されているのでは?」

「ち、違うぞ村長! 俺もこんな猫は知らない!」


 渋面を作る村長に、慌てて言い訳をするトーマ。

 だが次の瞬間、その場にいた全員が一様に言葉を失った。


『失礼。私です、私』


 ハチワレ猫が流暢な共通語を操って見せたのだ。


   ***


「――ったく。お前ならお前と、先に言ってくれよ、ナビ」

『申し訳ございません』


 ハチワレ猫――に擬態したナビの移動端末がペコリと頭を下げる。

 とても愛らしい仕草だったが、中身がナビなので、トーマには愛嬌の欠片も感じられなかった。


「ナビ殿。村の中で言葉を話すのはやめていただきたいのだが」

『心得ております、村長。この四人以外の前では、見事に猫を演じ切って見せましょう』


 見本を見せるかのように、ナビが「にゃ~お」と可愛い声で鳴いてみせる。

 ホタルは早速ナビが気に入ったのか、その頭を優しく撫でていた。


 『村人に文明の利器をみだりに見せない為に機械の持ち込みを制限するのなら、生き物に擬態すれば問題ないでしょう』というのが、ナビの考えだった。そこで彼は、大神村にも数匹ほど生息する猫に擬態した、という訳だ。

 ちなみに、猫の生息情報は宇宙港の管理AIから得た情報らしい。AI同士、密な連携をしているようだ。

 虚をつかれたのか、それとも許容範囲だったのか、村長も渋々といった感じでナビの入村を了承していた。


 今、彼らは湖上の人となっていた。

 村長がギコギコと櫂を漕ぐと、小舟が滑るように湖面を進んでいく。周囲は相変わらずの霧で様子は窺えない。

 日の光さえも遮られているのか、はたまた透明度が低いのか、水面下の様子も全く見て取れなかった。


「お客人。あまり身を乗り出して水面を眺めていると、落ちますぞ」

「――っと、これは失礼。天然の湖なんて、久しぶりだったもので。どんな生き物が棲んでいるのか、気になりましてね」


 興味深そうに水面を眺めていたリカルドが、村長の言葉に顔を上げる。

 医者であり、生物学もかじるリカルドとしては、未開の惑星の原生生物に興味津々だったのだ。

 だが――。


「この湖は、の縄張りだ。生き物は殆どいないし、万が一水の中に落ちれば、命の保証は出来かねる。気を付けていただきたい」

「オオカミさま……? なんですか、それは」

「……後でお話ししましょう」


 それっきり村長は口を噤んでしまった。

 リカルドは助けを求めるようにホタルの方を見やったが、彼女はたおやかに笑うばかりで何も答えてはくれなかった。

 そのまま、しばらくの間、舟の上を沈黙と櫂のきしむ音だけが支配した。


 それから数分が経った頃だろうか。不意に霧が薄くなり、舟の向かう先に大きな影が見え始めた。

 陸地だ。


「ほら、トーマさん、リカルドさん。村が見えてきましたよ」


 ホタルが行く先を指さす。すると、薄くなっていた霧がさあっと晴れ、村の全貌が一気に姿を現した。

 大神村の在る「大島」は、島全体が一つの山になっているような島だった。

 島全体は深い緑に覆われており、森が聳え立っているような印象だ。

 湖岸の桟橋の前には大きな石の鳥居が立っていて、その先には広い道が切り開かれ、その両端にぽつぽつと粗末な木造の家が軒を連ねている。


 道はそのまま斜面を進み、しばらく登ると今度は蛇行を始め縫うように伸びていっている。

 その先には、おそらく段々畑だろうか、素朴な石積みと木々ではない緑が見て取れた。

 段々畑より上の方にも幾つかの住宅があり、その更に先は山林のみが広がっているようだった。


「はあ~。なんて言うか、古い映画の中でしか観たことねー村だな」

「映画? 映画と言うと、あのフィルムを映写機で投影して観るものですか?」


 トーマの独り言に、すかさずホタルが反応する。物静かな雰囲気があったが、どうやら饒舌な方らしい。


「映写機……? ああ、地球時代のプロジェクターか。機械は禁止なのに、映画はいいのか?」

「全ての機械が禁止という訳ではないんです。私達の暮らしは、地球時代の二十世紀頃をモデルにしているので」

「二十世紀……第二次世界大戦辺りだっけ?」

「ええ。その頃の、極東の島国の山村の暮らしを再現しているのだとか」


 なるほど、とトーマは思う。

 確かに、遠目に見える家々は、その頃を舞台にした古い映画に登場するものとよく似ている。

 「極東の島国」というのは、日本のことだろう。村長とホタルが着物に身を包んでいるのも、それ故かと納得した。


「お客人、舟を桟橋に寄せる。少し揺れるから、気を付けてくれ」

「おっと、いつの間に」


 気付けば、小舟は既に桟橋へと接舷しようとしていた。

 村長は櫂を器用に操ると、小舟を桟橋にピタリと寄せて停止させた。揺れはしたが、本当に少しだった。

 そのまま、村長がひらりと桟橋に飛び移り、係留ロープで小舟を固定する。ホタルも意外な身軽さで桟橋に飛び移ったので、トーマとリカルドもそれに続いた。

 ――そして、改めて村の方を見やった。


 あれだけ濃く漂っていた霧が、不思議なことに村の中には殆ど見受けられない。視界は良好そのものだった。

 空は雲で覆われているが日の光は十分に差し込んでいて、薄暗いこともない。

 湖上から見えた石の鳥居は思ったよりも巨大で、重機を使わずに建てたのなら大したものだった。


 鳥居の向こうには、村を貫く広い道が切り開かれているが、その両側は鬱蒼とした森になっている。

 枝葉の形から推測するに、原生植物ではなく地球から持ち込まれた常緑樹のようだ。

 豊かな緑をたたえ、天高く伸びて――。


「お、おい。……おいおいおい! あれは……あれは、なんだ!?」


 鳥居の近くに聳える一際立派な巨木。その幹を舐めるように視線を上げたトーマの目に、信じられないものが映っていた。

 巨木の先端、鋭く伸びた梢に、何か大きなものが突き刺さっていた。


 だらんと伸びた手足。

 干からびた頭。

 腹を梢に刺し貫かれ、不格好なブリッジをしたソレは、明らかに人間の死体だった。

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2025年1月11日 00:00
2025年1月12日 00:00

SF因習村(仮) 澤田慎梧 @sumigoro

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