SF因習村(仮)

澤田慎梧

第一話「遭難」

 ――大神村おおがみむらは、今や完全な焦土と化していた。

 かつて人々を雨風から守っていた家々は焼け落ち、僅かに残った柱は黒い炭の塊と化している。

 村人たちが行き交っていた道には、人のものなのか獣のものなのかも判然とせぬ、無残に焼け焦げた遺体がそこかしこに散乱している。

 村を見下ろす山の斜面には段々畑が姿を見せていたはずだが、今はその面影しかない。ただただ、炭と化した何かが地面を覆うのみである。

 かつては山肌を覆っていた木々も黒く焦げ、最早この山に緑は戻らぬのではないかと思わせるほどだ。


 人口千人にも満たぬ、小さな村だった。

 しかし、ここには確かに人々の営みがあったのだ。

 ささやかで素朴だが、平和な暮らしが。

 その全てが、炎の中へと消えてしまった。


 大神村に一体何が起こったのか?

 始まりは、二人の男の来訪。

 望まれぬ客人が、村へとやってきたことだった――。


   ***


 時間は少しだけ巻き戻り、銀河歴1225年一月某日。

 人類が、銀河系全体に生息域を広げ千年以上も経ったこの時代。恒星間移動は、旅行気分で気軽に行えるものとなっていた。

 その事故率は、二十一世紀の飛行機事故のそれよりも低い。ライセンスと、まともな宇宙船さえあれば子供でも恒星間を行き来できる、そんな時代がやってきていた。


 ――にもかかわらず、いい大人二人が運航する小型航宙船「フランシス・ドラケ号」は緊急事態の只中にあった。


『エマージェンシー、エマージェンシー。このままでは、当船は五分後に圧壊します』


 ありとあらゆる警報が鳴り響くブリッジに、管理AI『ナビ』から無情の死刑宣告が告げられた。

 順調な航海のはずだった。それが、ワープ航法の為に超空間へと侵入した途端にこれだ。

 たった二人の乗組員が、揃って青ざめたことは言うまでもない。


「おいおいおい! ナビ! な~に冷静に言っちゃってんだよ!」

『トーマ。AIに冷静などという感情はありません』

「そういうこと言ってんじゃないよ!?」


 操縦席に座るトーマと呼ばれた赤毛の青年が、非常事態下であるにも拘らず、中空にツッコミを入れる。


「ナビ。出発前のメンテナンスもチェックも、問題なかったはずだよね? 一体何が原因だい?」


 そんなトーマを尻目に、副操縦席の青年が眼鏡を「クイッ」とさせながら質問する。トーマと違い、こちらに慌てた様子はない。

 ……が、顔面は蒼白である。


『はい、リカルド。出発前のチェックでは問題はありませんでした。考えられる可能性は、先日補充した安物のマテリアル・キューブによる不具合です』

「と言うと?」

『粗悪品を、そうとは分からぬよう偽装した代物であったと思われます』

「だってさ、トーマ。あれを買い付けたのは君だろう? ナビを責めるのはお門違いだ」

「今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろぉ!? どーすんだよ!?」


 眼鏡の青年――リカルドの言葉に逆ギレ気味に答えながら、トーマがスイッチ類を忙しなく操作する。どうにか現状を回復出来ないかと試すが、いずれも不発。警報は一つも消えてくれない。

 トーマは自力で出来ることがないと悟ると、静かに口を開いた。


「……ナビ。この状況をどうにかするには?」

『強制ワープアウトを行い通常空間に戻れば、圧壊は免れます』

「その後は?」

『通常航行に問題はありませんが、ワープは不可能です。正常なマテリアル・キューブを補充しての修理が必要です』

「……今ワープアウトして、補給可能な港はあるのかよ?」

『検索中……該当、一件。圧壊一秒前にワープアウトすれば、補給可能な惑星があります』

「一秒前!? もちっと前にワープアウトしたら?」

『銀河外縁部に放り出されて、補給も出来ずジ・エンドです』


 あくまでも淡々と返すナビの声に、トーマがガシガシと頭をかく。

 隣席のリカルドの方を見やると、苦笑いしながら肩をすくめていた。どうやら覚悟を決めるしかなかった。


「しゃーねぇ! ナビ、タイミングは任せていいんだな?」

『お任せください。お二人はどうぞ、安楽椅子にでも腰かけているつもりで、リラックスしてお待ちください』


 冗談なのかなんなのか判断しかねるナビの軽口に顔をしかめながら、トーマが姿勢を正す。一方、傍らのリカルドは落ち着いた表情のまま、胸の前で十字を切っていた。

 そして――。


『――強制ワープアウトまで、十秒、九、八、七、六、五、四、三……衝撃に備えてください』


 ナビが言ったその瞬間、フランシス・ドラケ号のブリッジは無音の衝撃と真っ白な光に包まれ――やがて全てが闇に落ちた。


   ***


「……ナビ、暗いぞ」

『申し訳ありません、トーマ。強制ワープアウトにより安全装置が働いたようです。システム再起動まで、三分ほどお待ちください』


 あくまでも淡々としたナビの返答に、トーマは深くため息を吐いた。

 ワープ航行中は、ブリッジの窓もシャッターで閉鎖される。システムがダウンし、照明が落ちた状態では文字通りの真っ暗だ。傍らのリカルドの存在も、その僅かな吐息からしか感じられない。

 あまり居心地の良いものではなかった。


『――お待たせしました。照明、回復します』


 ナビの無機質な声と共にブリッジに光が戻る。

 同時に、シャッターが音もなく開いていき、ようやく外の景色が露わになった。


「うお」

「へぇ、これはこれは」


 窓の外に広がった光景に、トーマとリカルドが、それぞれ感嘆の声を上げる。

 そこにあったのは、黒――否、深い緑に覆われた巨大な惑星の姿だった。


「ナビ、あの惑星がそうなのか?」

『肯定です。「惑星ロスロボス」――銀河外縁に存在する数少ない有人惑星です』


 トーマの質問に答えながら、ナビがモニターに周辺情報を映し出す。

 人類が暮らす銀河系は巨大な渦巻き型銀河だ。必然、多くの恒星系は渦の只中に存在する。人類の故郷たる太陽系もその一つだ。

 渦の外側――外縁部にもいくつかの恒星系は存在するが、その数は相対的に少ない。それ故に、人類が生存可能な惑星の数も少なくなる訳だ。

 この惑星「ロスロボス」は、その数少ない星の一つらしい。


「何々? 惑星ロスロボス……白色太陽ブランカ星系の第五惑星。重力および大気組成は地球とほぼ同一。自転周期もほぼ二十四時間。その他は……『シークレット』だぁ? なんじゃこりゃ」


 トーマが思わず目を剥く。通常、人類が暮らす惑星の情報は一般に開示されていることが殆どだ。にも拘らず、惑星ロスロボスの情報は、その多くが非開示となっていた。


「へぇ、情報非開示の惑星か。珍しいねぇ」

「珍しいってことは、他にもこういう星があるのかよ、リカルド」

「うん、そこそこね。一番多いのは、環境保護を目的とした秘匿。他にも、個人所有の惑星やら軍事基地のある惑星やらにもあるね。尤も、多くの場合は、権限を持つ人間が申請すれば閲覧出来るけど」

『リカルド、閲覧を申請しますか? 長ければ二週間ほどかかりますが』

「頼むよナビ。僕のIDを使って構わないから」

『了解です』


 リカルドとナビのやり取りを横目に、トーマは望遠カメラでロスロボスの姿をつぶさに観察し始めた。

 深い緑は、どうやら密林によるものらしい。海らしきものは見当たらない。都市のようなものもない。本当に人間が住んでいるのかどうか、怪しいものだった。


「おいナビちゃんよぉ。この星、本当に人なんて住んでるのか?」

『おそらくは。先ほど、ロスロボス宇宙港に入港申請を行いましたが、無事に受理されております。少なくとも、入管システムは働いているようです』

「宇宙港、ねぇ。さっきから街らしい街も見当たらねぇが、まさか宇宙港も密林の中にあるってオチじゃねぇよな?」

『ご安心を。位置情報を同期済みですので、もうすぐ望遠映像で確認出来ると思われます――モニター、出ます』


 ナビの声と共にモニターの映像が切り替わる。

 するとそこには、密林の中にぽっかりと浮かぶ青い空間が映し出された。海――否、湖のようだ。

 その湖の中に、豆粒のように島らしきものが見受けられた。それも二つ。大小二つの島が湖に浮かんでいる。


『情報、同期完了。小さい島にロスロボス宇宙港が、大きな島にこの惑星唯一の集落があるようです』

「この惑星……唯一? 他には?」

『データを信じるなら、この集落が唯一です』

「はっ、とんだド田舎だな」


 トーマの愚痴をよそに、船は大気圏突入シークエンスに入ろうとしていた。

 ぐんぐんと近付いてくる深緑の大地と、そこにぽっかりと口を開ける青い湖。

 その光景を眺めながら、トーマは「何か得体のしれない生き物の口に飛び込んでるみたいだ」と、益体もない感想を抱いた。


「それでその街……いや、集落の名前は? まさか名無しじゃないよな」

『はい。集落の名は――「大神村おおがみむら」です』

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