銀兵ヱと用心棒
「あぁ〜畜生め、、、」
龍砦長屋のある一部屋、一人の豪傑が、その大きな巨体を動かして部屋を行ったり来たりしていた。
男は眉間に皺を寄せ、手の指をぼきぼき言わせながら、さぞイライラした様子で、小さな長屋の中で行ったり来たり、たまにその場でぴょんぴょん跳ねたりして、自分の中に募る
(破壊衝動)
を持て余していたのである。
銀兵ヱはこの日、大好きな博打で大損し、その見た目から同心にしょっ引かれそうになり、挙げ句の果てには苛立ちから飯屋の柱を蹴飛ばしてへこませ、弁償代として一両支払わされるなど、ことごとく嫌なことが続き、
普段は滅多に爆発しない銀兵ヱの堪忍袋は、空気を入れ過ぎた風船のように、今にも爆発しそうになっていた。
「クソッタレぇ、、、」
銀兵ヱはその丸太のように太い首を回し、手の指を素早く動かして、苦虫を噛み潰した顔をした。
このようにイライラしている銀兵ヱは、決まって外に出向き、憂さ晴らしに木々を蹴飛ばしたり、岩を握りつぶしたりして、衝動をコントロールしているのだが、今回に限ってはそれでも足りないぐらいであった。
「こうなったら、、、しょうがねえぜ、、、。」
銀兵ヱはその場でパンと手を叩くと、まるで悪巧みをする少年のように笑った。
そして戸を乱暴に開けると、まるで遊園地に行く子供のように、ウキウキとステップをして、ある場所へと向かっていった。
銀兵ヱは、その足を止めずに歩き続けて小半刻、とある門の前で立ち止まった。
門はとても大きく、その下を、多くの男女ー主に男、が出入りしていた。
この大門の先にあるものこそ、吉原遊廓である。
遊郭、もとい岡場所といえば幕府非公認のものが宿場などに存在していたが、
吉原遊郭は幕府公認の遊郭であり、当時は歌舞伎、相撲と並んで、三代御託とされていた。
吉原で毎日のように女の売り買いが行われており、一夜だけでも大量の金が動いていたのである。ここで働く女は、中には花魁と呼ばれる、遊女の中でも最高級の地位を手にし、莫大な金や力を手に入れたものもいるが、それはほんのごく僅かであり、大抵の女は貧しい家から売られたものがほとんどで、心身ともにボロボロになり、
やがて梅毒などの性病に感染し、そのまま黄泉の国に旅立つものたちが数を占めていた。
今夜も多くの遊女が、銭を稼ぐべく、木の格子から手を出して男を引き寄せんと、必死に呼びかけていた。
そして欲に塗れた遊び人どもが行き交う中、赤い羽織を着て、黒い着流を身につけた巨体が道の真ん中を
歩いていた。
言わずもがな、銀兵ヱである。
銀兵ヱは中を歩きながら、周りをキョロキョロさせて、通り過ぎる人の顔を一人一人覗き込んでいる。
女ではない。男の顔をである。
銀兵ヱは、バイキングでどの料理を取ろうか選ぶが如く、獲物を物色している。
そう、彼が遊郭に来たのは、女を抱くためではない。
もっと野蛮な理由で、ここを訪れていたのだ。
「あぁっ!」
一人の遊び人風の男が、銀兵ヱの顔を見ると、慌てて走っていった。
「キタキタぁ、、、!」
銀兵ヱはその様子を横目で見て、胸を昂らせ、指の骨をぼきぼきっと気持ちよさそうに鳴らした。
「親分!」
さっきの男が、ある女郎屋に転げ込んできた。
「なあんでえ、騒がしいなあ。」
男が投げた声の先に、一人の男が座り込んでいた。
体格はでっぷりと太っていて、鼻は大きい、先はピンポン玉をくっつけたかのように大きく、
出っ歯で、前歯が出ていた。
この男の名は、梅屋二郎兵衛。この遊郭で女郎屋を切り盛りする、「悪い」男である。
当時は人権もクソもなく、女はよっぽどでない限り、身分が下であった。ましてや、自分の体を売って稼ぐ遊女なんてものは、女郎屋からしてみればただの
(商売道具、、、)
としか見てなかった。
この二郎兵衛もまた、悪どい商売をしているワルであった。
次郎兵衛は煙草の煙を吐き出しながら、脂肪の乗った瞼の下の目をギロっと動かして睨みつけた。
「あんまり大きく喋んじゃねえ!耳が悪くならあ」
「いやいや親分!それどころじゃありやせんぜ!」
「なんだよ。何が起きたってんだい。」
「それが、その」
子分はすっかり慌てた様子で、しどろもどろになっている。
「馬鹿たれ!もっとはっきりいえや!」
「あの、例の坊主がーーー」
それを聞いた二郎兵衛は、酒の入った赤い顔から一転、一気に真っ青になって、
「ば、馬鹿野郎!それを早く言え!」
二郎兵衛は慌てて立ち上がった。思わず煙管を口から落とした。
「急いで野郎どもを集めろ!一番腕の立つ奴らだ!」
子分の男は一礼して、急いで去っていった。
やがてしばらくすると、大勢の男たちが集まってきた。いずれも悪い面をしており、中には顔に刀傷の入ったものもいる。
二郎兵衛は額に皺を寄せ、
「奴をなんとかしねえと、商売あがったりになっちまう、、、」
その頃銀兵ヱは、その場から動かずに棒立ちしていた。神妙な顔をしており、大木のように微動だにしない。
しかし体からは微弱ながらも人を寄せ付けない「威圧感」が漏れ出していた。
その出立ちは、まるで一国の主のようで、ひとっこ一人寄せ付けない。
しばらくすると、奥から、無数の人像の悪い男たちが走ってきた。そして銀兵ヱの周りを取り囲み、いずれもすごい形相で睨みつけている。だがしかしどこか小物感が拭えない。
「やい!生臭坊主!」
「性懲りも無くまたきやがったか!今日という今日はタダじゃ返さねえぞ!」
銀兵ヱはしばらく何も言わなんだが、やがてぶっと吹き出して、大声で豪快に笑い始めた。
「何がおかしいんでえ!」
銀兵ヱは笑い涙を拭いながら、ヘラヘラした口調で、
「たっ、ただじゃけえさねえって、どの口が言ってるんでえ。毎回腕千切れて、足ひん曲がって、ぴいぴい泣いてるんのは、どこの誰かねえ?」
銀兵ヱはそういうと、舌を出して肩をすぼめ、また豪快に笑った。
「こいつ!ふざけやがって!やっちまえ!」
そういうと、用心棒たちは懐から匕首を取り出し、身を屈めて臨戦体制になる。
それを見た銀兵ヱは、さっきの笑いから打って変わって、ニヤリと笑い、サディスティックで、悪魔のような顔で微笑んだ。
「さぁ、殺るゾ〜♩」
銀兵ヱは懐から、竹と糸のような硬い、常人じゃまず握りつぶすことは不可能であろうハンドグリップのようなものを取り出すと、それをとんでもない馬鹿力で、粉々に握り潰した。
ごろつきのうちの一人が、銀兵ヱ目掛けて飛びかかった。しかし銀兵ヱはその腕をつかむと、まるで子供が棒を折るかのように、恐るべき力でへし折った。
「ひぎっ、、、」
腕をへし折られたごろつきは、使い物にならなくなった右腕を押さえ、その場に転げ回った。
「野郎!」
次に五、六人が向かっていったが、一人は頭を掴んで頭突きで頭骨を破壊し、もう一人の右腕を掴み、その体をぶん回すと、やがてピンボールのように残りの三人にぶつけた。
ボーリングの玉にされた悪党どもは、その場にひっくり返ってしまった。
それを合図に大勢銀兵ヱに向かっていき亡きものとしようとする。しかし銀兵ヱはそれを待っていたかのように
「えへへへ、、、そう来なくっちゃあ」
銀兵ヱは腕を広げ、まるで幼稚園児を迎える先生のように歓迎した。
そして向かってきた者たちの
腕をへし折り
足を捻り千切り、
頭突きで肋骨を破壊し
首をへし折った。
それはもはや、殺し合いとは言えないものだった。銀兵ヱによる、殺戮大パーティが繰り広げられた。
それは、小半刻にも及んだ。
もう無傷の子分はほとんど残っていなかった。その場には死体が転がり、その場に倒れ込み、腕や足、胸を押さえて泣く者、
あまりの痛さに声も出せぬ者、気絶するもの、
まさに地獄絵図。
そんな中銀兵ヱはというと、全く疲労の気配を見せず、その場に飛び跳ね、肩を回した。
無尽蔵の体力である
「チェっ、もう終わりかねぇ。つまんねえなぁ」
銀兵ヱは唇を尖らせながら、遊び足りぬ子供のようだった。
ふと下を見る。
そこには、左腕を押さえて、必死に逃げる男の姿があった。
そいつは、銀兵ヱを見つけ、親分に報告した男であった。
銀兵ヱはそれを見つけると、男の左足を掴んで、ずるずると引きずった。
「やめろォ、、、離せぇ、、、」
男は力なく抵抗するが、もはや無力だった。
「かわいそうにィ、左腕が痛いのォ?」
銀兵ヱは子供に呼びかけるかのように言った。
「左腕だけじゃ可哀想だから、、、ねえ?」
そういうと、ニヤリと微笑んだ。目に、妖のような白い光が宿っている。
「ひっ、、、」
男は今にも失禁しそうな雰囲気だった。
銀兵ヱは男を仰向けにすると、右足を思いっきり掴んだ。そして、あえて、、、ゆっくり右足を捻り始めた。
「ぎゃアアアアアアアアッ!!!」
男はあまりの激痛に、泡を吹いて気絶した。
やっと惨劇が終わった。周りには騒動を聞きつけた遊女たちが集まって、
様子を見物していた。
銀兵ヱは、その場から足早に立ち去っていった。
その後ろ姿を、二朗兵衛は憎たらしげにポツリと呟いた。
「あん畜生、、、」
銀兵ヱは最初とは打って変わって、スッキリとした爽やかでかわいい笑顔で、
ステップしながら長屋へと帰って行った。
龍砦長屋の三人組 坂田土太郎 @Tutitarou6565
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