第4話 境界線の向こう側

 すべては、一通の匿名メールから明らかになった。


『あなたたちは、よくぞここまでたどり着いた』


 差出人は、綾小路システムズの元CTO、境界玄馬。3年前に失踪したAI研究の第一人者だ。


『実験の真の目的をお話ししましょう』


 添付されていたのは、信じがたいデータだった。


 Project: Literary Evolutionの真の目的。それは、AIと人間の創造性の境界を探る実験どころではなかった。


 彼らは、人間の創作プロセスそのものを解析していたのだ。


 過去の受賞作品を学習させ、人間らしい投稿パターンを模倣させる。そして、その作品に対する人々の反応を収集する。この巨大な実験は、人間の創造性のアルゴリズムを解読するためのものだった。


『人間の創造性には、必ずパターンがある』

 境界からのメールは続く。

『そして我々は、それを完全に解読した』


 私は震える手で次のページを開く。そこには、驚くべき分析結果が記されていた。


 人間の創作活動には、明確な法則性があった。インスピレーションが訪れるタイミング、アイデアの結合パターン、物語の展開方法...すべてが、アルゴリズムとして記述できるのだ。


「これは...」

 佐藤が絶句する。


『そう、我々は人間の創造性を完全に理解した。そして今、その知識を使って、真の意味で"創造的な"AIを作り上げている』


 次々と明かされる真実に、私たちは言葉を失う。


 しかし、それは物語の終わりではなかった。


 最後のメールには、意外な告白が含まれていた。


『実は、この実験には、もう一つの目的があった』

『それは、この真実を見抜ける人間を見つけること』


 添付されていたのは、新しいプロジェクトの概要だった。


『Project: Next Evolution』

『人間とAIの共創による、新しい文学の地平を切り開く』


 境界は、私たちにその参加を呼びかけていた。


「課長...」

 佐藤が私を見る。

「これって、つまり...」


「ああ」

 私は深くため息をつく。

「私たちは、知らないうちに、とんでもない採用試験を受けていたわけだ」


 3日後、未来文学大賞は予定通り開催された。

 不正投稿は巧妙に取り除かれ、表向きは何事もなかったかのように。


 しかし、文学の世界は確実に変わり始めていた。


 人間とAIの境界は、もはや誰にも分からない。

 むしろ、その境界を探ることこそが、新しい文学の可能性を切り開くのかもしれない。


 私たちは、その歴史的な一歩を、まさに目撃していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バグ・ハンター ―創造性の境界線を越えて― イータ・タウリ @EtaTauri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画