第3話 お仕事場所
希望を出してからはメールが来るようになった。
事務局といういかにも怪しい雰囲気だったが、内容は常に丁寧だった。
戸締りというだけあって、夜に行われるらしい。
土曜日の夜1時、その際に発生する交通費は支給されるとの事。
もちろんそんな時間帯に電車は走っていないので、タクシーの利用が想定されている。
手順としては、土曜日は現地に行く1時間半前に、近隣の公園で担当者と打ち合わせをする。
そしてそこで改めて同意の確認を行い、同意が得られれば、鍵やマニュアルの受け渡しをされる。
マニュアルは読み飛ばし防止のために一緒に読み込みをする。
その後管理人として潜入するため、それなりの格好に着替えをする。
そして、時間までは自由で、時間になったらそのアパートに向かい所定の仕事を行い終了となっていた。
もう作り込まれているというレベルではない。
決められた日は朝から不安と緊張で何も手につかなかった。
夜になり、21時頃には近くに着いていた。まだ電車が走っていたので電車に乗った。
いつもとなるべく同じように過ごしたかったのかもしれない。これから訪れる非日常を前にして。
指定された公園にたどり着く。下見も兼ねて中に入る。
それらしい人は見当たらない。
辺りは住宅街でこんな時間でもサラリーマン風の社会人が帰路を急いでいた。
公園のベンチに腰を掛け、時間を確認する。まだ23時半、指定の時間にはまだ遠い。
少し住宅街の中を散策した。
近くには小さなスーパーがあった。中で飲み物を買って一気に飲み干した。
もう少し離れて駅の方に向かうとまだ電気が明るく活気がある商店街がある。
土曜日というだけあり、酔って陽気に絡んでいる人もいた。
飲み屋はどこも賑わっていて楽しそうだった。なんでこんなことに応募してしまったんだろうという気持ちが頭を過ぎる。
そのまま駅を超えるとまた住宅街が広がっていた。
時間が迫ってきて公園に少し急いで戻っていく。
途中の街灯がなにかを暗示するようについたり消えたりを繰り返している。
公園に戻ってくるとベンチで長い足を組んで遠くを見つめるスーツ姿の男性がいた。横にはカバンと紙袋が置かれている。
うっかり見つめているとこちらに気がついた様子で立ち上がる。
時計を見ると23時半を回るところでちょうど約束の時間だった。
「こんにちは。ご応募頂いた飯田健さんですね。」
名前を呼ばれドキドキする。急に緊張で張り裂けそうになった。
スーツ姿の男はそれに構わず緩慢な動作で立ち上がり、荷物を持つと近づいてきた。
「初めまして、私こう言うものです。」と名刺を差し出してきた。そこには事務局局長、服部雅と書かれていた。
「読み合わせをしますので、こちらの席に。」ベンチを勧められゆっくりと席に着く。
「緊張されているでしょうからどうぞ。」紙袋からまるで手品のようにココアを取り出した。まだそれは少し温かかった。
「それでは時間もないので始めましょうか。本日はご応募ありがとうございます。お仕事をして頂くマンションはすぐそばの角を曲がって頂いたところにあります。見た目はごく普通のマンションです。全部で7階までありますが、鍵の確認をして頂くのは4階までです。必ず上から降りてきてください。エレベーターでも階段でもどちらを使用していただいても構いません。階段が急ですのでおすすめはエレベーターですけれど。」
説明する口調は滑らかで声音は聞き取りやすく、時折自分の感想が混ぜられている。
「ここからはマニュアルですのでこちらの冊子を一緒にご確認ください。」
例の紙袋からマニュアルが取り出される。
・お仕事内容は鍵の戸締りです。
・1階~4階までの戸締りをお願いします。必ず上の階から順に行ってください。
・住人に遭遇した場合は目を合わせずにこんにちはと挨拶をしてください。目を合わせてしまった場合の命の保証は出来かねます。
・稀にそのまま何をしているのですか?と質問を続けてくる人がいます。マンション内の点検をしています。と答えると納得してくれます。そのまま着いてきてもしばらくするといなくなるのでそのまま仕事を続けてください。目は合わせないでください。
・戸締りをしていると鍵が開いていることがあります。絶対に中は覗かないでください。覗いた場合の命の保証は出来かねます。
・開いている扉はすぐに持っているスペアキーで必ずしっかりと閉めてください。開けたままマンションを出てしまうと命の保証は出来かねます。
・全ての戸締りを確認後、マンションを出てから事務局に終わりましたとメールを送りお仕事は終了です。終了後に違和感やなにかあった場合は1ヶ月以内に事務局にご連絡ください。1ヶ月が過ぎてからの連絡に関しては保証できかねます。
一緒に確認が終わり、お仕事を遂行する意思確認が再度行われた。サインを書くと管理人の服装を渡される。
「外で待ってますでの、そちらの御手洗で着替えをお願いします。帰りもそちらの御手洗で着替えられるといいと思います。その服では目立ちますからね。」
管理人服を手に個室に向かう。公衆トイレの割にはとても綺麗に掃除されていた。
ひんやりとしたタイルが緊張感を高まらせた。
着替えて外に出ると服部が言った通り同じ場所に待っていた。
「では私はこれで。その服はお仕事終了後にここのゴミ箱にでも捨てていって下さい。持ち帰ってもいいですが、大したものではないので。」
どうやら服部とはここでお別れのようだった。もう既に12時半を過ぎていた。
あと少しで開始時間だ、そろそろ向かわなくては行けない。
「それでは健闘を祈ります。」
お仕事紹介 紫栞 @shiori_book
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お仕事紹介の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます