アナタ誰?
「こんにちはぁ!連絡もらったタケシですけどぉ」
大きな声が響き渡る。
おばちゃんは驚いた顔をして俺を見た。でもすぐ土間の方へ向かい俺が倒れている居間との曇りガラスの格子の引き違いガラス戸を締めながら居間へと降りていった。
「あらぁ!アナタがタケシくぅん?」
「はい!タケシです。この度は連絡いただきまして」
「あらあらぁ、遠くから大変だったわねぇ。お茶用意するから!アナタはまずは手を洗って!こっちよ!」
「はい」
ジャバジャパジャバジャ
手の洗う音がした。
ガシャガシャッガシャッ!
「ううっ!!な、なんで……!」
先ほどタケシと名乗った男の震えるような声がした。
「ふぅぅぅ」
おばちゃんがスッキリしたように大きく息を吸う音がする。
カラカラカラカラ
引き違いガラス戸を開けておばちゃんがひょこっと居間へと戻ってきた。
「うぅぅぅうぅぅぅ」
おばちゃんは血まみれだった。きっとタケシと名乗った男は殺されたんだろう。そして俺も殺されるんだろう。きっとお茶か饅頭に毒が仕込まれていたんだろう。
おばちゃんは横たわる俺の髪の毛を掴み持ち上げた。
「アナタ誰?ただのネズミかしら…タケシ君のためのお饅頭アンタが食べちゃったから…タケシ君刺すしかなくなったじゃないのよう…まぁネズミ退治にもなったからいっか!」
俺はなんとか振り払おうとするも力が入らない…
おばちゃんはおざなりに髪の毛を離した。ゴンっていう音と共に俺の頭が床に着く。座り込むと俺を見下ろしながらお茶を飲んだ。
「ふぅぅぅ。本当にねぇ、ろくでもない親父だったのよ。死んだって何も残りゃしない…そしたらこの家があったのよ。ビックリしちゃった。
今は法律が変わって絶対に登記して固定資産税も払わなきゃいけないって言うじゃない?山の中の家なんて負の遺産でしかないから相続放棄しようかしらって思ったのよねぇ」
段々俺は痺れてきて意識も朦朧としてきた。
「しかも相続放棄は3か月以内っていうからさ急いで見に来てみたの!そしたら漬物壺の中に…見つけちゃったのよ…小判!しかも結構な量!きっとまだどこかにありそうなのよ…そしたらアンタが掃除して綺麗になってるから見つけたかと思ってヒヤッとしたわぁ」
おばちゃんはさっきとは打って変わって物凄い悪い笑顔を見せていた。
「でもねぇ、この家にはまだ相続人がいてその人と話し合わなきゃいけないって言うじゃない?それにももちろん期限があるのよ。必死に探したわぁ…お知らせして相続放棄してくれていたら…ねぇ…こんな事にならなかったのにねぇ…」
よいしょっとおばちゃんは立ち上がった。そしてキッチンの方へと消えて行った。
ズゥゥゥゥゥッ……ズゥゥゥゥゥッ……
タケシと名乗った男をどこかに運んでいるんだ!逃げたい!って思うのに身体がまったくいう事を効かない!
ガラガラガラガラ…
ズウゥゥゥゥ…ズゥゥゥゥゥッ…ズゥゥゥゥゥッ!
バタンッ!
ハタンッ!
ジャッ!ジャッ!ジャッ!ジャッ!
砂利道を歩いて戻ってくる音が近づく。
俺は苦しいながらも這いつくばって逃げようとしていた。
おばちゃんが土間から上がってきた。
「あらぁ、まだ息があるのぉ?この毒あまり効かないわねぇ…まぁ意識があった方が身体は軽いっていうし、いっか」
おばちゃんは明るく言った。その明るさがまた恐怖心を煽る。
「うぅぅぅうぅぅぅ」
「う~ん、苦しいねぇ、もうすぐ楽になるからねぇ、じゃ行くよぉ」
そういうとおばちゃんは俺の脇の下に手を入れ胸の前で両手を組む。
「よいしょっとぉ!」
俺の意思なんてもう無いようなもんでズルズルズルっといとも簡単に運ばれてしまう。居間から土間は結構高低差がありドスッと下半身を落とされているのだがもう痺れて痛みも感じない。
ガラス戸も玄関ももう開けっ放しだ。ズルズルと俺はタケシが乗って来たと思われる車へと運ばれる。そして助手席に座らされ丁寧にシートベルトまでされた。
首はもう動かないので目だけでおばちゃんを見ると、朧気ではあるがもうその頃にはおばちゃんの顔は目が吊り上がり口も歪んで片方だけ変に上がっていて最初の人の好い顔ってなんだっけっていう人相に変わり果てていた。
「タケシ君がバックで入ってきてくれていて良かったわぁ。出す時の事を考えてくれるなんて気の利くいい子だわぁ。ありがとね!タケシ君」
もうこと切れているであろうタケシという男におばちゃんはにこやかに言った。
「じゃネズミ君、君はタケシ君と一緒に来て事故にあったという事で!どこのだれかも知らんけど、まぁ不法侵入して住み着いていたんだからお天道様に顔向けれるような事はしとらんでしょぉ?
恨むなら法律を変えた国を恨んでねぇ。あれさえ無かったらそのままにして小判だけゆっくり探したんになぁ。あの世でタケシ君によろしくねぇ…」
優しく宥めるように話すおばちゃん
「あぁ、大丈夫よぉ。水分吸ってブヨブヨになってお魚ちゃんが食べて死因がわからなくなったかなぁって頃合いで警察に連絡するから。行方不明だとまた面倒だでね」
お茶目におばちゃんが言うとサイドブレーキを解除した。
「うぅぅぅぅうぅぅぅ」
俺はなんとか声を出すが無駄な抵抗だった。
車はスルスルスル~と家の坂道を降りていく。そして家の前の砂利の山道を横切った。
山の中だからガードレールなんてない。そのまま山の中へと落ちていきその先にある貯水池へと車は突っ込んだ。
ほんの少しの間だけ車は浮いていたがあっと言う間に水がどんどんと入り込んでくる。
もうダメだ……
くそぉ!なんで俺は強盗なんてしたんだ!あんな求人になんで騙されて闇バイトなんてしなければ!こんな山奥に逃げなければ!
とぷんっ
いろんな俺の無念も一緒に貯水池は飲み込んで俺を自然に還した。
了
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お読みいただきありがとうございました。
今回のお話は「放置空き家問題」について書きました。都会じゃなかなか無いかもしれませんが、田舎では大問題です。家は人が住まなくなると一気にボロくなります。屋根が崩れてきたり…建物だけの問題じゃないんです。
犯罪者が住み着いたり犯罪の取引場所にされたり、下手したら放火されてしまったり……私の実家の斜め前の空き家には泥棒が入りました。放火されなくて良かった。
政府は令和6年4月についに相続された家の登記を義務化しました。相続する事を知ってから(死んでからではない)3年以内に登記をしないと罰金が発生します。
じゃ何でこんな法案ができたの?それは登記されないまま放置されている空き家と土地が増えたからです。
日本の空き家率2023年10月で13.8%で899万戸もあります。
その空き家のうち賃貸・売却用や別荘などを除いた長期にわたって不在で使用目的がない「放置空き家」の割合も0.3ポイント上昇の5.9%となり、36万戸増の385万戸もあるそうです。
もちろん地域差もあります。京都市では「空き家税」なるものを導入し空き家を無くそうとしています。京都は高さ制限もあり家が不足しているくらいなのでそれはアリでしょう。(私はこの京都の高さ制限を設けた人に拍手を送りたい!古い建築物からビルが見えたら本当に萎える)
相続した家が
・公衆衛生上有害である
・景観を著しく損ねている
・近隣の生活環境を損ねている
と『特定空き家』になってしまうと「住宅用地の特例措置」という固定資産税を軽減する制度が受けられなくなり、固定資産税が最大で6倍になります(ノД`)・゜・。
作品のおばちゃんの家は近所の家が無かったし山の中だからセーフッ!!多分ね。
相続した家が3年以内に売れないと…
3,000万円の税金控除が受けられなくなります。これは地方の家を相続したら大変っ!!
おばちゃん家は売れない…まぁ価値が元々なかったら控除自体も必要じゃないかもしれない。
じゃ更地にする?
・空き家の解体費用が100万円ほどかかる
・更地にすると固定資産税は6倍、都市計画税は3倍になる
おばちゃん家は山の中。多分そんなに固定資産税も高くない…はず。
でも大体はお金をかけて解体して更地にして売れなかったら…ただただ!税金上げただけ!ってなっちゃう。だから固定資産税を上げないように解体しない。こうして田舎は空き家が増えていく。負のループです。
相続手続きもちゃんとしてないうちにその子供も亡くなってしまう。そうしたら相続する人は孫たち。空き家の相続を知ったけどその権利のある孫たち全員の同意を得なくちゃいけない。
だからおばちゃんは相続人がタケシ君一人だったのでホッとしたという訳です。
相続放棄は作中でも書きましたが亡くなってから3か月以内です。意外とあっと言う間だったりすんです。他にもやる事いっぱいあるんですよ。それに相続放棄ってプラスもマイナスも全て放棄しなくちゃならない。家だけ放棄ってできないんですよ。
じゃ国庫に寄付すればいいじゃない?
それもいろんな条件があってねぇ…最初の条件が更地であること…よ?はい!解体費用(約100万)はどうすんの?って話になっちゃうのよねぇ。
親の家…ちゃんと登記されているかどうか確認してくださいね。亡くなってからだと費用も手間もかかって本当に大変です。
登記義務化でどうこうなる問題じゃない気がしますけどね……
更地にした時に税金アップするのをナシ!にしたらみんな進んで更地にしてくれて売りやすくなるし、安全性も上がる気がするんですけど……
そしたら我が家の周りは空き地だらけになっちゃうかもしれない…
まさにぽつんと一軒家……
おあとがよろしいようで…
ここまでお読みいただきありがとうございました(o*。_。)oペコッ
参照:日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA266JV0W4A420C2000000/?msockid=0479af41e07a6f66385cbcf2e1cd6e1a
実家相続で損しないために知っておきたいこと。実家相続の流れも解説!
https://muud.life/assesment/articles/155?src=ms&cpn=518700329&adg=1313918052945217&msclkid=84b1e943e3ab163e204e8e3d8404cf84
山の中にぽつんとある一軒家で…【全2話】【お題で執筆‼短編創作フェス】 Minc@Lv50の異世界転生🐎 @MINC_gorokumi
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