第6話 甘くてやわらか、やっぱり餅が好き

冬休みが終わり、餅学園は新学期の始業式を迎えていた。

久しぶりに登校したノビオは、廊下を歩くたびに腰が少し浮つくような感覚を覚える。

何かが変わっているわけではないのに、空気が軽い。

角餅のカビコとあんこ入り餅のアンナのことを、もう以前のように曖昧なままにはしないと決めたからだろうか。


教室に入ると、草太が明るい声で手を振った。


「よお、ノビオ。冬休み中はずいぶん忙しかったみたいだな。そろそろ料理クラブも再始動するだろ?」


ノビオは「うん。あべかわ先輩から新メニューを考えるように言われてるし」と笑顔で答える。

すると背後からふんわり甘い香りがして、アンナがやって来る。


「ノビオくん、おはよう。あの…冬休みのあいだに色々あったけど、わたしまた料理クラブでお菓子作りしたいんだ」


控えめな声ながら、純白の丸餅ボディを少し弾ませて意気込みを表している。

ノビオは「もちろんだよ。新学期もよろしくね」と返し、指先がかすかに触れそうになって急いで手を引っ込めた。

するとアンナはくすりと笑う。


「ふふ、さっそく新メニューのアイデアもあるんだ。あとで相談しようね」


その光景を横目で見ていたカビコは、少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。

角餅らしいきっちりした佇まいで教室の隅に立ち、いつものようにそっぽを向いている。

だが、ノビオは気づいた。

彼女の四隅が、ほんの少し緩んでいることを。


「カビコ…おはよう。もしかして料理クラブに来る気、あるのかな?」


そう尋ねると、カビコは勢いよく首を横に振る。


「別に…あんたたちの邪魔はしないし。でも、まぁ新メニュー開発くらい手伝ってあげてもいいわよ。角餅の視点があったほうが味に締まりが出るでしょ」


それだけ言って、素っ気なく顔を背ける。

ノビオは内心ホッとしながら、「それならありがとう。助かるよ」と声をかける。

すると彼女の角ばった肩が、ほんの一瞬ほころんだように見えた。


放課後になると、料理クラブの部室にはいつにも増して活気があった。

あべかわ先輩が「皆、冬休み明けだけど鈍ってないだろうな?」ときな粉をまぶしながら声をかけ、ぜんざい先生は「新学期だから新しい味に挑戦するのもいいわね」と柔らかい眼差しを向けている。

カビコは慣れない空間に戸惑いながらも、のし台に向かって器用に生地を伸ばしていた。


「意外と上手いじゃん。形がきっちりしてるから、整えやすいのかもね」


ノビオが素直に感想を言うと、カビコは「当たり前よ。誰だと思ってるの」と、ほんのり得意げだ。


アンナは隣で甘い香りを漂わせながら、味見用の餡子を小皿に乗せている。


「どうかな? 今回の餡子はちょっと砂糖を減らしてみたんだけど」


ノビオが「うん、口当たりが優しくて食べやすいよ」と答えると、アンナは嬉しそうに「やっぱり柔らかい餅には、あまり甘さを強調しないほうがいいかもしれないね」と頷く。

それを盗み聞きしたカビコが「へえ、甘さを控えるって発想があるのね」とわざとつぶやくと、アンナは「あ、カビコちゃんも味見する?」と小皿を差し出す。


「じゃあ遠慮なく…でも、あんまり甘いのは好みじゃないわよ」


そう言いながら一口含むと、カビコの目元が少し和らいだ。


「甘みが強すぎないからこそ、餅の味が活きるんじゃないかしら」


角餅ならではのクールさでそう論じる姿に、アンナは小さく拍手を送る。


「わたし、そういう意見欲しかったの。二人ともすごく頼りになるよ」


カビコは「ふん」と鼻を鳴らしながらも、頬がかすかに膨らんだように見えた。

ノビオはそんな二人を見て、なんとも言えない温かな気持ちになる。


しばらくして、草太が運動部の仲間に呼ばれて部室を出ていくと、そこにガクの姿が現れた。

頭のミカンを持ち上げて、きょろきょろと辺りを見回している。


「ガク…どうかしたの?」


ノビオが戸惑いながら尋ねると、ガクは少し恥ずかしそうに視線を逸らす。


「別に。ちょっと、どうせなら鏡餅流の高級な味を提案してやろうかと思っただけさ」


横でカビコが「また上から目線な餅が来たわね」と呆れかえるが、ガクは「鏡餅一族が手を貸すんだ。それなりの高級感を目指すのは当然だろう」と言い放つ。

するとアンナが笑顔で言った。


「楽しみだね、ガクくんのアイデア。高級感も味わってみたいし」


ガクは「ふっ…まぁ期待していい」と、少し鼻を高くする。


そうして始まった新メニュー開発は、誰もが予想しなかったほどに盛り上がった。

柔らかなノビオの餅生地に、アンナがほの甘い香りを足す。

カビコは角餅としてのキレのある技術で仕上げの形を調整し、ガクは高級感漂うトッピングを提案する。

あべかわ先輩のきな粉もさらさらで、ぜんざい先生は「この組み合わせ、なかなかやるわね」と笑っていた。


閉館時間が近づき、部室を片付け終えた頃には、みんなほんのり疲れながらも満足そうにしていた。

ノビオは真っ白な生地を見つめながら、胸の奥で湧き上がる新鮮な気持ちを噛みしめる。

幼なじみであるカビコとあんこ入り餅のアンナ、そして一時は対立したガクまでもが集まって、同じ鍋を囲むように新たな味を作り出している。

その光景はまるで、餅らしさが凝縮された温かい世界だった。


荷物をまとめて廊下へ出ると、外はもう暗くなっている。

カビコが「じゃ、私は先に帰るわ」と言いかけたところへ、アンナが「わたしも一緒に帰っていい?」と声をかけた。

ふいに差し込まれた言葉に、カビコは一瞬戸惑った様子を見せる。

しかし、アンナの顔を見ると素直にうなずき、「勝手にしなさいよ」と小さく笑った。

ノビオはそんな二人の姿に、心の底からホッとする。


「よかったら、今度は家で試作会しよう。俺んちでも作りやすいし、カビコの家は隣だし…アンナも来やすいだろ?」


アンナは「うん、楽しそう」と言い、カビコは「うるさいわね。あんたの家に入り浸る気はないんだから」と照れたようにつぶやく。


そうこうしているうちに、三人は自然と並んで玄関を出ていく。

鏡餅のガクも、少し離れたところから見守るように彼らの後ろ姿を見送っていた。


「ま、あれだけやる気を出したんだ。俺も中途半端じゃ終われないな…」


誰に言うでもなくつぶやき、ガクはミカンを直しながら、ゆっくりと帰路につく。


新学期が始まり、餅学園の廊下は賑やかさを増している。

ノビオは朝早くから部室に向かい、昨日仕込んだ生地の確認をしていた。

すると、背後からかすかに漂う甘い香りと、角ばった空気感が同時にやってくる。


「ノビオ、今度の新メニューはどんな感じになりそう?」


アンナが瞳をきらきらさせながらのぞき込むと、カビコは「別に興味ないけど…失敗してないでしょうね」と声をかける。

ノビオは大きく息を吸い、「大丈夫、きっと甘くてやわらかくなるはず」と微笑んだ。


ほんのり伸びる餅の生地に、様々な想いが詰まっている。

幼なじみとのぎくしゃくした関係も、転校生への新鮮なときめきも、鏡餅のライバルとの衝突も、こうして一つの味に溶け合っているかのようだった。


「さあ、みんなで試してみよう。この新メニュー、きっと面白いと思うんだ」


ノビオがそう提案すると、カビコはふっと小さく笑い、アンナは「わたしも手伝うよ」と袖をまくる。

三人の間には、前よりもずっと柔らかい空気が流れていた。


扉の向こうから、草太のさわやかな声が聞こえてくる。


「おーい、俺にも味見させてくれよ。今日は走り込み早めに切り上げてきたんだ」


ノビオは「もちろん、大歓迎だよ」と返事をし、カビコとアンナが顔を見合わせてクスリと笑う。

それぞれがそれぞれの形をもった餅だからこそ、いろんな味が生まれる。

甘くてやわらかくて、でもときには角もあって、なかなか焦げ付くこともある。

けれど一緒に新しい一歩を踏み出そうとするその瞬間が、何よりも愛おしく思えた。


そして今日は、みんなでつくり上げる新メニューの試作が始まる。

遠くに差し込む冬の光が、まるで完成を祝福するように部室を照らしていた。


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正月から始まるモチモチ学園ラブ 三坂鳴 @strapyoung

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