僕の治癒能力程度じゃ、あの子の激重感情は治せないってマジ?
おはなきれい
こういう不良少年って、後に主人公の良きライバルになるもんじゃないんですか?
「おい、早くしろよ、白井!」
昼休みのチャイムが鳴り響くと同時に、教室の隅の席で教科書やノートを片付けていた僕に、複数人の男子生徒たちの声がかかり顔を上げた。彼らは、いつものように僕らの中学校に設置されている自販機で僕に飲み物を買わせにいかせるきだ。
またかよ……。
僕、
「何度も言うようだけど、あそこの自販機、生徒が使ったらいけないって決まりだと思うんだけど…」
僕の中学校には、自販機が設置してある。
普段は、中学生である僕らから起こる、金銭的なトラブルやゴミの問題で使うのは禁止されているけど。
じゃあ何のためにあるの?という話だけど、災害時の備蓄用だとかそんな話を聞いたことがある。
「だからなんだよ。俺ら喉乾いたから買ってこいって言ってんの」
「いやでも…もし買ってるとこ、先生にでも見つかったら怒られるの僕じゃん…」
「あ?…反抗すんのか?俺らに…?」
複数人の男子に囲まれている中、この取り巻きたちのボスであり皆んなより一際大きな男子生徒に睨まれる。
その眼力に思わず僕の口から「…ひっぃ」という声が漏れる。
その男子生徒はこの学校のガキ大将であり1番の問題児…
まぁ、この生徒が威張り散らし、調子に乗っている理由もわかる。
発現した異能力が異能力だから…。
顔以外の体を硬い鱗で覆いつくし、その鱗はどんな攻撃も効かず、硬い鱗で覆われたパンチはとてつもなく重い…と言われている。
噂によれば、あの鱗はカッターの刃も弾いたという。
そんなとてつもなく…脅威的な異能力。
そんな奴に命令されたら、頷くしかできなくなってしまう…。
「…わ、分かったよ」
僕は、男子生徒たちからノートを引きちぎったと思われる紙切れが渡される。その紙切れには買わないといけない飲み物が数本書かれている。
てか、誰だよ。コンポタ書いたやつ。
喉を乾かす目的で飲むものじゃないでしょ。あれ、まじかよ。
「頼んだぞ、ハルマ〜」
「お前先生に見つかんなよ〜。俺ら飲めなくなるから」
男子生徒たちはケラケラと笑いながら、ハルマの背中を軽く叩いた。ハルマは無言のまま教室を出て、廊下を歩き始める。
自販機までの道のりは短いが、彼にとっては長く感じられる。毎日のように繰り返されるこのパシリ役に嫌気がさす。
僕は自販機の前に立った。周りに先生がいない事を確認してビクビクしながら僕は自販機にお金を入れる。
「どうしてこんな事を僕がしなきゃいけないんだろう」
と僕は小さく呟く。
…97年前、世界中のあちこちに「ダンジョン」と呼ばれる未だに謎の深い地下迷宮が誕生した。そのダンジョンには人を襲うバケモノなどが潜む危険な場所だ。それに立ち向かえと言わんばかりに、人々は同時期に人智を超えた異能に目覚めた。その中で僕が発現した異能力は「治癒魔法」。
決して役に立たないわけではない能力だ。将来、病院などが人材として重宝するくらいには。
だが、まだまだ青い中学生にはそんなのは関係ないそんな能力より派手だったり強かったり、珍しい能力がもてはやされる。そんな中だと僕の発現した治癒能力は決して珍しくないし、治癒能力を所持している人達に比べても能力的には劣っている。
まぁ、ぐだくだと僕の能力について語ったけど、それ以上に僕をこんな惨めたらしめてるのは、このナヨナヨした見た目に、友達が作れないくらい内気な性格だろう。
全てが合わさって、僕はこの学校で今カーストの最下位に居る。
自販機から飲み物が出てくるとそれらを手で抱えて僕はとぼとぼと教室に戻った。
◇
僕は学校からの帰り道をぼっちなので1人で歩いていた。
「はぁ、今日も疲れた。」
夕暮れの街は静かで、僕の足音だけが響くくらいには静かだった。
「やめてよ…お願い…」
帰路の途中、人気の少ない商店街の路地裏から聞こえる声に足を止めた。
僕はつい気になってしまい、恐る恐る路地裏を覗く。
「なんだよ。そんな泣きそうにならなくても、俺らと遊ぼうって言ってるだけじゃんかよ。」
「この子、似合ってないメガネのとかボサボサの髪とかちょっと芋臭すぎね?」
「バカッそれが良いんだよ。ウチの学校じゃ見ない顔だし。他の中学の子〜?」
そこには、僕の中学校のガキ大将である岸野硬一たちとその取り巻きに囲まれた少女がいた。
彼女は怯えた表情で、涙をこらえているようだった。
可哀想に…。
岸野の奴、外でこんな事してたのか。
学校で調子に乗ってる奴だとは知っていたけど、外でもこんな感じだったとは。
なんでだよ。こいつら欲求不満にも程があるだろ。
…だけど。
僕には助けれない。
無理だ。
あんな奴だけど、あんな奴にすら僕は勝てない。
戦闘に特化した能力に、僕の非戦闘の能力は敵わない。
どうせ、ボコられて女の子も助けれずに終わるのがオチだ。
しかも、もしその時僕がたてつこうなら今後の学校生活は、もっと悲惨になるおまけ付き。
幸い、今僕がのぞいている事にアイツらは気付いていない。
ここで、何事もなく僕が立ち去っても、いつもの日常以上のことは僕にふりかからないし、誰も僕にこの事をとがめない。
ごめん!
女の子!
僕には無理だ。
恨んでも文句わ言わないさ。
だから…!
僕は、足早にこの場から立ち去る。
自然と僕の息が上がってくる。
別に走ってる訳じゃないのにどうしてだろう…。
僕は悪くない。
僕には無理だったんだ。
無理だから逃げた。
悪くない。悪くない。
僕は悪くないと自分に言い聞かせながら帰路を歩き続けるが、ふと、僕の足が止まる。
僕の目が潤んでくる。
僕には無理だっつってんのに、足がこれ以上、前に進んでくれない。
戻れっていうのか僕に…?
戻れって…?
僕の意思とは関係なく進まない足にイライラする。
…ったく。
僕が行ったってどうせ、ボコられendなのに …!
なんで通りかかったのが僕だったんだよ。
なんで僕以外の人が助けてくれなかったんだよ。
だから…。
こうやって僕が…。
僕が行くハメに。
「戻れっーのかよぉぉぉ!!」
僕は叫ぶ。
通りかかった散歩しているおばさんの肩がビクってなったのがわかった。
僕は泣きたいのを我慢しながら震える足で来た道を走りながら戻る。
再び路地裏に戻ると、僕は震える声で叫んだ。
「お、おい、やめろよ…!!」
僕は、岸野とその取り巻きに割り込んで、女の子を背にして、守るような形で、前にに立つ。
岸野とその取り巻きは驚いた表情で僕を見た。
岸野はしばらく驚いた顔をしていたが、急に下を向いたかと思うとクツクツと笑い出す。
「なんだよ、お前。ヒーロー気取りかぁ、マジ面白いんだけど、どけよ」
他の取り巻きもその笑いにつられてか、笑い出す。
「マジウケるだけど」
「おもろ」
「今だけは、ヒーロー気取りだって、構わないよ…!彼女を放っておけないし、どけないよ…!」
ハルマは必死に声を張り上げたが、その声はまだ震えていた。
僕の心臓はドキドキと激しく鼓動していた。
あーまじさいあくだ。
本当何やってんだろ僕。
僕は後ろからの潤んだ視線を受けながら、この場を離れないという決意を固める。
てか今僕の方が涙やばそうじゃないのか、これ。
「俺らにたてつくとか、バッカじゃねーの…!」
1人の取り巻きが僕にめがけて拳をくり出そうとしたが、岸野が止める。
「いや、いい。しつけは俺にさせろ。」
「あー、分かった。任せる。岸野くんに」
岸野の顔は凶暴に歪み、獲物を狙う猛獣のような目で僕を睨む。
「いい度胸じゃねぇか。じゃあ大人しく殴られろ」
彼の身体は見るからに固そうな黒い鱗に覆われ、鎧のように身を固める。その姿に圧倒されながらも、一歩も引かず少女の前に立ち続ける。
「生意気なんだよ!ただのパシリ風情がよぉぉ!!」
岸野は太い腕からなる拳を振りかぶった。その鱗で覆われた手がどれほど硬いか、僕は想像するだけで寒気がした。
しかし、そこをどかず、僕は挑発するように睨みつける。
岸野は思いっきり僕の腹に拳を叩きつけた。
ドスという音が響き渡る。
「がっ」
胃の中の物が喉まで上がってくるのが分かった。
「まだまだぁ…!」
次は頭目掛けて拳が放たれ、その拳を受けた僕は、頭から横の路地の壁にいきよいよくぶつかる。
その時頭以外も壁に叩きつけられたので、痛みが全身を駆け抜ける。
熱い液体が頭を濡らしたのに気付いて、手で触ると血が出ていた。
「オラァ…!」
そんな僕の姿を見ても岸野はお構いなしに、何度も何度も何度も何度も何度も、僕に拳を叩きつける。
さっきから、自分自身に治癒能力を使っているが、それが追いつかないくらい、殴られるので、もう身も心もボロボロだ。
だけど、僕は自分でも不思議なくらいに、ふらつきながらも、少女の前から離れなかった。
もうヤケクソになったのかもしれない。
ここまでボロボロにされたら、もっとボロボロにされたとしても大差ないと。
だってここで離れてしまったら僕がこんなにボコられた意味がなくなるじゃないかと。
もうあちこち痛すぎて何処が痛いかも分かんないし、血やら涙やら鼻水やらいろんな汁が僕を濡らしている。
僕の身体は血まみれになり、痛みと苦しみで満ちていた。
それでもなんども、地面に転がされ、僕はそのつど起き上がり、少女の前を立ち続ける。
だが…そんな僕に限界が来る。
バタン。
何発拳をくらったか分からないが、何十発目かの時、立ち上がることが出来なくなった。
体が動かない。
立ち上がる気力が残ってない。
意識が遠のいていく。
まだ…
◇
「…な、なぁ、岸野くん、流石にヤバいんじゃないのコレ。」
1人の取り巻きが呟く。
路地裏は白井の血まみれで、起き上がる様子もなくピクリとも動かない。
「…コレって死んだんじゃ」
「ば、馬鹿言えよ。」
「で、でもこれ。警察とか来たら…」
「…ッ」
今になって岸野は正気を取り戻したのか、この悲惨な状況を見て動揺を隠せずにいた。
「チッ…も、もう行くぞ!」
岸野は動揺したまま踵を返す。
「待ってよ岸野くん」
「俺ら置いていくのは、ないって」
そのあとを追うように、取り巻き達も足早に去っていき、残されたのは倒れた少年、白井とその少年が庇った少女だった。
◇
現実と夢の狭間を彷徨っているような感覚が僕を支配する。
しばらく、そんな状況が続きやがてーーー。
「ーーー……ッ」
微かな痛みが頭を突き抜けるのを感じたのと同時に、徐々に現実へと意識が戻っていくのが分かった。
重いまぶたが徐々に開き、少しずつ視界が明るくなっていく。
「……ぁあ……?」
ぼんやりとした視界の中で、僕は自分の周りに何かが動いているのを感じた。
次第にその輪郭がはっきりとしてくる。そこには、膝をついて泣いている少女がいた。
岸野達に言い寄られていた少女だった。
周りにはその子以外の気配がない。
という事は、どうやらアイツらはここから立ち去ったらしい。
「き…君はアイツらから酷いことされてない…?」
…僕は意識を失っていたみたいだし、その間にこの少女が何もされていないか、真っ先に心配になり声を出す。
…が、思ったより掠れた声になってしまった。
女の子は泣きじゃくりながらもコクリと頷く。
良かった。女の子は無事なようだ…。
無事なら僕が殴られた甲斐もあるというもんだ。
僕がほっとしていると震える声で女の子が呟く。
「…んなざい。」
「…?」
声が僕以上に掠れて小さかったので、ちゃんと聞き取れず思わずキョトンとする。
僕のそんな様子に気づいたのか、次は、先ほどよりはっきりとした声で、だけど声は震えたまま女の子が言う。
「ごめんなざい …、ごめんなさい …ごめんなさい………私のせいで、あなたが …」
僕はその言葉で、まるでドンキで頭を殴られたような衝撃が走った。
実際にはそれと同じくらいの拳を先ほど何発もくらっているが、そういうことではない。
自分は勝手にこの少女を救った気になっていたが、僕はとても無責任なことをしていたと気付かされる。
だってこの少女は僕がこんなに傷つくことで、守られた側はそれ以上に自分のせいで、自分が何もできなかったせいでと、罪悪感に押しつぶされそうになっているのだ。
僕はこの女の子を安心させるような声のトーンで言う。
「僕は大丈夫だよ。だって …僕、治癒能力者だもん。さっき殴られてる時は、治癒能力がそれについていけず、間に合わなかったけど、今なら治癒能力を使えばこんな酷い有様でも治るさ」
嘘だ。
こんな傷は僕の今の治癒能力じゃ完全に治せない。
というか僕以外でもこのレベルのケガになると、完全に治癒能力で治せる物じゃないだろう。
だからしばらく病院に籠る事になると思う。
治癒能力も万能じゃない、中にはほぼ死にかけの状態から治癒能力で完治させれる超人もいるらしいが、そんなのが出来る超人は稀な話だし、数も多くない。
でもここでは、女の子に罪悪感を感じさせたくなかったので、笑みを作りながら嘘をつく。
「それに僕はこの怪我も能力を使って治しせるぐらいには長けてる。実際そうして帰る予定だから、君も安心して家に帰りな。暗くなってきたし、親御さんが心配するといけないでしょ …?」
「で、でも」
「でもじゃないよ。ほら、ほら」
僕は急かすように、言う。
少女は涙目で僕の事を何度も心配そうに振り返えっていたが、どんどんその姿は小さくなり、やがて少女は見えなくなる。それを確かめて一息。
「帰ったか…」
僕は路地裏で寝転がったまま呟く。
あちこち痛すぎて、立ち上がる事さえ厳しそうだ。
僕は携帯電話をポケットから出す。
ひとまず…僕の今の状況も含め親に電話しようと思ったのだ。
電話の呼び鈴音がなり、親が電話に出るのを待つ。
その待ち時間にふと思う。
本当、らしくない事したな…と。
◇
僕はその後、病院に入院し、2ヶ月間の治療期間を経て退院した。
僕の酷い有様を最初、両親が見た時は号泣された。
そんな出来事があり、あっという間に月日が経ち、あれから2年が経った。
僕は今日で高校一年生になる。
あの少女はあれから、一度も会う事はなかった。
元気にしているといいな。
現在、入学式があるため僕は学校に登校中。
前にいる同じ制服の2人の男子生徒達が楽しそうに話しているのが聞こえる。
この時間帯に登校するのは一年生だけなので、この2人も一年生なのだろう。
どうやらこの学校で始まる青春でいっぱいの学校生活が楽しみで仕方ないのが、聞こえてくる話でわかる。
その盗み聞きした話の中で、気になった話題が一つあった。
どうやらテレビにも最近出てる、有名な異能力者がウチの学校に僕らと同じ一年生として入学するらしい。
日本の中でも最強格の1人と噂される美少女だとか。
設定盛りすぎだろ。
男子生徒達はあわよくばその子と付き合えないだろうかとワンチャンを狙ってるっぽい。
いいねぇ。青春してるねぇ。
僕は、わくわくだとか楽しみだとかそんな気持ちより憂鬱な気持ちの方が強いけど。
なぜならーー。
「おい、ちんたら、ちんたら歩くんじゃねぇぞ。!」
僕が通う事になる学校の校門をくぐろうとした所で、後ろから僕に肩をぶつけて、強引に前に出てきたのは何処ぞのガキ大将…、いや高校生でガキ大将は変か。岸野だ。
運命とは酷な物で、こいつとなんと通う高校が一緒だったのだ。
もちろん、こいつがこの高校に入学すると知っていれば、この学校には行かなかった。
でも悲しいかな、知ったのは僕が入学する事が確定してからだった。
中学生のあの出来事の後、僕は岸野とその取り巻きからの報復を恐れて、僕をボコしたのは初めて顔を合わせた知らないチンピラ集団だと周囲には話した。
幸いと言っていいのかよく分からないけど、僕の事をボコボコにしたのを知っているのは、僕とボコしたやつとその取り巻きに、少女だけ。
だから、僕の話を周囲は信じて、結果的に岸野達にはお咎めなしで、あれからも普通に日常をおくっていた。
「はぁ…」
思わずため息が出る。
「あ?」
僕のため息に眼力を強めて僕に振り返る岸野。
「い、いやなんでもないよ」
「チッ」
岸野は前に向き直りスタスタと歩く足の速度を早めた。
僕はすっかり落ち込んだテンションになる。
入学式だと言うのに1人だけテンションがおつやである。
そんな僕の前にスタッと、1人の女子生徒が通り過ぎる。
あ、美人さん。
この女子生徒も一年生なのだろう。
僕はあんまりテレビもSNSもやる方じゃないけど、この子はテレビで見たことあるかも。もしかしたらこの人がさっきの男子生徒達が言ってた子なのかもなぁ。
はぁ、僕みたいなやつには一生かけても、巡り会うことのない人種だ。
この子はそう遠くもない未来、イケメン一軍男子とでも付き合うのだろう。
まぁ、それも自然の摂理。
そう思いながら歩いていたら、僕の前を進んでいた岸野にトントンと肩を軽く叩くのが見えた。
え、まじ。
まさかの、岸野なのかよ。
それはないよ。別に一軍イケメン男子なら文句はないけど、そいつだけはやめときなって。
岸野も反応からするに初対面なのだろう。
急な接触で、怪訝な顔をしながら、女子生徒に目をやっている。
「なんだ?」
「今、あの子にわざとぶつかったでしょ。謝りなさい。」
そう言って少女は僕を指差す。
一瞬、僕の脳が理解を拒んだ。
…少女は正義感が強いのだろうか。こんな正義感の強い子は中学の時、生徒会長だったに違いない。
僕らの今の一部始終を目撃して、僕のために怒ってくれたのだろう。
でもあの岸野が謝るとは思えないし、もしかしてこれ僕のせいで揉めて大事になるやつ??
気づけば何事かと周囲の生徒が岸野と僕と彼女を中心に遠巻きから見ているのが分かった。
やだ。
そんなのは絶対に避けたい。
そうなれば僕はすぐに、高校でも腫れ物扱いされるのが確定してしまう。
この場を丸く収めるために、僕は2人の間に入る。
「そこの、女子生徒さん!ごめんなさい、僕が悪いんです!僕と岸野くん中学から一緒で、今日ここにくる前に僕が原因で喧嘩しちゃって、岸野くんの機嫌を悪くさせちゃったんですよ。それでーー」
僕は存在しない記憶を作り出し、でっち上げる。
後から、岸野にぶん殴られる未来がみえるが、このくらいしないと、この子は引いてくれなさそうな気がした。
「白井くん、大丈夫だよ。嘘をつかなくて」
憐憫を含みそうな微笑みで少女は言う。
「え?」
俺白井って名乗ったっけ。あ、そうか一部始終を見めたとしたら、僕にぶつかった岸野が声を荒げた時、僕の名前を呼んでたからそれでか。
びっくりした。名乗った覚えもないのに僕の名前知られてるのかって、少し怖くなったけど、そうだよな。
こんな美少女が僕の名前を知ってるわけないもんな。
でも、それだとしたら、僕らの一部始終を見たと言ってもせいぜい、今日。
僕と岸野の関係なんて知らないだろうになんで、嘘と決めつけるのだろう。
野次馬が増えているこの場から、一刻も早く事を納めたい僕にとって、こんな面倒くさい事を引き起こした挙句、長引かせるような発言をするこの少女に少しイラついてしまい、口調が強くなってしまう。
「僕の何が分かるんですか」
この女子生徒は僕のために言ってくれているのに最低だ。
それでも、少女は僕に言う。
「大丈夫、大丈夫だからね」
「いや、別に気にしなくていいですから、本当」
少女の憐憫を含む視線はどんどん強くなっていく。
それに耐えきれなくなった僕は、思わず叫んでしまう。
「さっきも言いましたけど、僕の何が分かるんですか!!!!」
あーあ。やってしまった。
最低だ。クズだ。
自分から、目立ちたくないと思っていたくせにこんな事をして、僕を気にしてくれた女子生徒に八つ当たり。
もう終わりだ。
そんな事を思っているとその女子生徒がスーッと息を吸い込む音が聞こえた。
そして息を吐くように少女は言う。
「知ってるよ。知ってるさ。君のことなら、なんでも。君の血液型はA型で、誕生日は12月5日、出身地は鹿児島だよね?小学校の時は友達に囲まれて、毎日楽しく過ごしていた。でも、中学に上がる時に鹿児島からこの地域に引っ越してきて、それからは少し内気になってしまったんだよね。新しい環境に慣れるのに時間がかかって、友達を作るのが難しかったんだと思う。それから君はナヨナヨした少年というイメージがどうしても強くなってしまって、いつも少し控えめにしているけど、本当はとても優しくて思いやりのある人だと私は知っている。
君の好きな食べ物はチーズケーキで、時々、チーズケーキが有名なカフェに行って、チーズケーキを食べながら静かに過ごすのが好きだよね。君の趣味は読書で、最近はあるシリーズ物に夢中になっていて、毎晩寝る前に少しずつ読んでいる事も知っている。
そして、何より君には、君だから、その優しすぎる心にピッタリな人を癒せる治癒能力者として、その能力が発現したのも知っている。君は、その能力について、この世界ではあまりパッとしないからって理由で、少しコンプレックスを抱いているけど、忘れないで、君がその能力を持っている時点で君だけの特別な力だと言う事に。そして気づいて、そんなあなただからこそ私はあなたを愛しているって事に」
言葉を言い終えた、女子生徒はいつの間にか恍惚とした表情を浮かべていた。
そんな表情の女子生徒とは対照的に僕の顔は青ざめている。
怖いのだ。
ただ今は怖い。
ーーなんで、僕はあの女子生徒の名前すら知らないのに、あの女子生徒は僕の隅々まで知っているのか。なんで、家族以外は知らないはずの僕の習慣まで…。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでーー
「お前さっきから何を言ってーー」
岸野がつらつらと喋っていた、様子のおかしい女子生徒に、嫌悪感を隠さない顔で見つめる。
「あら、そういえば、コイツの話をしていたわ。私とした事が …」
彼女は低く身を沈め、拳を引き、爪が上に向くように構え、次の瞬間、一気に前へと踏み込みーー
「 …いけないっ」
岸野に拳を放った。空気を切り裂く音が響き、拳はまっすぐに岸野の腹部へと打ち込まれた。
咄嗟の女子生徒の行動だったため、硬鱗化が間に合わず、生身の体に直撃する。
「グフォッ」
岸野は吹っ飛び2バウンドして転がる。
周りがざわついている。
おかしい。
おかしいのだ。
その女子生徒は、華奢で、ひとまわり、ふたまわり大きい岸野を吹き飛ばせるとは到底思えない。
苦渋の色で岸野は立ち上がりながら言う。
「その拳についているの……噂の効果付与の異能力者か」
よく見ると女子生徒の腕には、黄色のモヤがうっすらと纏わりついているのに気づく。
「まぁ、そうね。私の能力は土台となるバフ、デバフ含めた計14種の効果を組み合わせたり、派生させたりして自分や相手に様々な恩恵や呪いの効果を一定時間与える能力を持つ。今、私は自身に身体強化系のバフをかけているわ。
ーーまぁ、そんな話はここまでにして、かかってくるならかかってきなさいよ。それとも怯えて、おウチにでも帰る?」
「てめぇっ、言わせておけばぁっ!!」
刹那、岸野の全身が黒の鱗で覆われ、拳を彼女に向ける。
カッターも弾く硬さの鱗で覆われた拳が彼女に放たれようとしていた。
彼女はスッーと息を吐き呟く。
「基礎デバフ効果は『嫉妬』、嫉妬派生効果『封印』を相手に付与」
鱗の鎧をまとった岸野が彼女の懐に入り、全体重を拳に乗せてぶつけようとした。
だが、彼女がそう呟いた瞬間、まとっていた鱗が消え去り、彼女は、体重を拳に乗せるために不安定な体勢になっている岸野の顔面に身体強化をまとった拳を叩きつける。
不安定な体勢のため顔面に拳をくらった岸野は、後頭部から勢いよく地面に倒れた。
鱗がまとわれていない状態で受けた攻撃なので全身の痛みが岸野を襲ったのが分かる。
「…ッ」
彼女はそんな苦悶の表情の岸野に嘲笑を浮かべて言う。
「残念、今付与したデバフは数秒間の間一時的に、能力を使えなくする。その何も考えずに突っ込む脳なしの戦法は、攻撃をくらわない鎧をしている状態だからこそ出来る戦法であって、鎧がなければ、ただの雑魚に早変わりってわけ」
うめく岸野を見ながら彼女はそう言う。
そして転がっている岸野の胸ぐらを掴むと低い声で言葉を続けた。
「あんた、高校まで一緒にして白井くんに付き纏わないで」
岸野は戸惑ったように言う。
「は?何を言って……。馬鹿じゃねぇか。付き纏ってねぇよ、な訳あるか!」
「はっきり言って迷惑なの。この高校を自主退学して」
岸野の顔は心底何を言ってるか分からないという顔に変化する。
「入学式もこれからだっつうのにか?誰がそんな馬鹿な事聞くんだよ!!」
「聞くよ?あんたは絶対に聞く」
「……?」
「だってあなたは今から
彼女は一呼吸置いて、流れるように呟く。
「基礎デバフ効果は『憤怒』、憤怒派生効果『恨み返し』を相手に付与」
「……ッ!!」
そう彼女が口にした瞬間心臓当たりを抑えて、苦しそうに地面をのたうちまわる。
あまりにも尋常じゃない苦しみように俺は思わず、岸野にかけより治癒能力を使うが全く効く様子がない。
「お、おぇに……なにをっ」
「良いのに、白井くんをいじめてた奴なんかのために必死に治癒能力を使ってあげなくても。本当に優しいんだから……。でも無駄だよ白井くん、それは岸野が今までに買った恨みの数だけ痛みとして還元してるだけだから。」
「恨みの数だけ……還元?」
僕がそう言うと、嬉しそうに頷く。
「そう。そういうデバフ効果をかけたの。このデバフは付与相手が今まで買った恨みを、痛みに変換して付与相手に一定感覚で返すというもの……でもこんなに苦しそうにしてるって事は相当今まで恨みを買ってきたようね。
まぁ、それもそうよね。
あんたは、確かに強い能力を持ってるから、咎めるような人も居なかっただろうし、好き勝手に暴れる事が出来てしまえた。
そりゃあ無自覚でもこんなに恨みを買ってて納得だわ」
そう言い終えると彼女の目線が少し下がり、「まぁ、私も今こんな事している以上同類よね」ととても小さな声で呟いたのが微かに聞こえた。
だがそんな様子は先ほどの余裕のある笑みにすぐ戻る。
「どうする……?この痛みは買われた恨みが全部精算されるまで続くと思うわ……。自主退学するって宣言してくれるなら辞めても良いけど」
「な、なにぃ……をっ……」
「とても苦しそうじゃない。早く言わないと死ぬ事はないと思うけど、このまま廃人にでもなるつもり?」
「……」
岸野は苦しそうに睨みつけるだけでその後を口にしない。
そを見て呆れた様子でため息をつき彼女は言う。
「一回しか使えない、貴重なデバフをあんたに使ってるんだから、そろそろ終わりにしたいんだけど」
「……」
それでも何も言わず睨んでくる岸野に嫌気がさしたのか、彼女は若干気だるそうにしつつ言う。
「あぁ、もう面倒くさいわね。私はハルマくんにさえ離れてくれれば、あんたなんてどうでもいいわ。だけど、こうしてる時間も勿体無いし、私のコネで私の知り合いがやってる私立高校に転校させてあげる。それだったら文句ないでしょ?」
「わ、……か……った。」
岸野はそれだけ言うと意識を失った。
「『恨み返し解除』ーーはぁ、ようやく片付いたわ。」
僕は結局この一部始終を呆然と眺めることしかできなかった。
「ごめんね、白井くん。待たせたよね」
彼女は目尻を下げて僕に向かって言う。
僕はどんな顔を今してるだろう。
多分青ざめてるんじゃないかな。
野次馬は僕らの周りを囲んでざわざわと見物していた。
そんな野次馬達に彼女は気づき言う。
「あぁ、そうだった。周りにこんな人いたんだった。このままだと入学式早々私も暴れちゃったし、いくら私でも退学になっちゃうな。ーーーよし、皆んな今あった事は忘れて」
そういうと彼女は再び呟く。
「基礎デバフ効果は『怠惰』、怠惰派生効果『忘却』を相手に付与」
刹那、野次馬達のざわつきが一瞬で静まり、次の瞬間、何事も無かったかのように野次馬だった生徒達が校舎に入っていく。
「なんであんなところで男子生徒倒れてんだ?」みたいな事をさっきの様子を見ていたはずの人が言っているのが聞こえる。
その問いに対して彼女は「具合が悪くて倒れてしまったみたいだけど、私が保健室に運ぶから大丈夫だよ!気にしないで」等と返していて、まるで今起こっていた出来事が無かったかの様に進んでいる現実がとても気持ち悪い。
「安心してハルマくんにはデバフを通しての精神干渉してないから」
これは、僕らを囲んでいた野次馬の記憶から今の出来事を消したと言う事だろうか。
あまりにもメチャクチャすぎる。
「やっとちゃんとした再会ができたね、白井くん。」
彼女は本当にさっきの出来事が無かったかの様に、可愛らしい純粋無垢そうな笑顔でそう言った。
喉に渇きを覚える。
表情も引き攣っているだろう。
怯えているのだ。この得体の知れない彼女に。
何故僕にこんなに好意的なんだこの人は……。
「あ、あなたは……」
「私はこの時を待っていた。やっと私をまた見てもらえる。私は2年前にあなたから助けてもらった女の子ーー」
僕は年がら年中沢山、人助けを行うお人好しな本物のスーパーヒーローではない。
だから、2年前の人助けと言われて思い出すのは、絡まれた女の子を助けたこの一つの出来事しが思い浮かばない。
という事は状況から今の察するに、この子は僕が助けた女の子なのだろうか……。
でもその少女と僕の目の前に立っている彼女は重ならない。だってその少女は申し訳ないが、僕と似ている内気そうな少女だった。
可愛いらしくないわけでは無かったが、芋っぽさがあり、この彼女みたいにアイドルの様な超絶美少女とまではいかなかった。
それが事実だとしたら僕が会った2年前から、僕が気づかないくらい美人に垢抜けした事になる。
そんな彼女は頬を赤らめさせて言葉を続ける。
「ーー
ーーーこうして狂気的な彼女による僕の狂気的な高校生活が始まった。
僕の治癒能力程度じゃ、あの子の激重感情は治せないってマジ? おはなきれい @qwrrthfds121
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