帰宅部レース

石田空

違う、部活に入りたくないから帰宅部を名乗っていただけなんだ

「あなた、帰宅部ね?」


 そう言われた途端に、なぜか教室が凍り付いた。なぜ。

 俺は理由もわからずに頷いた。


「はあ……」

「決まりね! 今日の帰宅部レースに出なさい! 部長命令よ!」

「は?」

「だってあなたは帰宅部なんですもの。うちの部員よ?」

「はあ?」


 待って。話が見えない。レース? 部長? 帰宅部にそんなものある訳ない。

 俺の気持ちをまるっと無視して、部長を名乗る先輩は去って行ってしまった。フローラル系のいい匂いがした。シャンプーなのか柔軟剤なのか、はたまた制汗剤なのかはわからなかった。


「桃李、お前バーカ! 帰宅部に捕まったのかよ!」

「待て。帰宅部って部活に入ってない生徒の所属部って形じゃなかったのか? ルールが変わったのか?」

「お前部活紹介の校内放送流れてるとき、いびきかいて寝てただろ。あれを見ていた人間は、誰もあんなもんを見て帰宅部名乗ろうなんて思わんわ」

「待て、帰宅部のレースってなに?」


 皆すごいな。部活に興味ある青春パワー溢れる生徒しか見ないだろう部活紹介の放送を全部見ているなんて。俺は途中で寝ていたわ。

 俺がアホなことを考えている中も、友達は教えてくれた。


「帰宅部レース。それは校舎から校門を出るまでの競技だ」

「それ競技ちゃうわ節子。普通の帰宅風景だ」

「で、そこからお邪魔帰宅部が登場するから、それをいかに綺麗に避けるかで競技点がつく」

「なんて?」

「次々やってくるお邪魔帰宅部を避けながら校門を出られたら満点。減点方式だから、どこで捕まるかでどんどん点数が減っていく。0点になると」


 待て。俺がおかしいのか。お邪魔帰宅部ってなんだよ。帰宅部員じゃないのかよ。そしてそれを点数付けていく人間は誰なんだよ。

 そして溜めに溜めて、やっと0点になった結果を教えてもらった。


「……学校から帰れなくなる。最初からやり直しだ」

「待て!? まさかその競技が終わるまで帰れないってことか?」

「そうなんだよなあ。いやあ、帰宅部は大変だなあ。俺は部活入ってないからその大変さはわからないけどなあ。そんな訳で頑張れ」

「待て!?」


 おい、これもう黙ってこっそりと帰ろうとしちゃ駄目なのか?

 俺はいやいや放課後を待つこととなった。


****


 放課後。

 帰宅部部長の姿は見えない。俺はキョロキョロと辺りを見回してから、荷物をまとめてこそこそと廊下を出て行く。

 部活に入ってない生徒、部活に精を出す生徒で廊下は溢れていて、窓からはまろやかな夕日が差し込んでくる。俺は人気ひとけのない場所まで高速ダッシュを決めていた。

 うるさい。俺は帰宅部。謎部活の部員じゃない。正真正銘帰宅部だ。こんな訳のわからない競技なんてしてられっか。俺は帰るぞ!

 俺は人気のない廊下と階段、非常階段を駆使して裏庭まで出ると、そのまんま裏門まで一直線に走る。途端に「ピピィ!!」とホイッスルが鳴った。

 こちらに【帰宅部審判】と書かれた腕章を付けた芋ジャージの女子が現れた。


「はい、裏門直行はスタイリッシュではありません。これは失格、0点です。すみやかに教室にお戻りください。これでは帰宅を認められません」

「なんで!? そもそもスタイリッシュ帰宅ってなに!?」

「スタイリッシュ帰宅。それは無駄のない無駄な動きでいかにお邪魔帰宅部を避けながら帰宅するかを競う、運動、センス、そして運が全ての物を言う競技です。さあ、お戻りください」

「ふーざーけーるーなー!!」


 俺は無視して裏門を通り抜けようとしたが、突然湧いてきた【帰宅部審判】と書かれた腕章を付けた筋肉ムキムキの芋ジャージの男子たちに取っ捕まった。ふざけんな、こんな筋肉ムキムキ見たことねえわ。

 俺は芋ジャージ男子たちに引きずられ、自分の教室に戻ってきてしまった。

 くっそー! なら今度こそ、あいつらに見つからないように帰ってやるわ! 裏門が駄目なら、正面門からあいつらに見つからないように帰る!

 そう考えていたら、ちょうどグラウンドに出ようとしている陸上部の集団を見つけた。


「今日は雨が降らなくってよかったねー」

「ねー」


 身長が比較的高めの集団に混ざると、中肉中背の俺も程よく隠れる。

 そのままグラウンドに出たら、帰宅していく生徒たちに混ざって走る。

 もうお邪魔帰宅部とかに遭遇とかねえだろうなあ。俺は鞄を抱えてキョロキョロしつつ、そのまま正門まで走ろうとした瞬間。


──殺気


 いや、違う。しかしこれは運動会のときにたびたび感じる、熱気と殺意と頼むから他クラスのリレー選手皆こけてくれないかなという呪詛によく似たなにかだった。

 俺は咄嗟に鞄を盾にする。途端にサクッサクッとなにかが鞄に刺さった……刺ーさーるーなー。人の登校鞄になんか刺さるもん投げつけるんじゃねえわ!

 見たらそれはクナイだった。

 ……おいおい、お邪魔帰宅部って忍者の末裔かなにかか。

 それからも、鎖鎌が飛んできたり……銃刀法いはーん! ボールが飛んできたり。

 それらを鞄、帰宅途中の生徒の荷物、グラウンド走り込み中の運動部を駆使して避けないといけなかった。

 ゼイゼイ……正門が見えてきた。

 あと一歩、あと一歩で帰れる……。

 気が緩んだ……そのときだった。


「はあっ!」

「のわあああっ!?」


 いきなり俺に正拳突きをかましてこようとする胴着の女から、俺は思いきりジャンプして避けた。

 物投げるならともかく暴力に訴えるのは駄目だろー!?


「なにすんですか!」

「……私が見込んだ通りね、桃李くん」


 その胴着の女は帰宅部部長だった。


「あなたには帰宅部レース全国大会に出られる素質があるわ! あなたのスタイリッシュかつ的確に状況判断をして物、人、場の空気を駆使してお邪魔帰宅部を避けながらゴールを目指す様。まさに匠の技よ!」

「なにを言っているのかちっともわからないので日本語で話してもらっていいですか????」

「とにかく! 目指せ帰宅部レース全国大会よ!」


 なにを言っているんだ、この女。

 俺は帰るったら帰る。

 俺は正門を通り抜けた……そのとき。


「エクセレエエエエエント!!」


 なぜか髭のアロハシャツのおっさんが感動でむせび泣いていた。


「今まで帰宅部レースの様々な生徒を見てきましたが、これだけスタイリッシュかつコメディータッチに突破した人は初めて見ましたよぉ。ぜひとも、その技を磨いて日本一を目指してくださぁい」

「はい、顧問! 私たち、やっと日本一の座を獲れそうですから!」


 帰宅部部長はキリッとして言っている。

 待てや。だから俺は家に帰るんだってば。そもそもこの顧問うちの学校の先生だったか。知らんのだけど。

 俺は回れ右して。逃げた。


「ああ! 桃李くん! 全国大会!」

「知ーりーまーせーんー! 勝手にしてくれ!」


 俺は帰る。なにがあっても必ず帰る。その誓いを胸に、俺は全速力で走り出したのだった。


<了>

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帰宅部レース 石田空 @soraisida

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