少女綾瀬の地球危機[クライシス]

瀬戸 来世

第1話 少女綾瀬の悲劇的遭遇[エンカウント]

私の名前は綾瀬空。13歳。東京住みで、得意科目は数学。よく愛嬌がないと言われるけれど、これでも愛想笑いは頑張ってる方だ。

……よし、それくらい自分のことは覚えてる。どうも、私はやっぱり夢なんか見てないらしい。


普段は冷静なはずの私がどうしてこんなにも取り乱してしまっているのか。それは、私が今何となくでやってみたことに起因する。


こういうのは大抵「話せば長くなるが」という前書きがありそうだが、今回はその限りではない。

私はついさっき、通学路で"なんとなく"横断歩道を渡る時に手を挙げてみた。それは素晴らしい行為だと思うし、身長が149cmとやや小柄な私にとって大切な行動であると胸を張って言える。


普段からそのような行動を心がけていたいが、やはり人間常に模範的には生きていられない。そこで、たまにはやってみようか……と、本当に思いつきで手を挙げてみたのだ。すると、私の手から一筋の光───いや、一筋と言うにはあまりに太すぎる光線が現れ、そのまま曇り空を割った。


私は呆然とした。というか、周りの人々はみな、その轟音に呆気にとられている。私は焦り、誤魔化そうとしたが、あそこまで派手にやってはごまかせない。そうして焦燥が極まると人はしゃがみこんでしまうらしく、今に至る。


どうか夢や幻の類であってくれ───などという願いは先程散ったばかりで、警察が今に駆けつけそうな勢いだ。多分、今頃射出点の杉並区どころか、その轟音の波は関東平野を舐め取るように伝播したことであろう。なんなら、もう北海道まで到達し、内浦湾の魚類が振動で湧いているかもしれない。北海道の冬の海がパリピなフロアと化してるなら、私はそれでも構わない……そう思いながら目をつぶって未だしゃがみこんでいた。


タウシュベツ川橋梁が崩れていないだろうか……そんな心配をしていたら、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。怪我人を出してしまったか?と慌てて目を開けると、そこには、パトカーがいた。ただ、私はそれにはあまり関心を示さなかった。それはなぜか。


その理由は、そのパトカーの上空に、ありえないほど大きな生物、らしき物体(見た目はほぼ鯨に近い)が浮遊していたからだ。その大きさは目安となる電信柱と比較してもやはり生物としてありえない大きさだ。

というか、ヤツの周りからは謎の煙が出ている。おいおい大丈夫か──────そう思って周りを見ても、誰もヤツのことなんか気にしちゃいない。


「私しか見えて……」そう呟いた瞬間、その怪物の尾が200mほど遠くのビルにぶち当たる。すると、ビルが崩壊する様子が見えた。人々はそれでやっと自体の25%ほどを把握する。"危ない"という共通認識は人々を逃げ出すよう駆り立てた。


私は、人々が逃げ惑う中、怪物の姿を直視していた。普段なら逃げ回る側に徹する、そんなことは重々分かっているし、性に合わないことだって分かっている。こういう時、長髪なら髪が靡いて格好も付いたのかな……なんて、少し無駄なことを考えてしまった自分が気持ち悪くて、そこからは何も考えず、右手の掌を怪物に向けた。


「……本当、月曜の朝から訳が分からないな」


右手から、やはり予想通り光線が放たれる。そのまま、怪物の中心を穿っていく。人々は、最初は私の事なんか見ちゃいなかった。ただ、その轟音と共に、こちらを一斉に向いて、"何が起こったのか分からない"と言った顔で阿呆みたいに口を開けて、青く丸い穴の空いた、大凡八割の曇天を見上げていた。


───それから、私はこの騒動の中心人物だという疑いから、パトカーに乗せられ、警視庁かどこかへ連れていかれる……のかと思っていたが、どうやらそれは見当違いだったようで、段々と都心から離れ、八王子だとか、多分そっちの方向に進んでいるような気がしていた。


それから2時間ほど車に揺られていたが、同乗者の誰もが口を開かないままで、無音のドライブというのはここまで居心地が悪いものなのかと、少し嫌な体験をした気分になった。


私は学校が嫌なので、何かしら理由をつけて休めるのは良いことだと思ってはいたのだが、だんだん無断欠席なんじゃないか、とか、ここまでやけに静かだと急に思考が現実に帰ってきてしまい、さきほどの超能力など、だんだん夢だったんじゃないかとすら思えてくる。


しかし、夢は再び覚めることとなる。

「……着いた、降りろ」

運転手の20歳くらいの若くて綺麗な女の人は、そのクールな見た目と口調には似合わないような可愛らしい声で、私を降りるように催促してきた。


同乗者の男たちも、何も言わずに一緒に降り、私が逃げ出さないか監視するように見ていた。

逃げ出したら何が起こるかわからないし、私は逃げ出す訳がないだろう……そうは思っていたが、万が一の事態すら避けようとするその姿勢には感服していた。


そうして、降りてすぐに目を引いたのは建物の前にある看板。そこに書かれていたのは……


「ここがM.対策・異能力者育成寮、通称"異寮"だ。詳しいことは後々話すが……M.については多少なり知ってるだろう?」


先程の若い女は、そのような意味のわからないことを言ったのち、慣れた手つきで煙草に火を付けた。箱には多分"セブンスター"と書かれているが、私にはそれがなんなのかが分からない。


「その……エムドットというのは」


私が聞くと、彼女はこう返した。


「さっき見ただろう。あれ、だ。」

「あぁ、あれ……」


多分この人とは話が続かない、そう思った。なんとなく、こういうさっさと会話が終わる方が気楽ではあるのだけれど、ここまで"未知"だと、もっと話が続いた方がありがたかったりする。なにより、話が弾まないせいで、特に何も聞けない。フレンドリーさは多少大事なんだな、と、反面教師的に自分の愛想のなさを治そうと決心した。


「ということで、君には、この地球の危機を救ってもらいたい。もちろん1人というわけじゃないから、安心して頂きたい。」そう言って、彼女は私に真顔で握手を求めてきた。


安心出来るところが1つもないじゃないか、私はそう思って、結構なため息を吐いた。

しかし、M.対策……そんな話はテレビでは聞いたことが無いし、SNSでだって全く見た事がない。なにか裏があるんだろうな、ということは子供の私にも十分分かる。


「……とりあえず、学校が無断欠席じゃないなら私はなんだっていいんだ」


どうでも良くなった私は、そんな冗談交じりの嘘をついて、苦笑しながら彼女の手を取った。

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