僕は君の憂いを呑みたい。

領収書の涼

普遍

「次の授業ってなんだっけ?」「確か社会社会。歴史だよー。」「うわミナセンじゃん。萎えた…。」

ほぼ毎日している日常的な会話が私の耳を抜けていく。ただのどこにでもいる私の、どこにでもある生活だ。別に特別不満があるわけでもない。むしろ幸せだ。グループは圧倒的陰キャグループだしスクールカーストも絶対高くないがその中でもお笑い枠でいれるし、それを笑ってくれる仲間にも恵まれている。

 「今日は南先生が体調不良でお休みです。そのため自習で。"絶対に静かにしろよ"。」

どうやら今日は先生が休みらしい。周囲は歓喜している人、すでに睡眠体制に入ってる人、真面目に勉強している人など本当にみんな自由だ。先生は一応教壇のところにいるがパソコンに熱中している。ちなみに別に私も真面目ではないから寝るタイプだ。早速寝ようと思ったとき、誰かに机を叩かれた。

 誰だよ!自習の時間なのになんなんだ。微妙な感情のまま叩かれた方を見てみた。そこにはクラスでそこそこ浮いているある意味有名人…涼風がいた。苗字がかっこいいから覚えていたがぶっちゃけ下の名前は憶えていない。

涼風君は心身ともに不器用で有名で、距離の近づけ方が急だから周りから浮いてしまいがちだと友達は言っていた。

「どうしたの、涼風君、なんかあった?」

周りからはかなり嫌われているが私は関わりもなかったし別に嫌いじゃなかったkら多少の愛想を込めて伺ってみた。

「あ、あのさ、数学の宿題で全然わからないところがあってよかったら教えてくれない…?」

 申し訳なさそうに私に聞いてきた。なぜ私なのだろうか…。だが別に問題もないし普通に返答した。

「あーいいよいいよ、任せろー。」

こうして私は涼風君に勉強を教えた。否、教えようとしたが。

「……わからない…。」

どれだけ教えても彼の頭には?が浮かんでいる。見た目に反してずいぶんバカなようだ。なかなか理解してもらえなかった。だが私のプライドに火が付いた。これは教え甲斐がありそうだ。20分くらいかけて徹底的に解説してみた。

「あ、そういうことか。やっとわかった…。本当にありがとう、和崎さんのおかげで多分偏差値上がったわ。」

「そんなんであがるわけないでしょう。」

会話をしていく内に少しずつ涼風君のことがわかってきた。とにかく勉強が苦手で、不器用だ。だがそれでも努力家で、どこか憎めない、そんな人だとも同時に思った。

「意外と涼風君って優しいんだね。」

ついついこんな言葉が出てしまった。涼風君は少し驚いた顔をしたが、すぐ微笑んだ。

「涼風君ってなんか遠くない?侑里でいいよ、侑里。」

突然の距離感の詰め方に戸惑う私。けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

「侑里……ね。じゃあ、侑里君。私は梓。好きに呼びたまえ。」

初めて彼の名前を口にした。

この涼風 侑里の存在についていろんな意味で理解してきた。

結局私の貴重な睡眠時間はすべて侑里の偏差値に捧げてしまった。だが心なしか寝ているときよりなんというか、落ち着けた気がする。


次の日、いつものように教室に入り席に着くと、すでに侑里がいて目が合った。昨日のことが少し照れくさくて目をそらしてしまった。侑里はそんな私に寄ってきた。

「おはよー梓。」

「あ、おはよー。」

何気ない会話を交わしていたが、ふと周りの視線が気になった。きっと侑里が人と親しげに会話しているのが物珍しいのだろう。まぁ別に気にならないけど。

 昼休み、私はいつものごとく友人と談笑していた。内容はやはり他愛のないものばかりだったが、どれも私の中では楽しくて、大切だった。

ふと私は侑里の存在が気になった。一体彼は昼休み何をしているのだろう。侑里に目を向ける。彼は一人で本を読んでいた。

 私は友達に用事があるといい、席を外し侑里のもとへ向かった。

「何よんでるんだー」

「えぁっな、なんでもない...よ?」

急に侑里がどもりはじめた。怪しい…。気になった私は無理やりのぞいてみた。

そこには「夏の葬列」と書いていた。確か中学2年生くらいで勉強した小説で、空襲と主人公のせいで大切な人やその家族を失った…そんなテイストの小説だった気がする。

「えーっと…なんかこう、戦争みたいな小説好きでさ。あっ、戦争がいいことだとは思わないよ?ただ、戦争によって得られたものって意外とすごいものなんじゃないか、みたいな。別に深い意味はないんだけど。」

正直わかってしまう自分がいた。

「確かに。人が生きた証ってこう、美しいよね。」

「え…。」

あれ、もしかして価値観違ったかな。思っていたことをただ話していたのだが。

「あっいやちがくて。わかるんだよ。ただみんなこの話をすると引いちゃって、それでこんな孤立しちゃったみたいなとこあるからさ。わかってくれたの、梓が初めて。」

本当にこの人は。きっと強い人だから孤立している話を笑い話にできるんだろうな。かっこいい人だ。

「引くわけない。素敵な考え方だよ。」

「ほんと?ありがと。」

この時の侑里の笑顔が私には特別なものに見えた。

もしかしたら私はこの人のことが好きなのかもしれない。

孤独に勝てるほど強くて、努力家で、それなのに不器用な涼風 侑里のことが。


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