希少性の原理。

 人間は需要に対して供給が少ない物をより欲しいと感じてしまう心理のこと。本来であれば自分にとってさほど必要ない物でも手に入りにくいと知ってしまった途端に購入したいという意欲に駆られる場合もある。

 これは恋愛にも当てはめることができるということで得た知識である。

 今、私はまさにその状態にいるのかもしれない。恭ちゃんは恋愛市場においてかなり価値があるらしい……!

 私が手放した途端に一斉に別の女子が押し寄せてくるような代物。

 あれから数日、なんとも言えない無念さが込み上げている。あやには現実と理想のギャップとやらを教えたつもりだったが再燃する恋、周りが見えていない乙女にそんな言葉は耳に入ってこない。現に私もあとから負け惜しみで言ったような一言だったかもと、モヤモヤした。


 ある日の放課後。

 あっ、恭ちゃんだ。トイレから出てきた。なんか未だに辛そうな表情。また声をかけてみよう。

「なんかまだ調子悪そうだね」

「真里。そうだね、最近、昼間に眠くなるんだよね。家に帰ったら直ぐに寝込むから寝不足ではないと思うんだけど、まだ寝足りないらしい」

「今日はバイトあるの?」

「ない。だから早く帰りたいけど、あんまり早く寝ちゃうと深夜に起きたりして生活リズムが」

「じゃあ、生活リズムを崩さないために今日は私と夕飯の時間くらいまで一緒にいようか」

「遊ぶって気分でもないんだよな〜」

「校内で時間潰すだけでもいいじゃん。私よく暗くなるまで学校内で喋ったりしているから全然苦じゃないよ」

 ということで比較的、人が少ない放課後の中庭にやって来たわけだけど、ベンチに座って何を話そう? 本人は既に下を向いて沈んでいる。

 と思ったらあれ、いやだ、恭ちゃんどこ見ているの? いきなり私のスカートを凝視している。そんなに見られると両足をしっかりと閉じねばと思う。やっぱり普段の私って行儀悪いのかな〜。

「やっぱ眠い。真里、膝枕たのむ」

 (えっ?)

 有無を言わさず恭ちゃんは私の膝、正確には左太ももに頭を乗せたのであった……。

 頭が真っ白になる。なんなの急に。

 よほど眠かったのか、早くもスヤスヤとした顔になっている。

 少し強い風が吹いて周りの木の葉が揺れる音がする。私の髪の毛もなびく。

(かわいい)

 いつもクールな恭ちゃんがそれを崩して無防備になっている。

 もう、私以外の女子にいきなりこんなことしたらダメだよ。

 するわけないか。だって私たち二人は……。

「付き合っているんだもんね」

 こんな穏やかな気持ちになったのいつぶり?

 私はこのまま時間が止まってもいいと思った永遠に。


「うんっ……あれ、いま何時?」

「あっ起きた。もうすぐ夕方五時。二時間くらいこのまんまだったよ」

「悪い、なんか俺、疲れていると普通はやらないこと平気でやっちゃんだよね」

「普通はやらないことか」

「えっ?」

「うんうん、なんでもない」

 起き上がる恭ちゃん。

「ありがとうな。真里」

 そのありがとうは、なんだが単純なありがとうじゃなくて、ものすごい深い意味が込められているように聞こえた。

 もしかしたら、別れのありがとう?

 そんなの、イヤ。

 

 ベンチから立ち上がって背伸びする恭ちゃん。

 私は一刻も早くこの不安を和らげてほしくて、ぎゅっと抱きしめてと無言でお願いしたけど、後ろを振り向いている彼がそんな私の気持ちなんて察するはずもなく。振り向いたところで気がつくのかも怪しい。

「帰るか。ちょっと予定より早いけど特になにもすることないし」

 帰りの電車内でも恭ちゃんは私の肩に頭を傾けて眠っていた。これも普通ならしないことか。

 周りの視線がすごい。きっと嫉妬も混じっている気がする。羨ましいって。

 次で私が降りる駅だけど、このまま恭ちゃんが降りる駅まで私も乗っていようかなと思った矢先、「マリじゃん」

 あやも同じ電車に乗っていたらしい。隣の車両から移動してきて声をかけてきた。もしかして一緒の電車に乗っていること知ってた?

「うん?」

 あやが声をかけたことにより恭ちゃんも目を覚ました。

「やっぱり彼氏、彼女がいるって良いよね。ただ電車に乗るだけでもそんな風に幸せそうなんだもん」

「そうだね」

「あっ、真里、悪い。また寝ていた」

 間もなくが降りる駅に到着すると車内アナウンスが流れる。

「あっ、真里と同じクラスの……えー」

「亜矢です」

 うそ、名前覚えていないの恭ちゃん。これまでほとんど接点が無かった、二年前の話とはいえ自分に告白してきた女子の名前を忘れてしまうものなのであろうか?

 しかも重ねて極上の美人。あやをここまであしらう恭ちゃん……さすが恋愛市場価値、上位三パーセントの男だ。ちなみにそんなデータはどこにもない。

「……さっ、マリ、降りよう」

 恭ちゃんだけが残った電車を見送る。音は過ぎ去り静かになった途端にあやが話しかけてくる。

「別れるんじゃなかったの?」

「ごめん。ご覧の通り本人にはその気はないらしくて。私だってどうしても別れたいって強い意志があるわけじゃないし、このままでもいいかなと思って。それにあやも言う通りやっぱり良いもんだよね。パートナーがいるって。それだけで電車に乗るのも楽しくなるし」

「そう。まぁ、頑張って」

 頑張ってってなにを頑張るのかよく分からなかった。

 あやは先にスタスタと歩いて行ってしまった。それ以上、特になにも言ってこなかったけど、胸にいちもつ抱えている気はした。

 私だって邪魔された気分だけど。

 でも今日の収穫ではあやの思うようなは必要はないということ。

 要は無理して付き合うということではない。

 だって、ついさっき、あんなにときめいたんだもん。これからも彼に付いていくのは間違った選択ではないはず。

(やっぱり私から変わらないとダメなのかな)

 決意みたいな感情がわいた。改めてこの人に決めたという決意。

 だから、私から変わらないといけないんだと思う。

 握りこぶしにして踏ん張り……見てろよ、磯村恭一郎、絶対にベタ惚れさせてやるからな!


 と気合いを注入した。

 ……私達、本当に付き合っているの? という疑問は未だ拭えない。


(了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私はもうあなたに決めたんだから! 浅川 @asakawa_69

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画