魔王サマ、ご帰還

藤浪保

第1話 魔王サマ、ご帰還

 俺は全瀬ぜんせ真央まお。日本の男子高校生だ。

 さっきまで学校で数学の授業を受けていたはずなんだが、まばたきをしたら、ホラーゲームの洋館にありそうな薄暗い部屋のバカでかいダイニングテーブルのお誕生日席に座っていた。

 えー、なにこれ。

 あ、わかった。夢か。なら授業の終わりまでは寝よう。


「あの」

「うわぁぁぁぁっ」

 突然横から話しかけられて、俺は椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。

 見るとすぐ真横に、黒い三つ揃えのスーツを着て片眼鏡モノクルを掛けた、銀髪の男が立っていた。片手を胸に当て、ほんの少しだけ腰を折っている。

 その顔を見た瞬間、俺の心臓が、ドクンと大きく鳴った。

「セバスチャン」

 俺が名を呼ぶと、セバスチャンはぱぁっと表情を明るくした。

「お帰りなさいませ、魔王様」


 魔王。

 その言葉を聞いた途端、俺は悟った。

 そうだ、俺の前世は魔王だった。俺は魔王だ。

 俺は魔王で……魔王で……えーと。

 いや、それ以外なんも思い出せないな?


「悪い。魔王だったこと以外何も覚えてない」

「何も問題ございません。魔王様が無事にご帰還下さっただけで十分でございます」

「いや、困るし。説明してよ」

「……」

 セバスチャンがにこやかな笑みをひっこめた。無表情になると妙な迫力がある。


 生意気すぎる言葉遣いだったか。そうだよな、セバスチャンの方が年上だもんな。前世が魔王だったからって調子に乗りすぎた。

「あ、いや……」

「もちろんご説明させていただきます」

 俺が謝ろうとすると、セバスチャンはにこーっと再び笑った。

「①わたくしと魔王様の馴れ初めから語りつくす七日間コース ②わたくしと魔王様の思い出を抜粋した三日間コース ③わたくしと魔王様のダイジェスト五時間コースがございますが、どれになさいますか? お薦めは①の七日間コースです」

「五分で」


「承知しました。では五分で……」

 心なしかしょんぼりとしたセバスチャンが、懐から大きな四角い箱を取り出して、テーブルの上にドンッと置いた。え、どうなってんの。マジックバックとか空間収納とかそういうやつ?

 そしてパチンと指を鳴らすと部屋の明かりが消えて、壁に影絵が投影された。なるほど映写機だったわけね。

 するとセバスチャンが歌い始めた。ミュージカルかよ。しかも無駄に声いいな。


「大陸の~西側べるは我らが魔王~♪」

「不っ死身の、無っ敵っの、我らが魔王~♪」

「人間を~いたぶり殺すぞ我らが魔王~♪」

「暴虐、殺戮、我らが魔王~♪」

「勇者の聖剣に貫かれど~♪」

「異界で魂癒しては~♪」

「何度~も何度~もよっみがえる~♪」

 セバスチャンが映写機の前で激しく踊るせいで、全然影絵が見えない。


「二十の年月としつき経た後に~♪」

「幾度~も幾度~もよっみがえる~♪」

「四天王とセバスチャンを従えて〜♪」

「世界を闇に陥らせ~♪」

「全ての命を根絶やしに~♪」

「あ〜あ、孤高の我らが魔王♪」

「あ〜あ、気高き〜、我らが〜、魔〜王〜〜♪」

 最後、ものすごーくビブラートを効かせて、セバスチャンの歌は終わった。


「おわかりいただけましたか」

「いや何もわからん。ていうかセバスチャンだけ名前が入ってるのな?」

 俺が指摘すると、セバスチャンは頬を染めて照れだした。

「それはもう、魔王様に頂戴した大切な名前ですから、魔王様の偉大さと共に未来永劫残しておかないと」

 お前が作詞者なんかい。薄々気づいてたけど。この分だと作曲もこいつか。

「でもさ、一人だけ個人の名前って、魔王おれより目立ってない?」

「はうわぁぁ!!」

 セバスチャンの顔面が崩れた。美形が台無しだ。


「で、魔王おれは勇者に負けて、異世界で魂を癒して戻って来たってこと?」

「魔王様は負けたわけではありません! 憎っくきあの勇者は、寝込みを襲った卑怯者です!」

「魔王城の守備を突破してきたんなら卑怯ではないだろ」

 城にいた部下たちを倒して来たんなら、そんな有事に呑気のんきに寝こけている魔王おれが悪い。

「その時、魔王様はお一人で外出中だったのです……」

 セバスチャンは悲壮な顔をした。魔王おれを守れなかったことを悔いているようだ。


「あれほど勇者の村の近くには出向かないで頂きたいと申し上げたのに」

 ああ、自分から行ったのか。

「ケットシーに化けて昼寝なんてなさるから、毛皮目当てに狩られることになるんですよ」

 ん?

「なんで猫の姿で昼寝? 勇者を倒しに行ったんじゃ?」

「いえ、日向ぼっこに理想的な木の枝を見つけたとかで」

 日向ぼっこ目当て……!

 何やってんだよ魔王おれ!!


「毛皮目当てって、勇者は魔王だって知らなかったのか?」

「ええ、なにせその時勇者は八歳でしたし」

「子供!!」

「その前はゴブリンと仲良くなったとかで宴会後に酔いつぶれている所を襲われ」

 ゴブリンと間違われて巣穴ごと討伐されたんだろうなぁ。

「スライムの姿でどこまで巨大化できるか挑戦中に満腹で動けない所を襲われ」

 食うと膨らむんか。

「渦潮でサーフィンしてくると仰ってそのまま渦に呑まれたこともありました」

 もはや勇者関係ない。


「我ながら毎度間抜けな死に方だが、まあ、記憶がないんじゃ反省もできないか」

 そう言うと、セバスチャンが、つつーっと視線を逸らした。

「毎回記憶がないんだよな?」

 セバスチャンの顔をのぞき込むが、尚も視線を逸らされ続ける。

「まさか、記憶ないの今回だけ? しかも原因知ってる?」

 セバスチャンは視線を(略)

「セバスチャン?」

「大変申し訳ありませんでした!!」

 セバスチャンがスライディング土下座した。


「魔王様お会いしたさに我慢しきれず、お呼びすればいいかなー……と」

「召喚したってこと?」

「はい。いつもはご自身で渡って来られるのですが」

「召喚されると記憶がなくなるのか?」

「いえ、おそらく、時期尚早だったのでは、と」

「あ!」

 

 さっきセバスチャンは「二十の年月」と歌っていた。

 俺はまだ十七歳だ。魂が癒えきっていなくて記憶が戻っていないのか。

「マジかー……」

 俺は頭をかかえた。

「申し訳ございません!」

 魔王の自覚だけはあるが、中身は高校生でしかないわけで、正直「魔王」をやれる気がしない。部下を従えて人間と戦争とか無理だろ。

 でも――。

「まあいっか」

 なんとかなるだろ。


「さすが魔王様です。お変わりなくて安心しました」

 いや、それは全然嬉しくない。死因を聞くに前世以前の魔王おれは間抜けすぎる。

「見た目は全然違うよな?」

 もっとムキムキしていた気がする。記憶はないからなんとなくだけど。

「今回の魔王様も素敵です」

「そうか。ならまあ――」

「ポスターにブロマイド、フィギュアにアクリルスタンドアクスタ……忙しくなりますね!」

「なんて?」

「あ」

 セバスチャンが自分の口を塞ぐがもう遅い。


魔王おれのグッズ展開されてんの?」

「えーーーっと……」

 再びセバスチャンが視線を逸らす。

 その左手がふところを押さえているのを俺は見逃さなかった。

魔王おれ公認なのか?」

「もちろんです!」

 マジか。俺なら絶対許さないと思うんだけどな。

 あー、でもさっき聞いた死因の感じだとそうなのかも。

「とりあえず出せ」

「はい……」

 セバスチャンが内ポケットに手を入れた。

 すると出てくる出てくる。ダイニングテーブルの上があっという間に埋まった。


 さっき言っていたポスターやらフィギュアやらの他、縫いぐるみやら下敷きやらトレカやらTシャツやら果ては抱き枕まで。

 多いな!

 描かれている姿は髪型や服装が違うものの似たりよったりで、どれも予想通りガッツリ鍛えている大人の男だ。今の俺とは似ても似つかない。

 見てもピンとこないのは……記憶がないからだよな。

 記憶が戻ったら俺も鍛えてこうなるんだろうか。いや、無理じゃね……?

 自分の顔から下だけがガチムキになってるのを想像して、ないわー、と思った。


「なあ、なんでこれだけヘタってんだ?」

 他はピカピカなのに歴代の抱き枕だけ使用感がある。

「毎晩ご一緒しているからに決まってるじゃないですか!」

 セバスチャンが抱き枕をぎゅっと抱き締めたので、俺はそれをペイっと取り上げた。

「あああー!!」

「他はいいけど枕はダメだ」

 なんかヤダ。

「そんなーー!!」

 全て部屋の隅へと追いやる。


「あと、新作を作るのもナシな」

「なん……だと……」

 セバスチャンは絶望に染まりきった顔をした。

「そこをなんとか」

「嫌だ」

「魔王様っ!!」

 滂沱ぼうだの涙を流してすがり付いてくるが知らん。グッズになるなんてごめんだ。


「あと、魔王が復活したのもしばらく内緒な」

 トップの記憶がないのは混乱の元だ。落ち着くまではこのままにしておきたい。

「え?」

「え?」

「もう国中にお触れを出してしまいました」

「いつの間に」

 さっき俺がこっちに来てからずっと隣にいなかったか。さすが魔王の側近と言うべきか。仕事が早い。

「いえ、今からお呼びしますよ、と」

 見切り発車かよ!


「通達してしまったものは仕方がない。失敗したとでも言って、なかったことにしろ。無理だとしても俺は人前には出ない」

「あー……」

 セバスチャンが意味ありげな顔をした。

 なんだよ、まだなんかあるのか。

「もう遅いかもしれません」

「だから何が――」

 突然、バァンッ、と激しい音を立てて部屋の扉が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王サマ、ご帰還 藤浪保 @fujinami-tamotsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画