◯◯から見た人は、人から見たエルフのようなものだ
卯月 幾哉
この命が悠久の糧となりますように
――これはおそらく、あなた方が知らない世界の物語だ。
†
『今までありがとうな』
病魔の苦痛にあえぐ私に、ご主人様がエルフ語で語りかけた。
「もったいないお言葉です」
通じないことはわかっていたが、私はヒトの言葉で応えた。――エルフの言語は複雑すぎて、私には発声することができない。
私は今、死に
†
これは、ある素晴らしいエルフの一家に
私の名は「ハナ」――もちろん、ご主人様にいただいた名前さ。
この世界では、時間の流れがとてもゆっくりだ。
私たちヒトは長いもので百年ほど生きるが、季節が一つ進むまでに二年近くもかかる。
一方、エルフの寿命はとても長い。なんでも、長生きなエルフは六百年以上も生きることがあるというのだ。
その長寿こそ、彼らがこの惑星を
この世界では、エルフはヒトより
私がよぼよぼのお
それでも、エルフは決して不死ではない。
私はこの短い
†
『ハナ、死んじゃ嫌だよ……!』
ミレーが私の背中を抱き、涙を流している。ミレーは、ご主人様の
「ミレー、幸せにおなり……」
私は
ミレーと私は、実の姉妹のようにして育った。
彼女と同じ時を歩むことができたのは、私の生涯のなかで最大の
初めて出逢ったときは、お互い小さな子どもだった。
幼い日のミレーはお
それが今では、片や死にかけの
もう彼女ともご主人様とも、一緒にあの並木道を散歩したり、公園を走り回ったりすることはできない。それは悲しく、
†
私は元々、この家で生まれたわけではない。
私が生まれたのは、ご主人様の友人のエルフの家だ。そして、幼い頃にご主人様に引き取られた。
それ以前の私にはヒトとしての家族もいたが、ご主人様の元に来てからは
さて、私たちヒトは夢の中で知識を獲得する。
夢には私の先祖を名乗るヒトが数多く現れ、入れ替わり立ち替わり、私のヒトとしての在り方や、エルフとの関わり方を教授してくれるのだ。私はこれを〝祖先の血〟と呼んでいる。
その〝祖先の血〟の教えによれば、私の
まずエルフの家で愛情を注がれて生まれたこと。それ自体が非常に幸運らしい。
同胞の中には、狭苦しい
……エルフに逆らう者などいないよ。彼らはこの地上の支配者なのだから。
――遠い遠い昔は、ヒトとエルフはもう少し対等に近い関係だったそうだけど……まあ、今はその話は置いておこう。
めでたくエルフに仕える幸運を勝ち得たヒトには、ある
なぜ私がその処置を
結婚? ……うーん。あなた方が想像するものとは異なるだろうな。
夫とは、あの一度の交わりだけの関係だったよ。
驚いたかい? この世界では、ヒトとはそうやって生きているんだよ。
私が産んだ五人の子供たちの内、家族として共に暮らせたのは一人の息子だけだ。残りの四人も、きっとどこかで元気に暮らしていることだろう。ああ、そうさ。幼い日の私と同じように、残りの子たちはそれぞれの進路に旅立ったんだよ。
……ちなみに、息子には子供を作ることは許されなかった。
†
私はかろうじて自由に動かせる眼球をぐるりと動かして、息子の姿を探した。
……いた。
トール――この家で一番小さなエルフ――に背を
あのきかん坊のコウタが、いつになく神妙な顔をしているのが
いかんいかん。笑うと体が痛むんだった。
コウタもあれで、もういい年なんだ。あと二十年も生きられまい。
その隣のトールはといえば、こちらも案外、落ち着いていた。彼が「家族」の死に接するのはこれが初めてではない。……が、前回は幼すぎたかもしれない。
もしも私の死を通して、彼が何かを学ぶところがあるとすれば、この命も
(――あとは頼むよ……)
(あぁ……任せておけ)
私はコウタと視線だけで会話をした。
長く生きたヒト同士だけが使える、ちょっとした特殊能力ってやつだ。
『ハナ、
『ミレー、もう楽にさせてあげなさい』
いよいよ命の灯火が残り少なくなって、ミレーが私をいっそう強く
「……」
私には、もう声が出せなかった。
――あなたの生はこれからまだ何百年も続くのだから、私のことは忘れて、前を向いて生きていきなさい。
ミレーに、そう言ってあげたかった。
でも、きっと大丈夫だ。だって、こんなにも素晴らしい家族に囲まれて生きているのだから。
ミレーに、この家族に、すべてのエルフに幸あれ。
――こうして私は、ご主人様とその素晴らしき家族に見守られながら、天寿を全うした。
(了)
────────────────────────────────────
【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
この小説に込めた思いなどについて、近況ノートに記事を投稿しました。
あわせてご覧いただければ幸いです。
◯◯から見た人は、人から見たエルフのようなものだ 卯月 幾哉 @uduki-ikuya
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