帰ることって、幸せなのかな。

仁志隆生

帰ることって、幸せなのかな。

 正月休みの事。

 俺はとあるモール街の映画館に行った。

 

 あの映画ほんとよかった。

 ネットで見たらちゃんと原作小説をリスペクトされてるってあったけど、それ読ん

でねえや。

 そうだ、ここ本屋もあったよな、買って行こう。 



 ウィンドウショッピングしながら本屋に着くと、目当ての本は店頭にいっぱい置かれていた。

 それを手に取り、そういや今日は書籍化された好きなWEB小説の発売日だったって思い出した。

 一見すると異世界から来た美少女と人を探しになんだけど、そこに込められたもんが……なんて思いながらラノベコーナーへ行くと、


「ほう。異世界へ行くって話がこんなにあるんかい? こりゃまた凄いわ」

 本棚を見ながらそんな事呟いている紋付袴姿の爺さんがいた。

 すげえ場違いって言ったら悪いが、なんでまた?

 あ、お孫さんにでも買ってあげようとしてんのかな。


「お、ちょっと尋ねたいのだが、よろしいかな?」

 爺さんは俺を見た途端そう言ってきた。

「え、ええなんですか?」

「いや本を買おうと思ったんだが、題名が思い出せなくてなあ。えっと……」

 爺さんが語った登場人物の名前やキーワードを聞いたら、俺が買おうと思った本だと分かった。

「ああ、それならこれですよ」

 と思って指したら、どうやら最後の一冊……。

「おお、思い出したわ。たしかにこの題名だった」

「よかったですね。あの、お孫さんにですか?」

「いや、ひ孫にだよ」

「え? うわ、そんなお歳に見えませんよ」

 思わずそう言ってしまった。

 爺さんには違いないがそこまで年寄りにも見えなかったし。


「そうかい。儂もまだまだ若いのかな」

 爺さんが笑みを浮かべて言った。


「はは。あ、それじゃこれで」

「あ、悪いがもう少し教えてもらえんかなあ?」

「はい?」

「いやな、儂って実は長い事よその国におったんで、どうも勝手が分からんのだよ」

「え、そうだったんですか」

「そうなんだよ。見ていると買い物の仕方も変わっとるし……本屋は昔通りでいけるかのう?」

「えっと、どのくらい昔か知りませんが普通にレジに持ってけばいけますよ」

 てか外国も似たようなもんじゃねえのか? 


「おお、そうかそうか。ありがとう。では」

 爺さんは礼を言った後、レジの方へと歩いて行った。


 大丈夫かあの爺さん? てかお子さんかお孫さんとでも来ればよかったのに……って本買いそびれた。まあいいや。


 俺もレジに行くと、爺さんは普通に買えたのかもういなかった。

 映画原作小説を買い、そろそろ帰ろうと出口へ向かった。



 さっきの爺さんが出口付近でなんかキョロキョロしていた。

 ……ほっといたらヤバそうだから、もう可能な限り面倒見るか。


「あの、どうかされたのですか?」

 俺が声をかけると、

「ん? おお、さっきの青年。いや茶店でもないかなあって」

「たぶん思ってるようなのはないですよ。コーヒーショップならそこにありますけど」

 俺は近くのテナントを指した。

「あ、なんだあれか。すまんなあ……そうだ、お礼におごるから一緒に来てくれんかな?」

「……ええ、ご馳走になります」

 注文の仕方は戸惑ってたので、俺がしてあげて席に。


「おお、このコーヒー美味いな。向こうのとはまた違うわ」

 爺さんがホットコーヒーをゆっくり味わいながら言った。

「はは。しかしおひとりでって、誰かと来ればよかったのに」

「そうすればよかったわ。だがもう八十年ぶりの日本なんで、ちょいと一人で見たかったんでな」


「へえ……えええええ!?」

 八十年ぶりってあんたそれ、戦前か終戦直後だろ!?

 てかこの爺さん何歳だよ!?


「ああ、儂これでも百歳だよ」

「うええええ!?」

 いや、爺さんには違いないが七十代くらいかと思った!

 というかそんな爺さん一人にすんなあ!


「青年、呟き聞こえとるぞ」

 爺さんがニヤリとしながら言う。


「え、あ、すみません」

 俺はヤバって思いながら頭を下げた。

「いやいや、儂も世話になってるんだしな。それに家はすぐ近くのとこなんで、帰りは大丈夫だよ」

「あ、そうなんですね」

 すぐ近くって言ったら道路を挟んだ向こうにあるマンションだろうな。

 それなら迷わんな。


 その後、爺さんになんで外国にいたか聞いたら戦時中に乗っていた船から落ちて海に流されたが、運よくその国の陸に辿り着けたそうだ。

 そして誰か人がいないかと探していて会えたのが後の奥さんだとか。

 奥さんに今は風当たりが強いからほとぼりが冷めるまで現地人のフリしてろって言われたそうで、そうしていて気がついたら奥さんと結婚してお子さんやお孫さん、ひ孫さんまで出来てもうすっかり故郷の事を忘れかけていたが、ふと置いてきた妹さんの事を思い出したのをきっかけに故郷の事を後から後から思い出し、それで帰りたくなったそうだ。

 

「それ聞いたひ孫があっちこっち駆けずり回ってくれてなあ。出国制限もあったがなんとかなって、ひ孫に連れられて日本に帰ってこれたんだよ」

 爺さんは目を潤ませて言った。

「ほんとよかったですね。ひ孫さんもすっごいひいおじいさん思いの人ですね」

「ああそうだよ、それと妹探そうと思ったがはてどうしたらいいべと町ん中歩いてたらなあ、青年みたいに声かけてくれた人がいたんだ。聞けば探偵さんでじゃあ探してあげるってなんとタダでやってくれたんだ」


「うわ、なんか話がうますぎですけど、大丈夫でしたか?」

「ああ。そんで調べてくれたらなんと、その探偵さんは妹のひ孫だったんだよ」

「うおおっ!」

 なんちゅう出来過ぎた偶然だよ!

「おかげで妹とも会えたし、儂らの幼馴染でもある妹のダンナとも会えてもう号泣しちまったわ」

「そりゃ泣きますよね、もう会えなかったかもだし」

「ああ。古い友達も何人かは健在だったし、ほんとよかったわ……」

 爺さんは涙を拭って言った。


 

 その後、

「すまんなあ、ここまで着いてきてもらって」

 俺はマンションの手前まで一緒に来た。

「いえいえ。じゃあ僕はここで」

「ほんとありがとなあ、じゃあ」

 爺さんは俺の手を取って言った後、マンションの中に入っていった。


 

 ……あの爺さんは帰ってこれたけど、もしかすると帰れなかった人もいたんだろなあ。

 ……いや、それはあの時だけじゃなく今もそうだ。

 何かの理由で帰れず泣いてる人がいるかもしれない。


「……帰れるって、もしかすると幸せな事なのかもな」

 そう思いながら俺は自分の帰る場所へと歩いて行った。

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帰ることって、幸せなのかな。 仁志隆生 @ryuseienbu

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