第2話 つうか、むしろ、ピンピンしてんだろ!

〔勇者アリエル side〕


 憧れのエルフに会うため、遠路遥々、噂をたどって、ここまでやってきたってぇのに……。


 まるで相手にしてもらえなかった。


 まさかの門前払い。


 実力を見せる機会はおろか、碌に話をする機会すらもらえないなんて。


 あんなにも人族が、エルフから侮られていたなんて、知らなかった。


 別にあたしが女だからってわけじゃねえよな? だいいち相手も相手だったわけだし。


 はあ、なりたてとはいえ、これでも一応、勇者なのになぁ〜。


 誰かしら一人くらいは仲間になってくれるんじゃないかと踏んでたんだけど。甘かったか。


 せめて、一目でいいから聖樹様にお目に掛かりたかったぁ。


 まあ、愚痴ってても、しょうがねえや。少しずつ名声を得ていくっきゃない。


 うん、あきらめねえぞ! いつか、きっと。


 そうだ。せっかく、ここまで来たんだ。もっと近くで世界樹を拝んでから帰ろう。


 にしても、ふふふ。あれが木とはね。


 近づくほど度肝抜かれっ放しだったけど。やっぱでっけえ。まさに御神木って感じ。まあ、当然か。


 あれっ!? そういや随分深く進んじまったけど……これって、まずくねえか?


 行きはでっかい目標があったから平気だったけど、もしかして、帰りに迷うんじゃ?


 うっ、散々さまよった挙げ句、「帰り道、教えて」なんて泣きついた日にゃ、一巻の終わりだ。この先どんな名声得たとしても、仲間になってくれるエルフなんていなくなるっての! ああ、絶対だね。


 それにしても、えらく魔素の濃い森だな。


 んっ、なんだ!? この感覚。どこかで……あ、似てる! おいおい、まさかこんなところでか?


 ありえねえ。こんなにも世界樹に近いところで、魔物の気配とか!? それも、こりゃあ、ただの魔物なんかじゃねえぞ。


 それに、なんだ? 他にも!? いや、それより今はこっちだ。この異常なまでの魔力波動──やたら大人数で魔術発動……しようとしてんのか?


 王都で見た戦術規模の儀式魔術みてえに……いや、あんなのの比じゃ……あ、これって、もしかして魔法か!? 魔法ってやつか!


 どこだ? あの先か!


 嘘うそっ、どうなってんだよ!? あの厚みは? ……あれも魔法陣の一種なのか?! にしたって、程ってもんがあるだろうに。


 それも、虹色の魔力光って!? あんなの見たことない。いったい何属性で展開してる?


 ば、馬鹿げてる。こんなの絶対ありえない。


 おとぎ話でしか聞いたことのない、魔王みてえのがいやがる上に、世界滅亡まで秒読み段階ってか!? 勘弁しろよな。


 いや、あきらめちゃ、だめだ。まだ、間に合う。


 あれほど大規模な魔法陣だ。いかに魔王とて、制御には相当な集中がいるはず。


 今なら殺れる! 背後からなら、殺れる!!


 かっ飛べっ! 『【瞬動ヘルメス】』──発動キーを念じ、レガースの魔導具に魔素をたっぷり注ぎ込む。全力全開の瞬動で、めいっぱいの加速。


 次の瞬間、猛烈な勢いで、景色を置き去りにする。と同時に、魔術詠唱も始める。


「あはははは!」


 近い。高笑いが聞こえてきた。


 くっ、笑ってられるのも今のうちだ。


 よしっ! うまく背後に回り込めた。えっ!? 隙だらけ? この間抜けめっ!!


 すかさず奥義「【冥界龍帝斬】!」──冥界の覇者、闇の龍帝をも切り裂くイメージで鍛え上げた斬撃で、敵に襲いかかる。


 ザン! という音と手応えに遅れず、袈裟懸けに斬り裂いた魔王の上半身が、剣撃の勢いのまま、すっ飛んでいった。


 し、しまったぁ! つい技名叫んじまった。あっぶねぇ。あやうく相手に気取られるところだった。気分が乗りすぎると、いつもこれだ。【言霊】と、ごっちゃになっちまう。


 でも、なんとか魔術の詠唱効果も途切れずに済んだか。もっと集中しなきゃ。


「ふはははは!」


 再びの高笑い。くっ、この程度じゃ、さすがに殺せやしねえか。


 間髪容れず、素早く大地を蹴って、また奴の背後へ。


 動きながら辛くも詠唱を続けていた呪文がやっと紡ぎ終わる。


 食らえ! 「【インフェルノフレイム】」──編み上げた言霊と共に、煉獄の炎もかくや、大火炎魔術が辺り一帯を焼き尽くす。


「ひっ!」


 笛のような短い音が辺りに響いた。


 煙る中、炎が消えるのを待たず、続けざまに奥義を繰り出す。


 今度は失敗しねえ。心の中で『【百裂斬】』と念じ、奴の気配を頼りに奥義を放つ──無数の剣の刃が、骨もろとも肉をこま切れに断裁し、サイコロを量産していく。


 なっ!? おかしい。首に斬りかかったはず。なのに、もっとでかい物を切ったような感触……やな予感。


 初撃にしたって変だった。手応えが……。


「ざっ!」


 やはり、まだ!?


 魔物相手にゃ、やっぱ、これっきゃねえのか?


 【破魔のネックレス】に蓄えた神聖魔力を全解放してやるしか。もらったばっかの勇者の証、みせてやる!


「【セークリッド・サンダー】」──邪悪な存在を祓うがごとく、祈祷によって解き放たれた聖なる雷が荒れ狂う。


「まっ!」


 なにっ!? これでもだめって、そんな……。


 飲み込んだ唾が、いやに喉に染みた。


 残された手段は……あと一つ。


 餞別の品だけど。ぐっ、仕方ねえ。


 剣を切り替え、すかさず「【金剛重潰撃】」──発動キーと共に、土属性剣から解放されるおびただしい魔力! 具現化された金剛石の塊。


 周囲を覆い尽くさんばかりの巨大な岩石が、剣先に現れ、敵を押しつぶしていく。


「ずけ!」


 ま、まだ!?


 噛みしめた唇から広がる血の味──まずい。


 その瞬間、閃いた。閃いてしまった! 『ひ・ざ・ま・ずけ』だとぉぉーーーっ!!


 やばっ、呪韻か!? 呪縛する気だ。


 んっ!? いや、動ける。なにも、変化は……ないか?


 だが、こちらも打つ手がねえ。くっ、他に何か……。


「…………ひ、必殺のぉ〜」


 とりあえず、技を放つそぶりをしたものの、そのまま途方に暮れた。


「やめろっつってんだろ! この馬鹿!!」


 突然の怒鳴り声に対し、「馬鹿はてめえだ! にゃっ!? ……」と、反射的に言い返したものの……動けなくなった。


 だってぇ、振り返った奴は、男だったんだもん。いや、その……ほら、あそこが。ぶら下がってるあそこが。うっわぁ、さすが魔王というだけあって────────────────────────────────────────────────んっ!? やはり呪縛の類だったか?


 奴が死ねとかどうとか喚いた瞬間、なんか呪縛が解けたみたい。あ、危なかったぁ。


 にしても、あれほど斬って、燃やして、挙げ句の果てには潰してやったってのに、いっこうに「死んでないし、死ぬようにも見えねえ」


 あれっ!? ほんとだ。自分で言っててなんだけど──「つうか、むしろ、ピンピンしてんだろ! 傷だって治ってるじゃんか」


 おいおいっ、魔王ともなると、ここまで不死身なのか?


 あ、なんかよく見ると、意外に若い。肌もきれい! むぅ、魔王のくせに……ムカつく。


「あれ?! 斬られた……よな?」


 なに言ってやがる? 痴呆かっての。


 あたしと大して変わらない見た目のくせに……あ、魔族だから、見た目じゃ判断できないのかも!? もしかすると、えらく爺だったりして。


 いや、それよか今は、どうにか時間稼ぎしねえと──「ふんっ! 必殺のぉ〜」


「だから、やめろっての!」


 うっせぇ。次の手が考えらんねえだろうが……。


 ん!? そういや、奴の魔法はどうなった? なんとか止められたのか?


 こうなったら、隙をついて、いったん引くか? いや、だめだ。目を離した隙に、今度は何しでかすか分かったもんじゃない。


 このまま放っておいたら、さすがにまずい──「魔王、死すべし!」


「魔王じゃねえっての!」


 ふん、魔王じゃないなら、なんだって言うんだ。


 おっ、でも、とっさに叫んで正解か!? なんか怯んでる? なら──「魔王、滅ぶべし!」


「人の話を聞けよ! まったく」


「おっ、おまえは人じゃないだろうがっ!!」


「人ですぅ!!」


 おいおい、どの口で抜かす?


 姿形ばっか、格好良さげな男に化けやがって。つうかそれで、本気でバレないとでも思ってんのか? こいつ、なんなんだよ!? ──「人に、あんな魔力扱えるわけないだろうがっ!」


「そもそもが、俺の力じゃねえっての」


 借り物の力だと? これほどの魔力を扱える奴が、下っ端だとでもいうのか? ──「なっ、馬鹿な!? まさか、もっと凶悪な奴が……背後に、いるのか?」


 そういや、さっきも……変な……。


「あぁーんもおぅ、とにかく。近くに俺が厄介になってる村里があるから、とりあえず付いてきな。えっと……おまえ、名前は?」


 ふっ、なにを馬鹿な──「魔王に名乗る名なんて……あっ! 村人を人質に取るつもりか!?」


 なんて奴だ! これほど圧倒的な力がありながら、まだ弱者を盾にするつもりか? 卑怯にも程が。


「えっとな……俺は伊藤 崇だ。【いとう】が苗字で、【たかし】が名前な。ほらっ、俺は名乗ったからな」


 苗字? ああ、家名持ちってことか。


 しかし、変わった名だ。もしかして【真名まな】ってやつか? ん、呪い!? 隷属させる気か!? 魔王を真名で呼ぶのは危険かも。念のため──「ふんっ、(仮)魔王タカシ……なんちゃらよ。あたしは勇者、アリエルだっ!」


 しまったぁ〜。余計なこと考えてたら、つい、こちらの素性を明かしちまった。


「もういいから、付いてこいって! 里の人たちに俺の素性を証言してもらうからぁ〜」


 ははん。さては、どこかに仕掛けた罠へ誘い込むつもりだな。その手に乗るか──「嘘言うな! この近くにはエルフの集落しかないはずだぞっ!!」


「はい正解、その通り。そのエルフの集落が、俺が今住んでるところだからね」


「はん! 語るに落ちたな。あたしでも門前払いだったのに。ましてや魔王なんかをエルフが受け入れるはずがない!!」


 いや、待てよ。聖樹様の御力をお借りすれば。そうだ! 【エルフの郷】まで巧く誘い込もう。共闘すれば、まだ勝機はある。


「黙って付いてこいや」


 しっかし、こいつ。これほど優位な立場にあるというのに、なにをこんなに苛立ってる? こめかめに青筋まで立てやがって。


「よかろう。だが、エルフに何か良からぬ事をしようとしたら、その場で叩っ斬るからな!」


 ん!? どうした? 思わせぶりに辺りを見回しやがって……。こちらの隙でもこうって腹か?


 別に何も仕掛けてこない……か。


 今の動作に、いったい何の意味が? 訳のわかんねえことしやがって。


「お〜い、置いてくぞ〜」


 ふん、まあいい。目に物見せてくれる。


 絶対に一泡吹かせてやるからな。魔王め、覚悟してろよ。

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2025年1月9日 12:42

バインド・アストラル△▼小さな光を集めてみよう 森 樹理 @jurijuriforest

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