第23話 所詮俺たちは親友キャラ

 休みも明け、昨日も昨日とて正華の家に泊まっていた俺は、ちょうど30分前に家に戻った。


 一応匂いを消すために風呂に入り、そそくさと制服を着替えて外に出てみれば、どこか頬を赤く染めた水城がそこにいた。


「おはよ」

「お、おう……おはよ……」


 なにをそんなに恥ずかしがっているのかは知らんが、どうせ五月女さん関連なのだろう。


「どした?この休日になんかあったか?」


 白々しいと言わんばかりに紡ぎ、鍵を閉めて水城の隣に立つ。


「い、いやぁ……なんというか、すごい夜過ごしたなぁ……って」


 なるほど惚気か。


 隠す気のない言葉とニヤついた顔。

 どこをどう見ても惚気としか捉えることのできないその姿から顔を背け、抑揚のない声でボソッと口を開く。


「童貞でも捨てたか?」

「……っ!?」


 まるで『なんで気付いた!?』と言わんばかりのその言葉の詰まらせ方に失笑すら湧きそうになるが、水城が肩を掴んだ事によって阻止されてしまった。


「な、なんで……!分かって――って違う!お、俺は捨ててなんて……!!」

「分かりやすすぎだろお前。嘘つくならもっと平常心保てよ」

「た、保てるかよ……!だ、だって見破られて――じゃなくて!見破られていない!」

「はぁ……。そっすか」


 是が非でも認めたくないらしい。

 ブンブンと肩を振り回し、荒げた声で言ってくる。


 別にここで事実を言ってもいい。

『あのコンビニ、実は俺いました』って。


 そうすれば水城のもっと面白い姿も見られるだろうし、なにがあったかを白状もしてくれるだろうし。


「そ、そんなことよりも!絢斗はこの休日なにしてたんだ!?」

「んな大声で言わんでも聞こえる……」

「男は元気が大切だからな!んでなにがあった!」


 でも、俺がここで本当のことを言うつもりはない。


 理由なんていっぱいあるが、第一は俺と正華の関係をバラすわけにはいかないから。


 もしここで『俺と正華、実はセフレです』なんてことを言ってみろ。


 独壇場だった主人公とヒロインの舞台にヒビが入ってしまう。


 俺達を気遣うよりも、親友同士がセフレだったというショックが大きく、2人のラブコメが破綻へと向かうかもしれない。


 もちろんこの事は昨日正華と話し合って、口裏を合わせている。


「あ、絢斗もちゃんと動けよ!」

「ん?この休日動くとこ行ったのか?」

「え、あ、えー……っと、いや!行ってない!」

「その反応は無理あるだろ」

「行ってないったら行ってない!」

「そっすか」


 勝手に自滅して勝手に騒ぐ水城から、ついこの前2人がぶつかった街角へと目を向ける。


 流石に二度目ともなれば水城も警戒しているようで、ブロック塀から離れて歩いていた。


「意図的にぶつからないのか?」

「ぶつかるか!結衣を傷つけるなんて彼氏としてあるまじき行動だぞ!」

「それはまぁそうだけど。守ってあげればなんの問題もないのでは?」

「自作自演なんて悪趣味な真似はしない!」

「そっすか」


 やっぱりこいつはどこまで行っても主人公だ。

 俺が水城の立場なら絶対に自作自演の道を選んで、彼女の好感度を上げに行っていると思う。


 でもまぁ、言われてみれば確かに、自分の手で怪我させて楽しいとは思わないな。

 自分の手で苦しむ正華の顔は見てて楽しいんだが、痛がる姿は別に欲していない。


「そういや水城。テスト勉強大丈夫なのか?」

「…………今日の放課後、空いていますでしょうか……」


 俺の言葉が相当効いたのだろう。

 先ほどまでの威勢をどこかへ蹴り飛ばし、小さくなった声とともに深々と頭を下げてきた。


「空いてるけど、俺でいいのか?五月女さんいるだろ」

「そ、それはそうなんだけど……やっぱり1人の力でやり遂げたいじゃん?」

「ひとりじゃないけど」

「こ、これはあれ。言葉の綾ってやつ……。つまりは彼女に頼らずにやり遂げたいってことで……」

「はぁ。まぁ俺はいいけど、その彼女さんはなんて言うかな?

「え?」


 水城の唖然とした声が上がると同時に、例の街角からはハーフアップに髪を結んだ五月女さんが姿を現した。


 なんでハーフアップなのかは知らんが、過去に水城が『ハーフアップが好き』と言っていた気もする。


 土曜日に約束でもしたのか?なんていう推理を立てる俺なんて他所に、水城の前に立った五月女さんは、腰の前で力強くカバンを握った。


「私、今日の放課後、空いてるよ?」

「な、なんで聞いて……」

「地獄耳で評判がいいから。それで?私が頼りないって?」

「言ってないよ!?頼り甲斐がありすぎて、自分1人でも頑張らなくちゃいけないなぁって!思っただけだから!!」

「ふーん?」

「なんで怪しむんだよ!?」


 土曜日のあのおどおどしさはどこへ行ったのやら。


 すっかり服従関係にある主人公たちは、完全に2人きりの世界に入り込んでいた。


「おはよ」


 ヒロインの一歩後ろにいた、もう1人のヒロインの横に立てば、


「ん、おはよ」


 肩をくっつけてくる。

 場所が場所だから謹んでほしいんだが、一瞬でも離れたこの瞬間が嫌だったのだろう。


「結構寂しがり屋なんだな」

「離れるつもりはないって言ったじゃん」

「それでもだけどな?」

「じゃあ逆に寂しくなかったんですか」


 不貞腐れたように唇を尖らせた正華は、2人からは見えない位置で親指をねじ込ませてくる。


 そんな痛みに耐えながらも、正華の顔を見ることのない俺はおもむろに口を開く。


「ちゃんと寂しかったです」

「ならよろしい。もっと私に染まってください」

「言われずとも染まります」


 俺達が離れたのはほんの30分程度。

 それでも、これだけ寂しいと思えるのだから、俺達は着実にお互いの必要性を感じているのだろう。


「あ、てか今日こっち来る時ゴムも買っててね。昨日私が買ったんだから」

「出費が半端ない……」

「仕方ないじゃない。どっかの誰かさんの性欲が強いんだから」

「おいごらお互い様だろ」

「私は別に下にいるだけですけど?」

「ほーん?あれだけ『もっと突いて』って言ってるくせに?そんなこと言えるんだな?」

「それはそれ。これはこれよ」

「どう足掻いたって同じだ」


 隣でこんな会話をしているというのに、完全に自分たちの世界に入りきっている2人には俺達の声なんて聞こえていないらしい。


 どんな都合の良い耳を手に入れたらそうなるのかは分からないが、こちらとしては好都合だからなんでもいい。


「というか、出費が激しいなら業務用のやつ買いに行く?ネット注文でもいいけど」

「あーそれありだな。頼んだ」

「頼んだってなに。割り勘するよ」

「それはもちろん。ただ、ネット注文は頼んだってこと」

「ならいいんだけど」


 そんな会話とはまた別に、ねじ込まれていた指が俺の制服を掴み、クイクイっとなぞに引っ張る。


 目を落としてやれば、そこにあるのはこれ見よがしに開かれた手のひら。

 ご丁寧にも2人の死角になるように、背中に隠しながら。


「ダメ?」


 コテンと首を傾げる。

 もとより拒否るつもりがなかった俺は横に首を振り、


「全然」


 その手に指を絡ませた。

 そうすれば、その手から背中いっぱいに広がるのは背徳感。


 親友が目の前にいるのに――主人公とヒロインが目の前にいるというのに、盤面を狂わせかねないキャラたちが、運命の狭間にいる。


 それだけで充分な背徳感が味わえるというのに、こんなのでは飽き足らない正華は、身を隠すように背後に回った。


「……なにしてんだ?」

「ん?今日一日の活力をチャージしようと思ってね」

「…………」


 これからなにが起こるのかを真っ先に察した俺が黙り込むのだが、そんなのはお構いなしに、お腹に手を回した。


「ギュー」


 小声で言われる中、背中に感じるのは、いつ当てられても柔らかすぎる胸。

 甘ったるい声が耳の中で響き、回した腕にはこれ見よがしに力が込められる。


「あー……幸せ……」

「んならよかった」

「夏階くんも幸せ?」

「もちろん。俺もチャージされてるからウィンウィンだな」

「だね」


 数十秒が経った頃。

 2人の世界に入っていた主人公たちの会話も終わり、正華の腕も体から解けた。


「今日は結衣の家で勉強会することになりました……」

「そういうことだから、2人とも勉強道具持って帰っててね」

「「ん」」


 そうしてあるき始める水城と五月女さん。


 やっぱり、この物語はどこまで行っても2人が主人公とヒロインで、俺達は親友キャラ。


 俺達の関係を言わない限りはその立場が覆ることもなければ、言ったところでビショップとナイトだけでキングとクイーンに勝つことはできない。


 でも、このままでいい。

 ビショップとナイトが恋愛をするストーリーがあったってもいい。

 親友キャラが結託する物語があってもいい。


 正華さえいれば、俺はもうこの世界に未練なんて無いのだから。

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主人公とヒロインの隣りにいる親友キャラでも恋をしたい せにな @senina

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