第10話 先輩と再会

 清継復縁プロジェクト。読んで字の如く俺が元彼女、向崎恋花こうざきれんかと復縁する為の計画である。

 恋花の別れ言葉の真意をあれこれ憶測するよりも、もう一度振り向かせてしまう方が俺らしい上に前向きで良い。



 そんな計画を口に出した時、友人の圭吾けいごが後頭部で手を組んでから言った。



「復縁ってお前、今の向崎と話すことさえままならないのにどうすんだよ」



 もっともな話だ。俺はこれまでに恋花から見た俺は羽虫のようだとかプランクトンだとか動物の糞便以下だとか自分で言ってて死にたくなるような物を例として挙げた。だが、実際に恋花からそんな事を言われた事はまだ一度も無い。そもそも会話にまで辿り着けないことが問題なのである。



「まずは人間扱いされる所からだな。少しずつ会話を重ねていくしかあるまい。何か恋花が興味を持つ話題は無いものか」

 

「向崎とは知り合ってそこそこ長いけどよ、俺あんまりアイツのことよく知らないんだよなあ。特に清継きよつぐと付き合ってる時は何となく距離置いてたし。アイドル好きってことくらいしか」



 え、恋花ってアイドル好きなの?何でお前詳しいんだよ、拗ねちゃうよ。

 いやいやこんな事で女々しくなってどうする。

 俺は平静を装う。



「まあ、今すぐ考え付かなくてもいいさ。三人いればなんとやらって言うしな」



 俺はさも当然のように言ってみせたが、三人という言葉に後輩の水上みなかみは肩をピクリと動かした。

 俺を疑うようにジト目を向けて



「もしかしてそのプロジェクトメンバーに、私は入ってませんよね?」


「何故入ってないと思うんだ。俺達以外の誰か見えてるのか」


「嫌ですよぉ!恋花先輩とは普通に交流ありますし、何かスパイ活動するみたいになるじゃないですか」


「別に助けて欲しいって言ってるんじゃない。あくまで手伝って欲しいんだ。それにはどうしてもメンバーがいる。この計画がそうだな…。ゲーム。ジャンルはRPGだったとしよう」


「サブタイトルは」


「君の為ならゴキブリにでもなるRPGだ」


「クソゲー確定じゃないですか」



 水上はゲーマーという事を知っていたので、分かりやすく伝えようとしたつもりが逆効果だったらしい。

 サブタイトルより大事なのは中身じゃん。『絶対に涙する』系のサブタイトルのゲームでもその実バグだらけで購入者が涙するゲームなんて幾らでもあるから。

 俺はなんとか取り繕う。



「要はRPGでパーティメンバーが圭吾しかいないんだ。モンスターと遭遇しても、親の仇のボスと闘っても作戦が『当たって砕けろ』しか選択出来なかったらどうする?しかも実際に砕けることしか出来ないんだぞクソゲーだろ!?」


「おい清継、お前は今まさにプロジェクトメンバーをもう一人失おうとしているぞ」



 圭吾が眉をピクつかせているが今は一旦無視する。あとでお前は精神的支柱って意味だったのさ、とでも釈明すれば良いだろう。

 今必要なのは水上の協力だ。いつか女子目線の意見が欲しい時が必ず来るだろう。ここまで気兼ね無く話せる女子は水上しかいないのだ。逃がす訳にはいかない。


 俺は念を掛けてもう一押しする。



 「水上、これは生まれ変わるチャンスだ」


「うわ、なんか怪しい宗教勧誘の人来た。うちはセールスお断りなので帰って下さい」


「考えてみろ。折角の高校生活、俺達と一つの目的を持って過ごすのも悪く無いだろ。去年みたいに控えめに過ごしてたら、いつまで経ってもお前は周囲からモブキャラ扱いのままだ」

 

「いや私中学の頃から清継先輩のグループにいたので、どっちかと言えば浮いてたんですけど」


 

 浮いてたとは初耳だ。どっからどう見ても水上は『一般生徒G』くらいの平凡な役だと思ってたのに。中学時代は圭吾が問題を起こすことが多かった為、必然的に絡みのある水上までキャラを同一視されてたのかもしれない。

 こうなれば最後の手段だ。



「水上、何か欲しい物はないか」


「物で釣るんですか!何て先輩だ。というかそんなに恋花先輩とヨリ戻したいんですか。意外とネチっこいんですね…」

 


 確かに。俺自身もここまで固執したのは初めてて驚きだ。だが、ちゃんと線引きはする。いつまでもすがり付こうとする無様な男になるつもりは無い。



「安心しろ。俺は恋花のストーカーにまではならん。このプロジェクトには期限を設ける。その期間迄に恋花との復縁が叶わなければ、俺は彼女から一切の手を引こう。二度と話しかけるなと言われようならそれにだって従うさ」


 「具体的に期限ってのはいつなんです?」

 

 「今年のクリスマスだ。最終的には恋花とのクリスマスデートを終えることでこのプロジェクトは完遂される。」



「清継、お前ベタだな」


「それで良いんだよ。女の子は。」


「振られた人が女性を語らないで下さいよ」



 水上の軽蔑を含んだ言葉を最後に、暫しの沈黙が流れる。その間も水上は唸りを上げながら首を捻っていた。恋花とプライベートでどれほど仲が良いかは知らないが、もしも作戦をしくじったり、協力していることがバレたら今後付き合いが気まずくなってしまうだろう。

考え込むのも無理はない。


 やがて決心が付いたようで、水上は仕方ないとばかりの声色を上げた。



「わっかりましたよお!清継先輩がそこまで言うなら、この可愛い後輩が応援団になってあげようじゃないですか!良いですか?但しクリスマス迄の期限は守って下さいね」


「本当か?」



 なんて良い後輩を持ったんだ俺は。今はその小さい背丈がロッキー山脈のようにでかく頼もしく見えるぞ。



「まあ今日の所は、ラーメン奢りくらいで勘弁してあげましょう」



 ちゃっかりしてるけど今日はもう許しちゃう。どちらにしたって体育テストで圭吾に負けたから飯奢らなきゃいけなかったし。一人増えたとて、バイトをしている俺からすれば些細な事よ。



 こうして俺達三人は清継復縁プロジェクトなる組織を新たに発足させ、クリスマス迄の間共に活動することとなった。


 その日まで、残り約8ヶ月ー。


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◇     ◇      ◇



《新着メッセージがあります》


机の上に置いていたスマホの画面を見て、私は一度ペンを止める。

 高校生活が始まったばかりとあって、学校から出される課題は自己紹介だったり、今年の目標だったりと自分について語らなくてはいけない類の物が多かった。


 集中が切れてきたタイミングだったので丁度いい。私は勉強机から離れると、ベッドへとなだれ込む。


 夕飯を少し食べ過ぎたので少しお腹が苦しい。

 私は上半身を起こすと、側にあったクッションを抱えて、スマホを開いた。



「清継先輩からだ」



 届いたメッセージを開く。するとそこには画像が1枚添付されていた。

 清継先輩が自撮りしながら、その後ろで私と圭吾先輩がラーメンを食べている写真だ。こんな写真いつの間に撮ったんだろう。あの人食べるの早かったからその時かな。


 私はそれに『ごちそう様でしたー!』というメッセージと共にお腹の膨らんだパンダのスタンプを添えて返した。

 イラストが動くお気に入りのスタンプだ。



 今日の夕飯は清継先輩にラーメンを奢って貰った。

 どうやら清継先輩は私のことを本当に異性として見ていないようで、訪れたラーメン店はニンニクが強く、量の多い事で有名なお店だった。中学時代にも清継先輩と圭吾先輩の三人で一度訪れた事があったので、思い出巡りのつもりだったのかも知れない。



 しかし、良く私の返事も聞かずにこの店を選んだものだ。私は全く気にしないのだが、恋花先輩をこんな所に連れて行っていないか心配になる。

 実は振られた本当の理由はデートがニンニクラーメンだったからかも知れない。


 スマホが一瞬振動して、私は再び画面に目を落とす。



『また行こうぜ、次は圭吾に奢って貰おう』



 久しぶりに再会した先輩は、相変わらず私を後輩らしく扱ってくれて心地が良い。何だかんだ中学時代も悩みを聞いて貰ったり、ジュースを買ってくれたりと面倒見が良い先輩だ。

 今度は私が清継先輩に恩返しをしても良い頃かも知れない。

 手伝ってどうにかなるものか分からないけど、恋花先輩との復縁、しっかり応援してあげよう。その方が私も恋花先輩と気まずくないし。



瑞希みずきー!お風呂入っちゃいなさい」

「はーい」


 下の階からのお母さんの呼び掛けに間延びさせて返事を返す。

 それから私は清継先輩から送られてきた写真を保存し、メッセージも送った。



『ぜひ!また三人で行きましょうね!今からお風呂入って来ます』



 それから数秒ですぐに清継先輩から応答があった。



「うわ…。最低」



『住所を教えて欲しい。今すぐ行く』



 私はそのゴミのような文面に、最寄りの交番の住所を書き添えて返信するのだった。




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何があっても『良い人』から進展しない先輩を好きになってしまったモブの私はどうすればいいですか? るろ @Ruro341

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