最強の霊媒師の話
@holynamejc
第1話
わたしの母の実家は飛騨高山で、家庭の事情で父親が中国に住んでいた時に山東省青島(チンタオ)で生まれ、終戦直前に結婚して、現在の愛知県稲沢市にある農家に嫁いできた。四十二歳の時、公務員だった夫を癌で亡くし、以後、隣家の親戚が経営する町工場で働きながら、五人の子供を育てあげた。
大阪万博があった年、そんなわが家に突如、首都圏に住む母の姪がその夫とともに来訪した。五人の子供たちにとっては初対面の従姉妹夫婦だった。
秀子という名の従姉妹は、一通りの挨拶を終えるといきなりこう言った。
「おばちゃん、何か悩んでることがあるんじゃない?」
不審げな顔の母に、秀子は言葉を続けた。
「弥(わたる)さんの霊が毎晩枕元に立って、わたしを助けてくれって、訴えるのよ」
弥というのは、わたしにとって母方の祖父の名だ。わたしが生まれた時にはすでに亡くなっていて、遺影もなく、当然ながら顔も知らない。
このことがあって、わたしは驚きつつも、この従姉妹が世に言う霊媒師のような存在であると認識した。
その後も秀子は、わが家を訪れるたびに、数々の興味深い心霊的な話を聞かせてくれたのだが、その中でもまずは、彼女がいかさまでも騙りでもない本物の霊媒師であると、わたしが確信した出来事から紹介していきたい。
『木星の輪の話』
太陽系第六惑星・土星に輪があることは、義務教育を受けた人なら誰でも承知している。
この無数の宇宙の塵が集合してできあがった輪は千六百十年、望遠鏡の発明者であるガリレオ・ガリレイによって発見されて以来、宇宙に心惹かれる者にとって、一度は見てみたい憧れの存在だった。
かく言う私も、かつてはいっぱしの天文少年で、高校に上がった最初の冬に、母にねだって買ってもらった天体望遠鏡で最初に観たのが十三夜の月であり、次いで同じ日に観たのが土星であり、その輪だった。
アポロ11号の月面着陸の快挙以来、世界は空前の宇宙ブームと言ってもいい時代だったが、それと連動してのことだったのか、その日、久しぶりにやって来た秀子の一言にわたしは心底驚かされた。数日前の夜明けごろ、無意識のうちに幽体離脱して宇宙空間を旅して来たと言ったのだ。
秀子の話は常に奇想天外で、その分とりとめがない。
自分をモーゼの生まれ変わりだといい、わたしの母はラファエルの生まれ変わりだと言う。モーゼなら映画「十戒」で多少知っているが、ラファエルとは何者なのか。
このあたりが大方の霊媒師の怪しげなところで、秀子も私にとっては、まだその範疇に入る存在だったのだが、今回の発言はまさにその最たるものと言えた。
だが、当の秀子は自分が人からどう思われているかなど気にとめる様子もなく、その幽体による宇宙旅行について淡々と語りはじめた。
彼女によると霊の感性は、長く暗い夜が終わり、日が昇る直前が最も清浄であるらしい。その日もまさにそんな時間帯に、「飛べ!」という大きな響きが自らの心に届いたという。そして驚いたことに、気づいたときには、秀子の霊体は空高く移動しており、抜け出てしまった自分の肉体を確認する間もなかった。
そこは秀子の自宅がある東京八王子の上空で、気づけば西の方角遠くに雪を被った富士山が、朝日を受けて宝石のように輝いていた。
秀子にも、さすがにそのような経験は初めてだったようで、空中に浮かんでやや呆然としていると、今度はやさしく、温かささえ感じられるような声で、「ついて来なさい。あなたにわたしが創造したすべてのものを見せてあげよう」と聞こえたという。語りかけた者が誰であったのか、秀子には考えるいとまがなかった。遠くに霞んで見えていた富士の山が、一瞬で視界から消えた。
それから先の話は、わたしにはまさに眉唾もので、まるで太陽系遊覧ツアーとでもいうように、金星、水星、太陽を経て火星に至り、やがて無数とも言える帯状の小惑星群の彼方に、木星の巨大な球体が目に飛びこんで来たとき、秀子は木星の周りに、写真で見慣れた土星とまったく同じような輪を発見した。
(これは土星じゃないの)と秀子が思うや否や、彼女はあっという間もなくその星から引き離され、やがて目に飛び込んできたのは、今度こそ紛れもない本物の土星だった。
「わかる? やっぱりあれは木星だったのよ。木星にも輪があるのよ」
秀子は誰にともなくそう呟いたが、そうは言われても、幽体離脱そのものさえ信じられないのに、木星の輪云々を諭されても受け入れられるはずもなく、この出来事で秀子がやはり、まがい物の霊媒師だったと、わたしは心の中で結論づけた。
ところが、それから10年ほど経った1979年3月、全世界を駆け巡ったニュースにわたしも、そして世界も仰天した。NASAの宇宙探査船ボイジャー1号が木星から送ってきた画像には、土星と見紛うばかりに美しく、光り輝く何本もの輪が写っていたのだ。
当初この現実(NASAの発表だからデマではあるまい)を受け入れられない自分がいて、何かがおかしいと思い続けるうちに、やがて一つの事実に思い至った。それは土星に輪があるのに、木星にはないと思い込んでいた理由は何か、ということだった。もちろん答えはすぐに見つかった。
ガリレオが望遠鏡を発明して以来、おそらく何千何万、いやその何千倍もの天文学者やアマチュア天文家が、木星に望遠鏡のレンズを向け続けてきたのに、誰も輪を発見してはいなかったではないか。土星よりもずっと近くにあり、ずっと大きい天体なのに。
しかし事実は明らかにされ、その時以来、木星は輪を持つ惑星として認識されることになった。NASAが公表した画像がフェイクでない限り、それは誰にも否定できなかった。そしてそれは、わたしにもう一つの事実を突きつけた。それは秀子が正真正銘の、それも超一流の霊媒師であるということだった。
冒頭から秀子のことを霊媒師と言ってきたが、秀子は決してそれを商売にしているわけではない。ごく身近に困っている人や思い悩んでいる人、身内を亡くして悲しんでいる人を見ると飛んでいき、解決策を見つけ出したり、慰めたり、希望を抱かせて立ち直させたりしているのだ。
しかし、その方法はと言えば、まさしく霊媒師そのものだった。秀子いわく、人には誰にも守護霊がついている。守護霊はその人の先祖である場合がほとんどであるが、生前にその人と親しい関係にあった死者の霊や、特別に神から送られた霊であったりすることもあるらしい。
ちなみにキリスト教では守護天使という者が存在する。個人にはもちろんだが、国にもそれぞれに守護天使がいて、ちなみに日本を守護する天使は、数いる天使の中でも最高位の天使長ミカエルということになっている。
なんでも、日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルが、時の守護大名島津氏から布教の許可を受けた日が聖ミカエルの祝日であったことで、ザビエルがそう決めたという。ちなみにキリスト教学者の多くが、天使長ミカエルは人類の始祖アダムが復活した姿だと考えている。
さて秀子はそれら守護霊に語りかけ、悩み苦しむ生者の抱えている問題を聞きだし、解決策を伝えたり、慰めたり、生きるべき道を教え諭したりする。そのアドバイスが実に的確で、心を打つことが多いこともあって、地元では大いに知られて、評判も良く、メディアからも注目されてきたが、これまで一度もテレビに登場したことはなく、取材も頑なに拒否していた。宜保愛子氏を悪く言うわけではないが、秀子は自分が世間にもてはやされれば、その分、いま授かっている能力が弱まるか、悪くすれば取り去られてしまうと思っているらしい。いずれにしても、わたしの中では秀子はもはや疑うべくもない本物の霊媒師であった。そしてそれはその後に起こった、もう一つの特筆すべき出来事により、さらなる確信に至ったのである。
最強の霊媒師の話 @holynamejc
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