魔王諸住

白川津 中々

◾️

「諸住ってさ、なんか物足りないんだよね」


そう言われてフラれた十八の夜。以来、彼女はいない。


物足りない。そんな抽象的な言葉で他者を、あまつさえ交際相手を批判するというのはいかがなものか。しかもなんだ"なんか"って、曖昧過ぎるだろ。品性を疑う。

……しかし、しかしだ。俺は彼女を憎みきる事はできなかった。やはり好きだった。いや、今も好きだ。あの低俗な表情に下卑た薄ら笑い。間抜けな垂れ目といかにも「馬鹿です」というような頭髪。忘れたくても忘れられない。俺は今一度彼女と交際し、口付けを交わしたいのだ。そのために俺は物足りる男になろうと努力してきた。彼女が求めるものをリサーチした結果、悪めの男が好きだという事が分かった。目指すべきは悪。道を逸れ、外道の頂点に立つと決めたのだ。


「だから魔王になったのか」


「そうとも。今の俺は魔王……魔王諸住だ!」


「それで彼女が喜ぶと思っているのか」


「当たり前だろう。俺のリサーチは完璧だ。今の俺を見たら確実に彼女は惚れ直す。確信がある」


「なるほど。では本人に聞いてみよう」


「なに?」


「どうぞ!」


「あ……迫水さん……」


「どうですか迫水さん。悪に染まった彼を見て、どう思いますか?」


「なんかさぁ、そういうところがダメっていうかさぁ、頭おかしくない?」


「……」


「じゃ、子供迎えに行かなきゃいけないから、帰っていい?」


「はい、本日はありがとうございました」


「……」


「というわけだ諸住。お前の努力は全て無駄だったのだ。諦めて出廷するがいい。罪は軽くならんが、もうなんか、いいだろ。色々と」


「……今更引き返せるか! こうなればもうこのまま世界を支配し、AIとシリコンで理想の迫水さんをメーカー受注してやる! 貴様を倒してからなぁ!」


「それは生命とお前自身に対する冒涜だぞ諸住」


「知ったことか! 俺は殺人、強盗、恐喝、詐欺、婦女暴行……以外の事はみなやってきたんだ! もはやどこまで堕ちようが怖くない!」


「……哀れな奴め!」


……哀れか。

そうだな。哀れかもしれん。

しかし、それが俺だ。それこそが俺なのだ。


「いくぞぉぉぉぉぉぉ!」


俺は魔王……魔王諸住。

愛を愛し、愛に愛されなかった男。

今、愛に決着をつける……

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