下東 良雄

 つま先を見て歩いていた。

 街灯が薄っすらと照らす黒いアスファルト。

 ゆっくりとしたリズムで、右、左、右、左。

 俺の視界に自分のサンダル履きのつま先が映る。


 行く宛もなく足を伸ばしていた。

 何の目的もなく彷徨さまよい歩く。

 肌を裂くような寒風かんぷうをこの身に浴びて。

 自分の人生を振り返りながら。


 足を引っ張られていた。

 勉強も運動も優秀だった少年時代。

 初めて知った他人からのねたみ、そねみ。

 出る杭は打たれるのだと思い知らされた。


 二の足を踏んでいた。

 心に思い描いていた行動が何も取れなかった青年時代。

 子どもの頃に知った他人からの負の感情。

 他人から向けられる悪意が怖かった。


 足元を見ることを覚えた。

 向けられる悪意はねじ伏せればいい。

 起業した俺は成功に向けて、他人を陥れることを覚えた。

 俺なりの世の中への復讐だった。


 足手まといしかいない。

 世の中、使えない奴ばかりだ。

 俺の指示すらきちんとこなせない。

「金を集めてこい」という簡単な指示さえ。


 足がつかないよう、上手に立ち回った。

 俺に追い詰められ、自ら命を絶った者たち。

 向けられた憎悪の視線は、微風そよかぜのようだ。

 俺は札束の山を前に高笑いしていた。


 足をすくわれた。

 腹心の裏切りという痛恨の出来事。

「社長、もうやめましょう。やりすぎです」

 俺への生意気な忠告、あれが最終通告だったのかもしれない。


 足元に火がつき、逃げ場を無くした。

 腹心は俺の全財産を持ち逃げ。

 被害者家族とやらに謝罪しながら金を配っていた。

 そして、あいつは自首し、俺は逃亡者になった。


 足を洗おうとしても、そのけがれは落ちない。

 金の無い俺に手を差し伸べてくれる奴は誰もいなかった。

 因果応報。

 そんな言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。


 また二の足を踏んだ。

 あの世に逃げようしたが、怖くて出来なかった。

 この恐怖を感じながらも、自ら命を絶った者たち。

 自分のしてきたことの罪深さを思い知らされた。


 賑やかな場所から足が遠のいていく。

 街を彩る人々の笑顔、そして笑い声。

 他人の幸せが、自分への悪意に感じる。

 俺はもう堕ちるところまで堕ちていた。


 つま先を見て歩いていた。

 街灯が薄っすらと照らす黒いアスファルト。

 ゆっくりとしたリズムで、右、左、右、左。

 俺の視界に自分のサンダル履きのつま先が映る。


 公園のベンチに横になる俺。

 もう、つま先を見て歩くのも疲れた。

 見上げた真冬の夜空に美しい三日月が浮かんでいる。

 涙に滲むお月様は万華鏡のように幻想的だ。


「何がいけなかったのだろう……」


 俺は北風を身にまといながら、眠りに落ちていった。



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