公爵令嬢の私と婚約者の王子様はつま先分の距離

夕山晴

第1話

 無邪気に「早く大きくなりたい」と笑い合ったのは、男だから女だからと区別されるより前の話。


 父の趣味である鷹狩りの集まりで、婚約者だと紹介されたのは、同い年の王子様だった。

 肩で切り揃えられた金の髪は美しく、女の子と言われても納得しただろう。父たちが鷹狩りをしている間、私たちは近くの屋敷で遊んでいた。

 王家と公爵家の結びつきを深めるための婚約だった。


 この頃から同じくらいの身長で、成長速度も変わらなかった私たちは同じ目線のまま大きくなった。

 しかし十四になった頃、彼の成長が止まった。それから二年。私はまだ伸びている。そして私はハイヒールを履かなくなった。




「クレア様! いつも格好良くて素敵ですわ!」

「あら、ありがとう」


 私は令嬢としては高身長であり、パーティーのたび、このように声を掛けられることが多かった。褒められることは嬉しくないと言えば嘘になる。だけど。


「メルヴィン王子殿下は今日も可愛ら……お美しくて! 本当にお似合いなお二人で、お見かけする度に羨ましくなりますわ」


 彼が隣にいる時には決して言われない、婚約者メルヴィンの褒め言葉もついてくるから胸が痛い。


「まあ、皆様にそう言っていただけるなんて、私は幸せですね」


 思ってもいない言葉を返しながら、内心悲しく思うのだ。

 たったこぶし二つ分の身長差。もしこれが、メルヴィンと私、逆であれば。

 こんな思いをせずに済んだものを。


「——クレア。ここにいたのか」

「メルヴィン様」


 光の祝福のような金の髪と夜空のような群青の瞳は、王族である証。似合いすぎるその色合いに、ほうっと感嘆の声が静かに届いた。


「そろそろダンスの時間だろう? 一曲、踊ってもらえるか?」

「ええ。喜んで」


 手を取って中央に進み出る。

 向かい合えば、私の視線は少し下を向いた。

 表情が硬くなった私を見逃さず、メルヴィンは大きな群青を細めて微笑む。


「気にしすぎだ。誰も何も言わないよ」

「ええ……そうでしょうね」


 メルヴィンの耳には、可愛らしいなどという褒め言葉は届かないだろう。

 その男性によっては褒め言葉とは受け取られないからだ。王子殿下であるメルヴィンであれば、もし不快に思われてしまうと困るから、更に気を遣われることだろう。


 男性側に身体を預けるペアの多いなか、私はすっと姿勢を正した。自らの足でしっかり立つ。

 メルヴィンを引き寄せるように踊った。


 少し吊り目気味の私と、柔らかな面差しのメルヴィンは、確かに似合いではあるのだ。性別を気にしなければ。


 弦楽器と管楽器の美しい音楽に合わせて踊り終えれば、惜しみない拍手が贈られた。

 深々とお辞儀して別れると、メルヴィンは次の相手と踊ることになる。

 私はもう踊る気もなければ義務もなく、そっとダンスの輪から外れ、飲み物を手に取った。ふぅと息を吐く。


 男性のリードの元、くるくると踊る可愛らしい令嬢たち。私もあんなふうに見えていたかしら——いや、この身長差ではどうしても難しい。

 淡い期待すら自分で打ち砕いて、ぼんやりと眺めていた。

 いつか、私の存在を疎ましく思われたなら、身を引かなくては。




「あら、まあ! なんとお可愛らしいこと。とてもお似合いな……」


 そんな言葉が聞こえ、集中する視線の先を辿る。


 メルヴィンがいた。

 彼と、メルヴィンよりも少し小さな令嬢が踊っていた。

 柔らかに微笑むメルヴィンと楽しそうに笑う可愛らしい令嬢は、どうしても目を引いた。


 かたや金髪で中性的な顔立ちの王子殿下、かたやウェーブの掛かった淡い水色の髪の美少女。そんな二人は天使が舞い降りたように踊り、魅了して。

 私は自分の頬横に落ちる深緑の髪を弄びながら、メルヴィンに似合いの令嬢だと納得せざるを得なかった。


「クレア、紹介しよう。隣国シロリカの姫君、リゼット王女殿下だ」

「はじめまして、クレア様。お美しいと聞いてはおりましたが、本当にお美しくていらっしゃるのね!」


 ダンスが終わると、メルヴィンとリゼットが私の元へとやってきた。

 手を取り合って近づいてくる姿にも気品があり、かつ親しみやすさもあり、さすが王子と王女である。隣国シロリカと言えば、ちょうどメルヴィンが生まれた頃に同盟を結んだ国であり、親交もあったはず。その王女リゼットというと確か私たちの二つ年下だったか。


「ですが、身長もおありなのね」


 リゼットはちらりとメルヴィンを見上げ、笑う。


「……メルヴィン王子殿下にはもったいないかしら」

「——リゼット」


 嗜めるメルヴィンにも、その幼さを生かして悪びれもしなかった。


「あら。私、思ったことは正直にお話しするタイプですのよ」

「はあ。時と場所を考えろ」


 メルヴィンの手を取りながら話す姿も、可愛らしく映る。それを嫌がらないメルヴィンにも胸が痛んだ。


「ねえ、クレア様。もう一度、殿下と踊ってきてもよろしいかしら?」


 上目遣いにそう問われれば「メルヴィン様がよろしいのであれば」と答えるだけで精一杯だった。



 ◇◇◇



 盛り上がる二人のダンスを見たくなくて、一人、バルコニーに逃げてしまった。

 少し冷えた風が頭を冷やしてくれる。


「あーあ、お似合いだったわ。だけど」


 メルヴィンの婚約者はリゼットではなく私なのだ。

 これまで問題なく関係を深めてきているし、大切にされているとも思う。

 メルヴィンを信じなくてどうする。彼からはまだ何も言われていないのだから。


 星が輝く夜空を見上げながら、手に力を込めた時だった。


「おや、先客でしたか。少し踊り疲れてしまって……ご一緒しても?」


 見たことのない男性だった。薄水色の髪が風で揺れ、手袋をした手で掻き上げている。

 同年代に見える彼は、自分より背は高く、見目も良い。群がる令嬢たちを想像できて、ふ、と笑ってしまった。


「ええ」

「失礼ですが、メルヴィン王子殿下のご婚約者様でいらっしゃる?」


 自分を知っていることに驚いたが、メルヴィンと一番最初に踊る姿を見られていたのだろう。

 まず初めに踊る相手は、配偶者もしくは婚約者だというのが一般的である。


「ええ、そうですわ。ええと、あなたのお名前は」

「これは失礼いたしました。私はフレデリクと申します。先ほどのダンスはお見事でございました。身長差があると難しいと言われておりますのに、さすがですね」

「……いいえ。お褒めいただき光栄ですわ」

「いつか私とも踊っていただけますと嬉しいのですが」

「そうですね、機会がありましたら、いつか」


 いつもメルヴィンとしか踊らないけれど、背の高い男性と踊るのも良いかもしれない。

 褒め言葉にまた少し傷つきながら、そんなことを思った。


 私の立場を考えてか、フレデリクは距離を詰めようとはしなかった。一定の距離を保ちつつ、時折話題を振ってくれる。

 これは人気でしょうね、と苦笑した。


「こちらにいらしたのね!」


 可愛らしい声がした。リゼットだ。

 メルヴィンを伴って現れた彼女は、そのまま嬉しくない台詞を口にしてくれる。


「まあ、やっぱり! とてもお似合いですわ!」


 リゼットは私とフレデリクを交互に見つめ、手を打った。


「クレア様はとてもスタイルがよろしいのですもの。背の高い男性と並ぶと更に見栄えしますのね。ねえ、メルヴィン様?」

「……」

「ふふ、お兄様もお兄様ですわ。せっかく引き合わせようと思っておりましたのに、もうお知り合いになってるだなんて」


 そう言うや否や、フレデリクの側へ行き、背中をぐっと押す。

 リゼットの兄——同盟国シロリカの第一王子殿下。噂では聞いたことがある。知らなかったとはいえ、格上の相手と随分気兼ねなく話してしまった。

 気後れした私と押されたフレデリクが近づくと、リゼットは満足そうに大きく頷いた。


「ほら! やっぱり! 格好いいですわ。素敵ですわ!」


 慣れない身長差に腰が引ける。

 私が見上げなければ顔が見えない若い男性の隣というのは、初めてかもしれない。

 眉を下げて少し笑うフレデリクは、少し年上ということもあって、随分と大人びて見えた。


「そうだわ! お兄様、クレア様と踊ってきてはいかがかしら! お二人が並んで踊ればとってもお美しいと思うわ!」


 妹の我儘を聞く優しい兄のように、フレデリクは穏やかな口調のまま諭した。


「リゼット、なんてことを言い出すんだい。クレア嬢はメルヴィン殿下と婚約されているのだから」

「ああ、そうでしたわね。マナーも大事ですわ。ねえ、メルヴィン様、クレア様とお兄様、一緒に踊ってきても構わないかしら」


 またしても幼さを盾にして、自分の思い描いた通りに促すリゼットはなかなかのツワモノだ。

 メルヴィンはなんと答えるだろうか。

 ちらりと様子を伺えば、切り揃えられた前髪の隙間から覗く、夜空色の瞳と目が合った。


「クレアがいいのであれば」


 そう口から紡がれたあとは、もう視線は合わない。

 なんだか突き放されたような気がした。



 ◇◇◇



 少しの気まずさを抱えたまま、エスコートされるがまま、踊っている。

 シロリカ国の王子殿下と、私が。

 興味本位に突き刺さる周囲の視線が痛かった。


「踊りにくいかい?」


 そう気遣ってくれるフレデリクはさすが王子、ダンスも上手だった。

 いつもとは違う身長差、それに伴う重心の掛け方、手の位置に足捌き。気をつける箇所が多くて、普段通りには動けないが、見ている人からすればよほど上手く踊れているように見えるだろう。


「まさか。メルヴィン様以外の方と踊ることが久しぶりでして……ご迷惑をお掛けし、恐縮です」

「うーん、固いねぇ」

「……シロリカのフレデリク王子殿下と存じ上げていましたら、先ほども無礼な態度を取らずに済んだのですが」

「ちょっと怒ってる?」


 リゼットとメルヴィンが見ているだろう。慣れない踊り方だから集中しなければいけないというのに、気が散って仕方がない。


「俺が君と普通に話してみたかったんだ」


 王子だと隠す意味がなくなったのか、いつの間にかすっかりと敬語が取れたフレデリクは、先ほどの出会いは偶然ではなかったと仄めかした。

 淑女であれば隠すべきイライラを上手く処理できない。


「なぜ」

「ふふ、君がメルヴィンの婚約者だからだよ」


 無邪気に笑うその奥で、見定めるように、大人の目が煌めいていた。

 それに気づいてしまえば、ちゃんと行動できる。私はそんな目に慣れている。


「いいね。さっきはちょっとイラっとしてただろう? もうすっかり見えなくなった」

「何を」

「だから、いいなぁって」

「は?」


 思わず漏れてしまった本音は、淑女としては恥ずかしいものだ。

 けれど。


「なんですって?」

「くく、あのメルヴィンが隠す婚約者だよ? 興味が湧くのも仕方ないでしょう」


 隠されていた? 私が?

 ダンスの最中でなければメルヴィンに駆け寄っていた。


「あれ、気づいてなかった? そうでなければ俺も、リゼットも、もっと早くに君とは会っていたと思うぞ。なんせ君はメルヴィンの婚約者。シロリカの俺たちとはこれからも先、長い付き合いになるのだから」


 隠された理由は何かと考えると、頭をよぎるのはやはり見栄えが原因ではないかということ。

 早くメルヴィンの傍へ戻りたい、と気が急く。


「リゼットも君を気に入っている。もしメルヴィンに飽きたなら、いやメルヴィンに引け目を感じるなら。どうだい? シロリカに来ないかい。俺なら、君にそんなことを思わせない。今よりも良い待遇を約束するよ」


 ふらつきそうになる足元をフレデリクが支えていた。

 メルヴィンにはできない。別の男に支えられていることが今は怖くて——早く曲が終わってほしいと願い続けた。


 ダンス中、見なければならないフレデリクの顔は、メルヴィンを想像した。

 本当なら、私が踊るのはメルヴィンだけで。どうしてこんなことになっているの。


「まあ、返事はゆっくり考えて。急いでいないし、揺れる君を見るのも、メルヴィンを見るのも楽しそうだから」


 そう言われたから、返事はしない。

 頭の中で必死に助けを求めるのはメルヴィンだというのに、いくら想像しても「クレアがいいのであれば」と彼は言う。ダンス前のやりとりが尾を引いていた。


 続いてやってきたのは、後悔だ。

 全く同じ状況で、リゼットがメルヴィンと踊りたいと言った時、私も言ったのではなかったか。「メルヴィン様がよろしいのであれば」と。


 あの時のメルヴィンはどんな顔をしていただろうか。

 いくら考えても思い出せない。顔も見ずに返事をした。


 ——謝ろう。

 そしてちゃんと言おう。

 メルヴィンじゃなければ嫌なのだと。

 可愛らしくはなれない私だけれど、一緒にいたいのだと。


 それでもし、届かなかったなら——諦めるしかないけれど。


 ようやく曲が終わった。随分と長い時間だった。

 さっと最後の礼を済ませたあと、すぐにメルヴィンの元へと早足で戻った。

 隣ではリゼットが満面の笑みで拍手していたが、もう気にならなかった。


「メルヴィン様! ごめんなさい、私、」


 とにかく謝らなければと駆け寄ったが、迎えてくれたメルヴィンの顔は穏やかに微笑んでいた。


「クレア、すまない。謝らなくてはならないのは私の方だ。……少し、いいだろうか?」


 かしこまって何を聞かされるのだろう。

 穏やかな顔はいつもと同じ、だがどこか雰囲気の違うメルヴィンに戸惑っていた。

 フレデリクのにやけた顔とリゼットの心配そうな顔を置き去りにして、バルコニーに戻ってきた。人払いは済ませてある。


「メルヴィン様……? あの、私、謝らなくてはと思って」

「いや、謝らなくてはならないのはこちら。先ほどはつい、冷たい態度を取ってしまった。フレデリクが相手だと思うと少しな。……並んでいたのも、踊っていたのもとてもさまになっていたよ。クレアはとても美しかった。正直、踊らないでほしいと伝えればよかったと、後悔もした」


 褒めながらも、少し悲しそうに長い睫毛が目に影を落とした。


「ダンスの途中、フレデリクから何か言われたか?」

「え」


 俺なら今よりも良い待遇を用意できる、と言っていたのを思い出した。ぞわりと悪寒が走る。

 なんで知っているの。


「……——フレデリクは、茶化してくるところもあるが、悪いやつではない。だからクレアが望むなら」

「メルヴィン様!?」


 今、その話はつらい。まだ私は何も言っていないのに。

 もしかしてどれもこれも仕組まれたことだった? 私のことを厄介払いするために?


 思わずメルヴィンの腕を掴んでしまった手を、丁寧に引き離された。


「と、思っていたんだが、やはりダメだ。手離せそうにない」


 ゆるしてくれ、と生糸のように金髪が揺れた。

 両手で包まれた私の手が熱を持つ。


「クレアにとって私のこの容姿が、負担になっているのは知っている。私が可愛いと言われ、クレアが格好良いと言われる。性別が逆であれば、と言われていることも知っているんだ。それでも手離せない。手離したくないんだ」


 すまない、と何度も言う。

 彼の謝罪はとても珍しくて、目を見開く。

 こんなに私を欲してくれる言葉を初めて聞いた。知っていたことにも驚いた。


「ハイヒールを履かなくなっただろう? 私の身長を気にして、ということはわかっている。全部気にしなくていい、気にしなくていいんだ。そのままのクレアが一番美しい。どうしても気になるなら、私が底上げの靴を履こう。クレアが窮屈な思いをしないよう、少しでも差を縮めよう。……それにまだ成長は止まっていないんだ」


 付け加えられた一言に思わず破顔した。

 だって、こんなの、馬鹿みたいだわ。


 どうやら私は、思っている以上にメルヴィンから愛されていたらしい。


「……フレデリク様が、私はメルヴィン様に隠されていた婚約者だと」


 気が抜けてくすくすと笑いつつ、彼の名前を持ち出せばメルヴィンは見てわかるほどに渋面になった。


「おかしな言い回しを。リゼットの様子を見ればわかるだろう。クレアはリゼットの理想の姿なんだそうだ。前々から、フレデリクと並ばせたいやらシロリカに欲しいやら言っていたんだ。ダンスの時にもずっと言われ続けていて……。フレデリクも妹のリゼットには甘いから、彼女の願いとあらば叶えようとするだろう。それでクレアがもしフレデリクに惹かれては嫌だと思った」

「そんなこと」

「いいや。クレアは美しいぞ。私の婚約者でなければ、いつ誰から口説かれてもおかしくない。私もこんな容姿であるしな」


 ゆったりと構えていた表情の下で、こんなことを考えていたとは思いもしなかった。


「……ありがとうございます。私も、いつメルヴィン様に相応しくないと言われるかと不安で」

「まさか。クレアじゃないと嫌なんだ、私は。……お互い、同じようなことを考えていたんだな、私たちは」


 顔を見合わせて、ふふっと笑い合う。

 久しぶりに気の抜けた笑い方をしてしまった。メルヴィンも同じように笑っていて、少し昔を——手を繋いで走り回った日を、思い出した。

 あの頃から随分と変わってしまった気がしていたけれど。


「心配事が多くて大変でしたね。話した今は、すっきりした気分ですが」

「そうだな。クレアのことになるとどうにも冷静に考えることができないらしい。本当に大変だ。助けてくれ」

「そうでしたか、お傍でお力添えいたしますね」

「ああ、そうしてくれ。クレアがずっと傍にいてくれれば何よりも心強い」


 年齢を重ね、取り巻く環境は昔のようにはいかないが、きっとこれからも私の隣にはメルヴィンがいるのだろう。

 身体も心も共に成長していければいいと思いながら、あの頃のように、ぷはっと吹き出した。


 人気のないバルコニーに寄りかかりながら、二人で寄り添って話した。

 思えば、身長に差が出てきてから、本音では話せていなかった。これまでの「好きだ」ではなくて、初めて「愛している」と聞かされた時には、知らない間に随分と大人になってしまった気がした。


「さっき成長は止まっていないと言ったが、嘘ではないぞ」


 結構気にされていたのね、と苦笑して、私だけではなかったと安心もする。

 照れ隠しなのか、その悪戯っぽく細められた群青も幼い頃に見覚えがある。楽しそうな姿が好きだった。


「ほら見ろ。私の身長もまだ伸びている」


 向かい合わせに立ったメルヴィンは頭頂に手を当て、互いの背を測る仕草をした。

 いつの間にかこぶし二つ分より差が縮まっている。近い。

 思わず眉を顰めてしまった私の手を下に引いて。

 彼の微笑む姿は、大人のような——獲物を見つけた猛禽類のような。


「私が追い抜いてしまうかもしれないな」


 メルヴィンは踵を上げ、私に優しく噛みつくキスをした。

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