いとしのリヒテンシュタインさま 3 つま先

ミコト楚良

合格の証

 夢いっぱいに胸をふくらませて、フォルトゥナ・ウィトレア・エスト、13歳は公家の侍従試験のために田舎から出てきた。

 ここは、城壁都市メルドルフ公国。

 試験会場の聖堂にたどり着いたら、高位の聖職者であろう白ひげの御仁の許へ連れて行かれ、「合格」と、言葉をいただいた。

 フォルトゥナは、きょとんとした。

 まだ試験を受けていないと思っていたのはフォルトゥナだけで、城壁都市の城門をくぐったときから、すべてが試験だった。

 試験官は城下の民の中に潜んで、侍従志願者の知力、体力、時の運を計っていた。

 フォルトゥナを強く推した試験官が、いた。フォルトゥナが、侍従試験資格に大きく違反したものであることを知ってか知らずか。


「合格……」

 フォルトゥナは小さくつぶやいて、自分の両のほっぺたを、両手の親指と人差し指で、ぐにぐにとつまんだ。夢ではない。

(侍従試験て、見た目だけで合格なの?)

 そんなことを考えた。金茶の髪とラベンダー色の瞳。すらりとした姿。兄からは、かわいいと絶賛されている面差し。


「フォルト・ウィトレア・エスト。ただいまから、侍従としての試用期間に入ります。気のゆるみなきように。公子の侍従として適応力なしとみなされた場合は、その場で失格です」

 白ひげの御仁のそばにいた、いかにも事務官という男が、てきぱきと差配する。

「新人侍従寮に案内いたしましょう。試用期間中の衣食住にかかる費用は、もちろん、こちら持ちです。これは支度金です」

 事務官は、ちまたで使いやすい銅貨の入った小さな巾着財布を、フォルトゥナに差し出した。

「あ、ありがとうございますっ」

 フォルトゥナは巾着財布の重さを、小躍りせんばかりによろこんだ。

「寮に案内したあとは自由時間です。個人的に必要な品を街で調達する時間です。城下の様子を観察することも、侍従の大切な役割と覚えておきなさい」

 暗に、事務官は試験は終わっていないと告げているのだが、フォルトゥナはわかっていなかった。


 ――やったぁぁぁ。おにいちゃん、あなたの妹は、やりましたよっ。

 大空に向かって叫びたい気分だった。



 それから寮に案内されて自室を確認したフォルトゥナは、すぐに城下へくり出した。

 目的地は長い足通りの、かささぎ亭。あの竪琴弾きとの約束を、フォルトゥナは忘れていなかった。合格したら、1曲、弾いてあげるよ、と彼は言った。


 長い足通りは、わかりやすかった。

 それに、通りに入ったところで、「やあ、おちびちゃん」と声をかけられた。

黒髪の竪琴弾きだった。

「その様子では合格したのかな? その靴、侍従用だろう?」


 フォルトゥナは旅の編み上げ靴から、支給された靴に履き替えていた。つま先が、つんと突き出した都会的な靴だ。

「はいっ。見習い期間ですけどね」

 満面の笑顔で、フォルトゥナは報告した。

「1曲、弾いてくださるんですよねっ。楽しみにしてましたっ」


「ああ、約束だ」

 そう言って、竪琴弾きは先を歩きはじめた。


 フォルトゥナは彼と偶然、出会ったものだと信じて疑わなかった。黒髪の青年のうしろを真新しい靴で、スキップせんばかりについていった。


 ――おにいちゃん!

 わたし、がんばるからねっ。


 侍従採用の応募条件は、健康な精神と身体のなのだが、やはり、フォルトゥナは小さなことを気にしない性格だった。






   〈つづく?〉

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