補習で始まる、友達の第一歩

白亜かのん

補習でできた新たな友達

 夏の熱気がまだ校舎に残り、沈みかけの太陽が廊下を橙色に染める夕暮れ時。窓から見える夕焼けはまるで一枚の絵画のように美しく、思わず足を止めて見惚れていると、校内放送で私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


『三年二組学級委員の水城みずきさん、至急教科準備室までお願いします』


 呼び出しの理由はなんとなく察しがついていた。どうせまたクラス担任に面倒な雑用を頼まれるのだろう。

「今日は早く帰りたかったのに......最悪」

 私は小さくため息をつき、重い足取りで教科準備室へと向かった。


 教科準備室の扉をノックすると、クラス担任の「どうぞ」という声がすぐに返ってきた。

「失礼します」

 私はそう言いながら、どんな雑用を押し付けられるかと恐る恐る扉を開けると、クラス担任が椅子に座ってくつろいでいるのが目に入った。


「水城さん来てくれてありがとう。急に呼び出しちゃってごめんね」

「先生、何の用ですか?」

「実はね、夏休み中に丸宮さんの補習が何日かあるんだけど、その内の一日を私に代わって水城さんに見ててほしいんだ。お願いできるかな?」

「......え? 丸宮さんと、ですか?」

 私は驚きのあまり聞き返してしまった。


 私と丸宮さんはクラスメイトだ。しかし、それ以上でもそれ以下でもなかった。名簿の順が前後だから席が近いくらいで特に関わりの無い、ただのクラスメイト。

 高校生活最後の夏休みのうちの一日を、あまり関わりの無いクラスメイトの勉強を見るのに費やしたくない。


「そう、丸宮さんと。水城さん確か部活とか入ってなかったでしょ? 家で一人で受験勉強するよりも、丸宮さんに勉強を教えながらの方が身になると思うんだよね。 それとも、どうしても外せない用事とかあったりする?」

「いえ、今の所用事は無いですけど......」

「なら決まりだね。 詳しいことはまた後日、二人に話すからよろしく。 あ、これ補習で使うプリントね」

 クラス担任はそう強引に結論づけると机の上に置いていた補習用の数学プリントの束を私に渡し、満足げな顔で教科準備室から出て行ってしまった。


 教科準備室の扉が閉まり、クラス担任の足音がどんどん遠ざかっていくのを感じる。

「丸宮さんとかぁ......どうしよ」

 一人残された教科準備室でため息混じりにそう呟くも、答えてくれる人はいない。

 正直言って面倒でしかないけど、頼まれたからにはやるしかない。私は覚悟を決めて教科準備室を後にした。


-------


 夏休みが始まって数日後、丸宮さんの補習の日がやって来た。

 朝から蒸し暑さが肌に張りつき、外に出るのが億劫になるほどだったが、私は重たい気持ちを振り払うように力強く自転車を漕いで学校に向かった。


 補習の教室に入ると冷房が心地よく効いていて、重かった気持ちが少しだけ軽くなるのを感じる。丸宮さんは既に自分の席に座ってスマホをいじっていたが、私に気づくと軽く会釈してくれた。

 私は緊張しながらも、リュックから補習用の数学プリントと数学の教科書を取り出し、丸宮さんの席に近づき声をかける。

 クラス担任に補習を頼まれた日から少しずつ話す機会は増えてきているけど、丸宮さんに話しかける時は未だに勇気が必要だ。


「丸宮さん、今日一日よろしくね。分からない所があったら遠慮なく聞いてもらって大丈夫だから」

 私がそう言うと丸宮さんはスマホを置いて、「うん、こちらこそよろしくね。水城さん」と笑顔で答えてくれた。


「じゃあ少し早いけど、補習始めていくね。今日丸宮さんに解いてもらうのはこの数学プリントなんだけど......」

 私はそう言いながら丸宮さんに補習用のプリントの束を見せると、丸宮さんの表情がたちまち曇っていくのが分かった。

「......え? これ全部? 嘘でしょ?」

「もちろん全部だよ。 丸宮さん頑張ってね」

 私がそう答えると、丸宮さんは少しため息をつきながらも、覚悟を決めたような表情を見せた。

「......分かった。頑張る」と丸宮さんは言って、プリントを一枚ずつ取り始める。

 私は丸宮さんの隣の席に座って数学の教科書を開き、丸宮さんが分からない所は丁寧に説明しながら、一緒に問題を解いていくことにした。


 最初の問題は基本的なものだったので丸宮さんはスラスラ解いていったが、次第に手が止まり始めた。

「ねぇ水城さん。この問題はどうやって解くの?」

「えっとね、この問題はこの公式を上手く使えば解けると思うからやってみて」

 私がそう答えると、丸宮さんは「この公式を? うーん......」と少し困った顔をしながら、教科書とにらめっこを始めた。私は丸宮さんが問題を解き終えるのをしばらく待つことにした。


 数分後、丸宮さんがペンを置いた。どうやら解き終えたようだ。

「できたかも! 水城さん、どう? 合ってる?」

「うん、完璧。 丸宮さんすごいじゃん」

 私はそう言いながら丸宮さんの解答に丸を付けると、丸宮さんは嬉しそうに「やった!」と小さくガッツポーズをした。


 丸宮さんはどんどん次の問題に取り掛かり、少しずつだが着実に理解を深めていった。 私も丸宮さんに質問されるたびに解説を加え、分かりやすく説明するように心がけた。

「この問題はどうしてこうなるの?」

「これは二次方程式の問題だから、まずはこれを使って.......」

 丸宮さんは私の説明を真剣な表情で聞き、メモを取りながら問題を進めていく。

 時間が経つにつれて丸宮さんの理解も深まり、解答のスピードも上がっていった。

 時折難しい問題にぶつかると、二人で一緒に考え、解決策を見つける。そんな時間がどんどん過ぎていき、気がつけば太陽が沈み始める時間になっていた。


「丸宮さん、そろそろ帰らなきゃいけない時間じゃない?」

 私が教室の壁時計を見ながら聞くと、丸宮さんも慌てた様子で壁時計に目を向けた。

「え! もうこんな時間なの!?」

「うん、丸宮さん一日中よく頑張ったね。 お疲れ様」

 私はそう言って丸宮さんに微笑みかけると、丸宮さんも私に満面の笑みを返してくれた。

「今日は本当にありがとう! 私一人だったら絶対ここまで解けなかったから、勉強教えてもらえて助かったよ」

「どういたしまして。私も丸宮さんが頑張ってくれてとっても嬉しかったよ。また分からない所があったらいつでも聞いてね」


「もちろん! これからもいっぱい頼らせてもらうね、水城ちゃん!」

「......!!!」

 丸宮さんの口から『水城ちゃん』の言葉を聞いた瞬間、私の心が弾むのを感じた。

「え! 丸宮さん、今私のことちゃん付けしてくれた?」

「あれ、もしかしてちゃん付け嫌だった......?」

「ううん、そんなことない! すっごく嬉しい。 私もこれから丸宮ちゃんって呼ぶね!」

「本当に? やった! これからもよろしくね、水城ちゃん!」


 私たちはお互いに笑顔を交わして肩を寄せ合い、「丸宮ちゃん」「水城ちゃん」と呼び合うこの新しい関係に心を躍らせながら二人仲良く教室を後にした。

 教室の外はあの日のように橙色に染まり、窓から見える夕日が今日の喜びを祝福してるかのように輝いていた。

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