心優しきホームレス
第1話
雪が降り始めてきた12月のある日、一人のおばあさんが交番にやって来た。彼女はボロボロの服を着て、悪臭が漂っており、どこからどう見てもホームレスだった。しかし、その手には、不釣り合いの黒革の高級そうな財布が握られていた。
「どうされましたか?」
僕はおばあさんにそう訊ねた。すると、彼女は「財布を拾ったの」と答え、僕の目の前に差し出した。中身を確認すると、その中には免許証のような持ち主の身分がわかるものは入っていなかったが、10万円の現金が入っていた。このおばあさん、ホームレスにも関わらず、こんな大金の入った財布を届けるだなんて。とても優しい心の持ち主なんだなと僕は思った。隣に先輩がいなければ、この財布の持ち主は僕だからこの中身全部あげるよと言ってあげるのに。どうして、こんな優しい人がホームレスなんかやっているんだろう。きっと、他人に騙されて借金を背負わされてしまったのだと僕は確信した。
拾得物の書類を作成し終わり、おばあさんが交番をあとにすると僕は先輩にこう言った。
「あのおばあさん、とても良い人でしたね。どう見ても、ホームレスなのに大金の入ってる財布を交番に届けるだなんて……」
「何言ってんだお前? 家族の援助を拒否してホームレスやってる奴が良い奴なわけないだろ」
「先輩、そういう決めつけはよくないですよ」
僕が財布を検品するかのように机の上でまじまじと眺めていると、先輩は急にそれを引ったくった。
「その財布ちょっと見せろ。……おい、佐藤。あいつを追うぞ」
「急にどうしたんですか?」
「あのババア、20万ネコババしてる」
「なんでそんなことわかるんですか?」
「それは俺の財布だからだ。どんなに落ちぶれても犯罪だけはしないって言ってたのに。……失望したぜ、母さん」
僕らは交番から飛び出すと、ホームレスが居そう公園を手当たり次第探し回った。しかし、あのおばあさんの姿は見当たらない。
「もしかしたら、今日は雪が降ってるからシェルターにいるのかもしれませんよ。それに、まだお母さんが盗んだとは限らないじゃないですか。お母さんが拾った時点ではもう20万抜かれていたのかもしれませんよ」
僕は先輩を励ますようにそう言った。
もう日が沈み始めた頃、信号待ちをしていると、向かいのコンビニから大量の荷物が入った袋を持って出てくるあのおばあさんの姿が目に入った。それから、彼女は隣のビジネスホテルへと姿を消した。
心優しきホームレス @hanashiro_himeka
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